王家の紋章番外編@2ちゃんねる

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400名無しさん@お腹いっぱい
イズミル王子がキャロルの心を得てからどれほどの日々が過ぎたことか。
王子は相も変わらずキャロルに夢中で、大切にすることこの上ない。婚儀の日までは忠実な恋人役に徹するのだ、この王子は。
冷静沈着・文武両道の王子というイメージを崩さぬよう、恋をしたら堕落したと言われぬよう、以前にも増して公務に励む王子。人々はますます王子を尊敬する。
しかし、ひとたび自分の宮殿に帰れば、人目も憚らずキャロルを慈しむのだった。一緒に食事をして、一日の出来事を教えてやり、キャロルの話を聞き、一緒に国政の勉強などもする。
そして侍女達も下がったその後は・・・。キャロルへの寵愛はますます深くなる。優しい口説、接吻、色めいた冗談ごと、逸る自分の心を抑えた抱擁。柔らかなキャロルの身体にきわどく触れる大きな暖かい手。
王子はキャロルが自分を愛してくれているという確信があった。何事も客観的に観察し、万が一に備えて常に裏の裏まで考察し、想定する王子だったが、キャロルの心については無条件で信じきっていた。
「私がそなたを幸せにしてやる、姫。そなたはただ私についてくればよいのだ」
「そなたが私の妃になる時が待ち切れぬ。そなたは私だけのものなのだ。他のことなど考えるな。ただ私のことだけを思ってくれ」
「愛している、愛している。ずっと側にいてくれ。初めてだ・・・こんなにも誰かを愛しく思うのは。こんなにも誰かに心奪われるのは・・・」
繰り返される王子の口説。初めて知った愛に酔う若者の口説。
401名無しさん@お腹いっぱい:2001/06/28(木) 08:10
そんな中で。
キャロルは不安だった。王子を愛しているのは本当だった。王子の愛を疑うことなどもなかった。王子を愛し、王子に愛されることで幸せが得られるのは・・・本当だ。
それでも。
(このままでいいのかしら・・・?)
(私は王子を大好きだわ。でも・・・押しつけるような、他のことを考えるのを禁じるような王子の愛し方は・・・怖い)
(私、このままではただ王子が振り向いて笑いかけてくいれるのを犬のように待つ人間になってしまいそう)
王子は古代世界では何の後ろ盾も持たないキャロルに様々なものを与えた。それは金銀財宝の類であったり、美しい衣装や小間物であったり、馬や、城塞、豊かな領土であったり、格式の高い地位であったりもした。
それは王子の心の証。キャロルは心から王子に感謝した。でも婚儀を目前にした今、王子の好意は何だか窮屈に思えて仕方ない。
(私・・・このままではいけないわ。このままでは私、甘やかされたお人形のようなつまらない人間になってしまう)

袋小路の不安にとりつかれたキャロルの心の中にある考えが浮かんだ。
(イシュタルの神殿に行ってみようかしら)
愛の女神イシュタルの神殿のことは侍女達のおしゃべりから聞いて知っていた。恋をする者は、愛の女神の神殿に赴いて未来への不安や期待を占って貰うのだと。
神殿の中にある水盤。そこに未来が映るのだという。
(私はどうしたらよいのかしら?私・・・自分の心を知りたい。私の本当の望みは何?本当に今のままで幸せになれるの?)
王子の最愛の人として奥宮殿に大切に大切に隠され、傅かれているキャロルがこっそりと外に出るのは至難の業だった。それでもキャロルは外出する侍女達に紛れて宮殿を出たのだった。
402名無しさん@お腹いっぱい:2001/06/28(木) 08:11
「久しぶりの外!」
キャロルは足取りも軽やかにイシュタル宮殿を目指した。息苦しいほどに王子に愛され、守られた日々にキャロルは思った以上に辟易していたらしかった。
ベールとマントで深く身を包んだ小柄な少女に特に注意を向ける者もいない。
キャロルは首都の喧噪の中、イシュタル神殿に着いた。
神殿は大きな中庭のある造りで沢山の人々で溢れていた。神官や巫女、中庭で商いをする商人達、それに・・・望む者に愛を教え、与えてくれる娼婦や男娼・・・。
聖なるものと、その対極にあるものが共に並び、複雑に絡み合う愛の神の居所。
キャロルは知らなかったが、イシュタル神殿というのは結構きわどい場所でもあったのだ。少なくとも世慣れぬ娘が一人で来るような所ではない。

