終わるコミケット#2 猶予の月

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329手動筆記人
>>227より続き)

『…”鬨の声をあげよ。主はあなたたちにこの町を与えられた。町とその中に
 あるものは、ことごとく滅ぼし尽くして主にささげよ”』
マレイヤは目線を宙に泳がせながら、唐突に呟く。
「ハァ? いきなり何言い出してんだァ?」
『Case White…いや、”作戦名:聖絶”と言った方がいいかしら? その前文よ。
 あなたも読んでたはずよ、同志インコンパラブル』
「どうして俺様の上の方々は、あんたも含めて小難しい言い回しをしたがるん
 かねェ? 要は”カッタの信者はまとめて逝ってヨシ!”っつーこったろ?」
『要約のしすぎね。まぁ、確かにその通りなんだけど』
旧約聖書ヨシュア記第6章−神の啓示を受けた預言者ヨシュアが御心のままに
ふたつの街の住民を悉く殺戮していく様が描かれている−から引用された前文
より始まるその作戦書は、”聖絶”の名が示す通り一方的な正義の行使による
他者−ここでは徹夜・悪臭・行列・転売・暴動…その他諸々の不祥事の殆どを
担っていたカッタ列の者達を指す−の殲滅を究極目的としていた。

”古き良きコミケを我等の手に取り戻すために”

こうしたスローガンのもと彩られた美麗字句を散りばめながら、普通ならば
妄想の産物として一笑に付されるような類の殺戮計画が延々と綴られていた。
だが、その計画が妄想ではないことを嫌がおうにも確信させられる”ブツ”を
彼等はお互いに所持していた。
『ところで、あんた”例の物”持ってきてるんでしょ? さっさと交換するわよ』
「おいおい、俺達のデートはまだまだこれからだぜ? ベイベー」
言い終わらぬうちに、マレイヤの鋭い眼光がインコンパラブルを射抜く。
「…躍進めざましい新任幹部様はジョークがお気に召されないようで、ヒャヒャヒャ」
マレイヤはその皮肉を聞き流し、小脇に抱えていた紙袋を前に突き出した。
その様子に観念したように、インコンパラブルも自らの紙袋を持ち直す。
330手動筆記人:2000/11/04(土) 05:41
「一応、トカレフの山の中からサウザンドオブワンを選り抜いてプレゼント
 したつもりだったんだけどなぁ」
少々不満そうにぶつぶつ言いながら、彼は相手の紙袋を受け取った。
『確かにこのトカレフはいい銃だったけど、私の手には余るわ』
マレイヤは絆創膏が巻かれた右手の人差し指を伸ばし、そのまま目の前の
 紙袋を掴んでいった。
「じゃあ、次のガンは気に入って貰えるハズだぜ、ヒャヒャヒャヒャヒャ」
『で、次の銃は何なの?』
「グロック18C、懐サイズのフルオートマシンピストルだぜ!」
『…まぁ、ありがたく頂いておくわ』
目の前でなぜか瞳を輝かせている青年の姿に激しい違和感を感じながら、
マレイヤはコミケロゴ入りの紙袋を脇に抱えなおした。
「しっかし、あんたの要望通り”金属探知器に引っかかりにくい銃”を
 幹部の奴等に揃えたけどよぉ、たかがコミケ相手にそこまで神経質になる
 必要は無ぇんじゃねェの?」
『…今回に限り、金属探知器がビッグサイトに設置されるとしたら?』
マレイヤは不敵な笑みを浮かべる。
『ビッグサイトの搬入出台帳を調べているうちに解ったことだけど、12/26に
 ゲート用の大型金属探知器が8台、アメリカから搬入されてくるわ』
「こりゃまた大層なこって」
『でも、いくら夏にあんなことが有ったからといって、金属探知器まで持ち
 出してくるのはどうにも腑に落ちない…そう思っていたら、探知機を輸入
 してくる予定の会社名を見て納得したわ。真心興産よ』
その名を聞き、インコンパラブルはヒューッ、と口笛を鳴らす。
「あの”Genocide”真心興産かよ。遂にシンちゃんがコミケに来るってか?」
真心興産、それは警視庁警備部が使用するダミー会社の一つとして裏の世界
では広く知られた存在だった。
『右原都知事が査察に来るんだったら、あの男の性格から見てダミーなんか
 使わずに堂々と有明に乗り込んでくる筈よ。だから、少なく見積もっても
 国賓クラスの人間がお忍びでコミケにやって来ると考えて間違いない』
マレイヤはここでいったん言葉を区切る。
331手動筆記人:2000/11/04(土) 05:42
『…そう判断して念のために火器交換を”休息所”に提言したんだけど、昨日
 あっさりとその”国賓”が判明したわ』
「ノンシャランスの王子様でも来るってのか? ヒャヒャヒャヒャヒャ」
『もっとシャレにならないとこのお姫様よ。千代田区一丁目在住のね』
インコンパラブルは肩をすくめながら、口笛を鳴らした。
「…そりゃ、確かにシャレになんねェなぁ。でもよ、警備部情報をゲットして
 くるたァ、さすが幹部様は能力が違うねェ」
『スパイの専門家でもない素人が警視庁に潜入できる訳ないでしょ。単に、
 準備会の西館公共地区担当の自称偉いスタッフ様にコナかけてみただけ。
 一日デートしてあげただけで、機密情報をベラベラ喋ってくれたわ』
「おいちーメシにおいちー情報、どっちもゲットしてンマーーイ! ってか?」
『食事はいかにも最近雑誌で紹介されてました、な店だったけどね。とはいえ、
 情報自体は極上の風味だったわ。紀宮有明行幸もそうだけど、西館の幹部達が
 他の準備会メンバーに対して相当不満を燻らせていることとかね』
「そりゃあ、夏の一件でヘマこいてんだから自業自得だろ、ありゃ」
『彼等はそうは考えていないようね。とはいえ、懲罰人事なのか西館スタッフは
 他部署への異動を禁じられ、そのくせ西館の要所々々に旧混対の歴戦の猛者が
 東館から廻されて配置されることが決定、なんてことをされたら自分達の
 プライドを保つためには理不尽な私怨の一つや二つ抱いても仕方がない、って
 所じゃないかしら?』
「で、”地獄のメーテル”様はまた一人青年を仲間に引き入れた、と」
『あんたは、自らの組織の秘密を軽く口にするような人間を仲間に持ちたい?』
「…ネジの1本にする価値すら無いってことかイ? ヒャヒャヒャヒャヒャ」
『彼には、このまま準備会の中に居続けてもらって機密情報を流し続けてくれる
 方が我々にとって価値がある、ということよ。そのほうが彼の矮小な自尊心も
 満足させられるでしょうしね…少なくとも”粛正の時”までは』
332手動筆記人:2000/11/04(土) 05:43
マレイヤはそう言ったが、現在のコミケに不満を持つものを多数スカウトして
きたものの、実はその中に西館スタッフは一人も入っていなかった。
彼女にとっては、西館スタッフもまた粛正対象であったからだ。
少なくとも彼等が責務を果たしてくれてさえいれば、夏コミにおける西館
シャッター前の事故は起きなかった。そして…

