1.
むかしむかし、同人という名の村がありました。
そこに、背中に馬鹿と書かれた紙を貼りつけて歩いている男がやって来ました。
道行く人は、気の毒に思ったり、馬鹿にしたり、不思議がったりしました。
男には、周囲から「馬鹿ー」「背中に馬鹿って紙が貼ってありますよ」「パフォーマンス?」
などの声が浴びせ掛けられます。当然ですね。
ところが、男は周囲のそんな声をムキになって否定します。
「僕は馬鹿ではない。君の主張は的外れだ!」
「僕の背中に馬鹿という紙が貼ってあると言うのなら、貼ってあると言う論拠を示せ!!」
「僕はパフォーマンスなんてやったことありませんよ?事実だけを言ってください」
てんで話になりません。
男があまりに頑なであるので、村人達も、だんだん彼に注意することをしなくなり、
ただ馬鹿にすることにしました。
男が背中の紙通りに馬鹿である事が、村人達も理解しました。
2.
男は、けして人々の意見には耳を貸さず、自分の信じる考えにだけ従う人間だったのです。
また、背中の紙以外のことも万事この調子であり、
子供が歌っている童謡にも
「その歌の歌詞は破綻している。たとえ歌でも事実は曲げられない!」
それを「童謡ではないか」と咎める周囲の人々に
「童謡だからと納得する義務は無い、好きにさせてもらう」
その様子を馬鹿にする男に
「事実は違うのだ。俺は常に自分の主張と正論を言うだけだ」
男はこのようなことをしているうちに、村人達からどんどん嫌われてゆき、
浮いた存在となり、人々は男に対し真面目に取り合うことを止めました。
3.
ほどなく、男は村八分になりました。
もちろん、自分の考えにしか従わない男はそんなことはおかまいなしです。
どんなに村人達に嫌われようと、「俺を嫌いだというのは君たちの感想にすぎない」と
延々と居座り続けました。
村八分と言うのは、火事と葬式以外は相手にしないという意味ですが、
実は男は火事を頻繁に起こすのです。
火事のたびに「この馬鹿!!」「資材を無駄にするな!」「脳味噌膿んでるのか?」と
罵倒されますが、男はこれが大好きで仕方が無いのです。「俺は馬鹿じゃない。証拠を示せ」
「無駄にしてはいけない義務は無い」「俺の脳が膿んでいる事実はない」
と反論できるからです。
男には、村全体のことや周囲の空気、世間の常識というものを慮れないのです。
人々が言うように、やはり脳が膿んでいたのかもしれません。
4.
それでも、男にはまだ相手をしてくれる人々が居ました。
村のあまり素行の良くない若者たちです。
村の大半の人々は、この脳が不正解のまま硬化した男の相手をするのは無意味だと知り
やんわりと無視をしていましたが、
無軌道な若者達は、この馬鹿にするのに絶好の相手を時々突付いて遊んでいました。
なにせ、男はどんなにつまらない悪口にもムキになって反論する癖があるのです。
そして、男はこの自分だけは論戦と思い込んでいる下らない諍いには
常に自分が勝っていると思い込んでいます。相手が悔しがっているとさえ思っているのです。
からかうには、これ以上無い極上の馬鹿でした。
男と若者が諍いを起こすたびに、村の交通は著しく阻害されるので、
村人達はとても迷惑に思っていましたが、周囲の空気が読めない男です。
そんなことにはまるで配慮が廻りません。脳血流も廻っていなさそうです。
5.
しかし、若者たちもやがて男に飽きました。
男が真性の馬鹿であると解り、なんだか会話をしていると馬鹿が移りそうな気がしたのです。
男が、村で自分を嫌っているのは若者たちだけだと誤解を始めたのもうまくありません。
最近では、家に石を投げ込むものも若者が隠れてやっているのだと言い出す始末です。
少数の相手をしてくれるものを失い、男は本当に孤独になり始めました。
しかし、男はこれを自分の完全勝利だと勘違いしました。男はどこまでも馬鹿なのです。
男は周囲の空気がいつもと違うことに気が付きません。
もともと自分の世界だけが大事な周囲への配慮がゼロの男。村人達に来易く話し掛けます。
たとえ自分が嫌われていようと、おかまいなしです。
それは相手側の都合で、自分には関係無いとすら思っているくらいです。
6.
