【まったりと「奇面組」創作小説を創ろう】

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241名無しさん@お腹いっぱい。
・・・・・少し陽射しに優しさが加わった・・・・・
・・・・・少し風に暖かさが加わった・・・・・
・・・・・少し空気に青さが加わった・・・・・
・・・・・少し空に唄が加わった・・・・・


陽は寒空を脱ぎ捨て、風は陽の温もりを運ぶ。
木々は陽の暖かさに触れ目を覚まし、空には賑やかに旅人が舞う。

四季は旅。

冬はまた1年の旅に立ち、春は冬を追うように1年の旅から舞い戻る。

今、まさに春。


窓から差し込む光に包まれて唯は大きな鏡の前にいた。
その鏡に映る自分は明らかに緊張していて「こんな鏡私の部屋には入らないわよね」などとどうでもいい事を考えてしまう。
優しく布の触れる音、髪を撫でる感触。
女の人、数人が自分を囲み、鏡に映る化粧っけの無い自分をみるみる変えて行く。
時折、唯の緊張を和らげようと気を使って話しかけてくれるがそれも固い愛想笑いで返してしまう。
そんな自分じゃないような自分を目の前に見ながら、ほんの少し昔のことを思い出していた。





まだ制服を着ていた頃の事。
零にと出会い、見つけ、育てた小さな春。
零の優しさに触れ、鼓動が早くなる自分を感じた春。
自転車の後ろで火照った頬を風で冷やした季節。

・・・あの場所は今ごろどうなっているだろう・・・

変わり行く町、人・・・巡ってくる季節。
それらを見つめながら、あれから幾つの春を見つけただろう。
二人で・・・

いつまでも変わる事のない二人。
初めて会ったあの日、あの時から何も変わらなかった二人。
自分たちも、周りの人達も、そう思ってた二人。
でも変わる時は来る。

そう、ほんの少し。



242名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/19(木) 20:36
卒業から数年後・・・春、近い日。
いつものように夕飯の買い物を済ませ、家路につく唯。
その唯の前に息を切らせ、まだ寒いのに汗びっしょりの零が現れた。
「ハァハァハァハァ・・・ック、ハァハァハァ・・・ゆ、唯ちゃん!」
「ど、どうしたの?零さんそんなに慌てて」
「ハァハァ・・・ま、街中探した・・・ハァハァ、わ、私は、ハァハァ・・・」
「落ち着いて落ち着いて、ホラ、すぐそこ、公園だし、そこで話ましょ?」
「わ、わかったのだ」


公園。
子供たちが遊ぶ声、何処からともなく香ってくる夕飯の香い。
この雰囲気が一日の終わりを感じさせる。
二人はベンチに座る。
しばらく零の乱れた息づかいが聞こえていたが、それも次第に治まり、今は夕飯までの一時を公園で遊ぶ子供たちの姿を二人して見つめていた。

「なんか、好きなのだ、この雰囲気」
「私も・・・」

慌てたいた筈の零を「いいのかな?」と思いながらも、零と一緒にいられるこの心地よい雰囲気に、唯はひたっていた。


日も傾きはじめ、子供は母親に連れられ家路を急ぐ。
公園はいつの間にか自分たち二人だけになっていた。
街灯が灯り、二人が座るベンチを照らす。
243名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/19(木) 20:36
「唯ちゃん・・・」
真顔でこちらを向く零。
いつもの零とは少し違う、すぐに唯は思った。
真剣・・・それもある。
が、その上にまだ何かを感じながら唯もまた零の方を向く。
「なに?零さん」

なんだろう?
胸の鼓動が異様に高い。
壊れそうなくらい・・・


この瞬間の全てを焼きつけたくて、零だけを見つめた。

「・・・・・」

零の凛々しい眼が見つめてる。
デビルマンの様な髪が風にかすかに揺れている。
引き締まった口元が言葉に同期して動く。
零の言葉以外、他に何も聞こえない。
零の言葉だけが心に届いて・・・


「はい、喜んで」


自然にそう答えていた。

街灯のスポットライト・・・
二つの影は一つになった。




244名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/19(木) 20:37
どれくらいの時間が経っただろう。
気付けば鏡の前には唯一人になっていた。
陽射しは相変わらず優しく、部屋中を包み、全体を淡い色に染めていた。

コンコン・・・
「唯、入るわよ」
聞きなれた声。
「お母さん・・・」
思わず駆け寄り抱きつく唯。
それに答える母。
「・・・唯・・・幸せにしてもらいなさい・・・あなたの選んだ人に」
「・・・うん」
涙が溢れ出す。
「私はあなたに何もしてあげられなかったけど・・・あなたの選んだ彼ならきっと・・・」
「ううん!そんなことない・・・お母さん、私を生んでくれたじゃない」
「・・・ありがとう・・・唯」
「お母さん・・・」

「ホラホラ、泣いたらせっかくのお化粧が落ちちゃうじゃない・・・さ、お父さんも待ってるわ、行きましょう」
「うん・・・」

扉を開けるとガチガチに緊張した父の姿。
ぎこちなく差し出す父の腕に自分の腕をそっと組む。

「ありがとう、お父さん」
その言葉に父は笑顔で答え、今、一歩を踏み出した。

真っ赤な絨毯のこの道を。
見慣れた人々に祝福され、この道を。
その先であの人が待つ、このバージン・ロード。


一歩、また一歩、ゆっくりと・・・


・・・・・ふと、思い出していた・・・・・
あの日、あの時、言ってくれた零の言葉。


『やっと、自信がついた・・・・・結婚、してくれないか』


カラーン・・・コローン・・・カラーン・・・コローン・・・
いつまでも鳴り響く鐘の音。


・・・・・少し春に幸せが加わった・・・・・






後に自信のきっかけを耳にする・・・


『私が、自分で仕入れたおもちゃが売れたのだ』