突如聞こえてきた警笛の音に、マレイヤは瞑想の世界に行きかけていた心を
現実に引き戻した。
轟音を響かせながらホームを通過していく急行電車に背を向け、彼女は目前の
青年に話しかける。
『…詳しいことは、幡ヶ谷で説明するわ』
「あの第三サティアンでってか? ヒャヒャヒャヒャヒャ」
『第三前進軍営でしょ? 同志アイアンデュークに聞かれたら、鉄拳制裁を
 受けても文句は言えないわよ』
「…あのオッサン、えれーアタマ固ェからなぁ。コワイヨコワイヨヒー」
彼等は、かつて自分たちが新米だったときに教練を受けた戦闘教官の名を
出して苦笑しあった。
同志アイアンデューク。”休息所”軍事戦術担当幹部にして世界中の紛争地域
において敵軍将校の頭部に弾丸を叩き込んできた伝説のテロリスト。
そして、私に”人を殺す”ということの意味、覚悟…業を教えてくれた人。
何故そんな人がオタクのままごと遊びのような組織にいるのだろうか、と
マレイヤは心の中に疑問符を浮かべる。
そもそも、この手の組織には必要不可欠の”最高権力者”自体が存在しない。
”休息所”の一員になれば誰が最高権力者なのか解るかと思っていたが、
それでも最高権力者が誰なのか未だに解らなかった。
解っていることは、”休息所”を含む組織全体が自然的に発生したものであり、
彼等を結びつけているものはただ一つのスローガンだけである、ということだった。

”古き良きコミケを我等の手に取り戻すために”
333手動筆記人:2000/11/04(土) 05:44
…もっとも、下っ端のメンバーはともかく、組織の最高幹部として君臨している
”休息所”の人間はそのようなお題目を端から信じては居ないであろう…
そう、マレイヤは考えていた。
彼女自身が自らの復讐のために組織を利用していたのだから。

「さてと、電車が来たみたいだぜェ」
ホームに吉祥寺行きの各停電車がゆるゆると速度を落とし、停車した。
扉が開き、数えられる程度の人間をホームに吐き出してゆく。
混雑度170%、といった感のある車内に入っていこうとする直前、マレイヤは
襟元へと手を伸ばし、そこに何かを付けた。
「おっ、そのバッヂは…」
『これから偉い人に会いに行くんだから、身だしなみくらい整えとかないとね』
「身だしなみ、ねェ…このバッヂ付けてりゃ、組織の中で王侯貴族のように
 振る舞える幸運のアプサラスタイガーちゃんなのになぁ」
インコンパラブルは、マレイヤの胸元をしげしげと眺めながら呟いた。

『…あんまり人の胸、見つめてんじゃないわよ』
「しっかし、”偉い人に会う”ってことは、第三サティアンにお偉方の誰かが
 来てるってことカ?」
マレイヤの追求をはぐらかすように訊ねる。
『あんたの苦手な同志アイアンデューク以外の、全員が来てるはずよ』
「…おいおい、まさかノルマンディーひみつ会議でも開くつもりかァ?」
マレイヤは口元を笑みの形に歪めた。
『その、まさかだと言ったら?』

その胸元には、最高意志決定機関”休息所”の一員である証…
ギコバッヂが鈍い光を輝かせていた。

    ∧ ∧
   (@` ゚д゚)
  ヽ/   |
  (__∪∪)

そして、彼等の組織は後に”ヲマエモナ”と呼ばれる。