終わるコミケット#2 猶予の月

このエントリーをはてなブックマークに追加
357しーな
>>25あたりからの続き

2000.12.30 pm12:43

途中いろいろあったものの、五月はようやく目的のサークルにたどり着いた。
机の上には「新刊販売、13:30から」という文言が、少女のカットと共に描かれていた。
「まだ販売してなかったんだ。良かった完売してなくて」

サークルスペースには一人の少女だけが座っていて、隣のサークルの女性と談笑している。
この子が作者なのだろうか?
とりあえず五月は声をかけてみる事にした。
「あのー、すみません、新刊はまだなんですよね?」
『あ、ごめんなさい。なんか向こうのミスでまだ届いてないらしいんです』
少女…琴美は声をかけられた事に驚いたように、五月に答えた。
「えっとそれじゃスケブをお願いしても良いでしょうか?」
『すけぶ?』
琴美は目をぱちくりとさせる。
「スケッチブックの事よ」
隣のサークルの女性、日高トオコが助け船を出す。
『スケッチブックを…私が描くんですか?』
「即売会ではサークルさんが、ファンの人の為にスケッチブックに絵を描いてあげたりするのよ」
『へー、そうなんですか。あ、それじゃお客さんはお兄ちゃんのファンなんですね』
「お兄ちゃん?」
『あ、すみません。私、店番なんです。お兄ちゃんは今本を取りにいってるんですよ』
358しーな:2000/11/14(火) 15:35
「えーと、それじゃ本が来るまでこの辺で待っていてもいいですか?」
『あ、はい、別に構わないですけど…、いいんですか?他のサークルさんに行かなくても』
「うん、いいのよ。ここの本さえ買えれば」
琴美はそれを聞いて笑みがこぼれてしまう
『にははっ、本当にお兄ちゃんの本を好きな人がいるんだ、なんかうれしいな』
思わずにはは笑いが出てしまう。正通が傍にいたら苦笑していたかもしれない。

五月は琴美の声を聞いていてふと気がついた。この子ついさっき会ったような気がする。
「あれ?あなた、さっきウチの本を買っていってくれた子?」
『え、あ、そう言えばさっき買いに行ったサークルさん?』
二人はお互いを指差す。そしてクスクス笑い出した。
「飛鳥五月です。よろしく」
『あ、吉村琴美です』


『五月さんは、お兄ちゃんの本のどこが好きなんですか?』
販売物が無いため売り子である琴美は、当然ヒマである。
せっかくだから五月と会話をする事にした。
「うーん、どこがって言うよりすべてかな?お兄さんの描く本だったらそれだけでもう読みたくなっちゃうから」
『へー、何か信じられないな』
「え?」
『だって、ここには他にすごい漫画家の人がいっぱいいるのに、お兄ちゃんの本をわざわざ買いに来てくれるなんて…、なんか信じられないですよ』
琴美にとって正通はただの愉快な兄でしかない。その兄が、他人をここまで動かす力があるなんてことは琴美には信じられなかった。
359しーな:2000/11/14(火) 15:38
「琴美ちゃんはまだ読んだことがないんだ。お兄さんの本」
『はい』
「あなたのお兄さんの描く本ってね、とっても愛があるの」
『愛?』
「うん、読んでみるとよくわかるけど、作品に対して愛が感じられる。なんていうかこう…あったかいの」
『ふーん』
琴美はわかったような分からないような不思議な顔をする。
「本当にこの作品が好きじゃなきゃこんな漫画は描けない。お兄さんは十分すごい漫画家の人よ」
『にはは…』
琴美は自分が誉められたような感じがして、照れくさくなった。

そっかお兄ちゃんってそんなすごい漫画が描けるんだ。早くお兄ちゃんの漫画見てみたいな。
あ、でも…。
『あの、でも私、昨日ちょっとだけ見たんですけど、お兄ちゃんの描く絵ってその…、パンツが出てたりするんですよ』
恥ずかしそうに琴美が尋ねる。
「琴美ちゃんにはまだわからないかもね」
言って五月は微笑む。
「それが愛があるって事なのよ」
『ふにゃー?』
また琴美は良く分からなくなった。
ま、いいか。とりあえずお兄ちゃんが帰ってきたらすぐ見せてもらおうっと。