「娘さん、一人かい?」
「きゃっ・・・誰?」
「驚かせたかい?すまないね。何か探してるのかい?」
例の水盤を探していたキャロルに声をかけたのは浅黒い肌をした長身の男だった。整った顔立ちは甘やかな笑みで彩られ、女性にもてそうな雰囲気の持ち主だった。
言うまでもないが彼はここで客を引く女衒兼男娼だった。長年のカンで目立たない姿をしたキャロルに目を付けたのだが・・・。
「ああ・・・ごめんなさい。あの、私、イシュタル女神の水盤を探してるの。未来が分かるっていうあれよ。ご存知だったら教えてくださいな」
男は幼いながらも柔らかな美しい声で上品に語りかけられて毒気を抜かれてしまった。
(何だ、この娘は?誰か親しくなれそうな男を探してるのか・・・それとも家出だとかよんどころない理由でここに来たのかと思いきや・・・ただの夢見る世間知らずさんか?)
「あー、水盤ね。それならここと反対側の入り口から入りな。ここは・・・神殿詣でに来た奴相手の商売人の場所だよ。」
「まぁ、そうなの。知らなかったわ。教えてくださってありがとう。助かりましたわ」
花のような笑顔。無邪気なこちらをすっかり信頼しきった天使のような笑顔。
「助かりましたわ・・・って。あんた、連れはいないのかい?若い娘が一人でここに?あんたは知らないのかもしれないが・・・ここはあまり柄がよくない。しょうがないな、送っていってやるよ」
すれっからしの男娼が、すっかり毒気を抜かれて忠犬のようにキャロルに寄り添って歩く。男娼の仲間達は不思議そうにその光景を見ていた。
403名無しさん@お腹いっぱい:2001/06/28(木) 08:13
「あんた一人でここに来たのかい。若い娘が不用心だぜ。どうしてまた?」
「・・・私・・・知りたいことがあって・・・。ここの水盤で未来を占いたいって思ったの。自分の心が分からなくて・・・考えても考えても結論がでないの。疲れちゃって・・・だから」
「ふーん。しかし占いなんて気休めだしなぁ。決めるのは自分だろうよ」
「ん・・・。私、結婚するの。今度。でも何だか・・・」
「あー、はいはい。夫になる男の心が信じられないってやつね。若い娘さんがかかる麻疹みたいなもんさ。深刻ぶって何かと思えば。
・・・怒るなよぉ。案ずるより産むが易しってさ。あのな、一人でこんな所に来るくらいなら、その男に話ししてみろよ」
わざと荒っぽい言葉を使いながら、男は妙にキャロルに惹かれるのだった。キャロルの夫になる幸運な男を見てみたい・・・と思った。
「そうね・・・。でもその人は私には立派すぎるの。何故、私が悩むかなんて多分、分からない。私も自分の心が分からないの。だからここに来たの」
「ふーん。・・・ああ、そこに水盤がある。俺は用事があるからここで。じゃあな!いいことあるといいな、お嬢ちゃん!」
「ありがとう!」
キャロルはドキドキしながら薄暗い部屋の中で水盤をのぞき込んだ。
(未来・・・私の未来・・・。愛の女神よ、教えてください。私の未来を。私の心を。私はどうすればいいのかを)
不意に空気が揺れ、水面が暗くなった。
(え?)
驚くキャロルの顔のすぐ横にイズミル王子の顔が映っていた。いままでにない厳しい表情のイズミル王子が。冥い怒りの炎に包まれた王子が。
「姫、黙ってこのような所に来てどういうつもりだ?」
王子はキャロルの手首をしっかり握ると無言で歩き出した・・・。
404名無しさん@お腹いっぱい:2001/06/28(木) 08:16
396しゃま〜!
アナタがこの毛草の種を授けてくださいました。感謝!
お嫌いなかたは読み飛ばしてください。
ごめんなさい、次回、SM編に続きまする〜。