その日は、なんだか様子が違いました。
男の呼び掛けには、総て罵倒が返されます。若者たちばかりでなく、村人全員です。
「馬鹿!」「ゴリラ!」「ウンコ!!」
男は多少は面食らいましたが、大好物の論戦の材料が向こうから転がり込んでくるのです。
男は大喜びで反論を用意しました。
しかし、向こうからはやはり同じ罵倒しか帰ってきません。
「馬鹿!」「ゴリラ!」「ウンコ!!」
「馬鹿!」「ゴリラ!」「ウンコ!!」
「馬鹿!」「ゴリラ!」「ウンコ!!」
村人達は知ったのです。男はもはやこの世の住人ではないことを。
7.
村には、かつて妖怪が現れたことがありました。
姿形は人間と同じでしたが、
異常に尊大な態度、人の言うことをまるで聞かない耳、他人の気に障ることばかり言う口、
他人に化ける妖力(バレバレ)で人々を惑わし、
あの頑なな男のように、村に火を付けて廻っていたのです。
あまりの酷いその暴れように、人々はその妖怪を徹底的に叩きました。
そして、朝、その妖怪のいた場所を訪れると、
そこには人の形をした巨大な蛆が一匹、汚らしい体液を撒き散らしてのたうっていました。
人間の女性のように見えたそれは、蛆が化けた妖怪『ぷくこ』だったのです。
しかし、妖怪は決して死なないと言われています。
同人村の「ぷくこ」は力を弱めていますが、他の村にも出没して人々に害を為していると
今でも伝え聞くことがあります。
今でも「ぷくこ」が現れると、正体である「蛆」という呪文を唱える風習が残されています。
8.
この経験が、今回役に立ちました。
村人達は、この男はまぎれもない妖怪であると考え至ったのです。
いくら嫌われても湧いて出る・同人と係わり合いが無いのに同人村に居座る・
他人の言うことを聞かない・無駄に他人に噛み付く・常に自分が勝っていると誤解している
これらの妖怪と同じ習性を持ち合わせたこの男は、妖怪に違いない。
いや、妖怪でないにしても、もうその精神は彼岸のものであり、
現時点でも既に半妖怪であると気が付きました。
この男には、もはや人の言葉など無用です。けして脳に伝わらないのですから。
どんなあたりまえの事を付き付けても、彼岸の住人にはそれは無駄なことです。
9.
しかし、まだ、どんな妖怪かまるで正体が掴めません。
ぷくこは蛆である正体が解っているので、それを退散の呪文として唱えられますが、
この妖怪男はまだその正体が解りません。
そこで、人々は見たままの姿から連想される言葉を投げ掛ける事にしました。
即ち
「馬鹿!」「ゴリラ!」「ウンコ!!」
です。
男はそんな事には気が付きません。男は既に彼岸の住人なので推測するだけの思考能力は無く
過去の経験から学習する能力は最初から備わっていませんでした。
男には、他人の言うことは言葉の羅列に過ぎず、意味は少しも脳に行き渡らないのです。
男は、不思議に思いながらも嬉々としてこれらに反論し続け、村の交通を遮断し続けます。
この半妖怪の男は、いまでも同人村に居座り続けています。
同人活動など、したこともないのに。
10.
あなたも、この半妖怪に出会ったら、決して言葉を交わしてはいけません。
ヒトの言葉を喋っているようですが、それは貴方に取り付こうとしているのです。
どうしても何かを言いたくなったら、
正体を探るために、連想される忌まわしい姿を突き付けてやるとよいでしょう。
現在、糞尿の化生である可能性が高まっています。
どっぺんぱらり