終わるコミケット#2 猶予の月

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362A−NE
よくまぁ、こんな所のこんな事を懲りずに続けてたもんだな、と
自分でも呆れる。
夏は死ぬほど暑い。肌が日焼けはおろか、汗にも弱い為に日中は出歩けないのだが、
この時だけは止むを得ない。上下長袖、手袋、帽子、サングラスという出で立ちで
外出した。これで何度会場内外問わず職務質問されかかったことやら。
何度脱水症状で目の前が白んだか…。
冬は冬で、土壇場になって原稿が仕上がらず必死になって徹夜を続けるため、
いつも風邪を引きかけながら当日を迎えていた。
初めて売り手として参加した時に、開場と同時に駆け出す連中の
足元から上る埃が陽の光に照らされきらきらと舞い踊る様を見、
きれいだなと思うと同時に、翌日持病の喘息が出やしないかという
恐怖にかられたのを、今でも覚えている。
喘息を通り越して、肺炎になった時もある。
「そんな盆と暮れもこれが最後か…」
テーブルクロスをばさばさと広げながら呟く。
363A−NE(362の続き):2000/11/14(火) 20:43
私は今の言葉で言えば、「ひきこもり」だ。
虚弱体質だからそうなったのか、元々そういう気質な上に虚弱なのかは
本人にも解らない。
しかし、コミケだけは別だった。どんなことををしてでも、後でどんなになってでも
行きたい、と自発的に思った唯一の場所だった。
そして、稚拙ながらも自分を表現するための手段としてオリジナルのマンガを書き始めた。
誰に見向きをされているのかは解らないが、売れた部数だけ自分の存在を社会が認めて
くれるような気がするし、お客とのやりとりさえも、私にとっては数少ない、直接人と
コミュニケーションがとれる機会だったのだ。
それも今日限り。来年からどうしたらいいんだろう・・・?
漠然と不安を感じながら、新しい、でも最後の本を机の上に並べる。
椅子に座りこむと疲れがどっと出て、まどろみが襲ってきた。
うっすらと目を開け腕時計を見ると9時前。
見本誌のチェックがくれば起こされるだろ。
スタッフに悪いなとは思いながらも仮眠をとることにした。
364A−NE(362の続き):2000/11/14(火) 21:08
「……せん、…ません!」
肩をポンポンと叩かれ、目を覚ます。
机を挟んで、スタッフの男性が心配そうにこちらを見ていた
「大丈夫ですか?体調悪いなら救護室行った方がいいですよ」
「あ・・・大丈夫、平気です。どうもすみません」
口元のマフラーを下に引っ張りながらのそのそと詫びる。
登山用のジャンパーを一番上のボタンまで閉め、首には長い
マフラーをぐるぐる巻きにしながら寝ているいいトシした女を
どう思ったんだろう?と考えると非常に恥ずかしかった。
「あ・・・新刊はこれです」
おずおずと本を差し出す。
ぱらぱらとページをめくりながら、スタッフの男性は
「コミケ終わったらどのイベントで本出すんですかー?」
と聞いてきた。
「これで最後ですね、きっと」
「えぇっ?!やめちゃうんですか?」
彼の反応に思わずびくっとなってしまった。
戸惑いを隠し切れない表情の私に、
「いや、ずっと本買ってたんですよ。面白いなぁと思って。だから、
コミケがなくなっても、もし本を出すんだったら欲しいなぁって」
「……は、はぁ」
余りの事にどう反応していいのか解らない。なにせ、人とこんなに
会話すること自体が久し振りなのである。呆然とするしかない私に
「これで終わりなんてもったいないですよ。あ、そうだ。後で買いに
来ますんで取り置いといて頂けますか?」
「……は、はぁ」
じゃぁ、見本誌はもらっていきますね〜と言って、彼は人ごみの中に消えていった。
私の本を面白いと言ってくれた人がいた。しかもマンガをやめるないでくれと言った。
驚きで動悸がバクバクと止まらなかった。あぁどうしよう、どうしよう。どう思って
いいのかわからない。きっとうれしがるべきなんだろうけど、頭の中が真っ白だ。
と、その時
「ただ今より コミックマーケット59を開催いたします!」
と、お決まりのアナウンス、沸きあがる拍手。どちらも最後とあって気合が入ってる。
その気合で我に返り、自分でも力いっぱい、両手からパチパチと音を出す。
「良し……やるか!」
胸の前で小さくガッツポーズをして、今まで机より上に向くことのなかった視線を
上にあげた。