2ちゃん武道板仮設神殿  

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274名無しさん@お腹いっぱい。
現在伝承されている居合術は、今から四百三十余年前、乱世の時代に興った武術である。居合諸流派の多くは、林埼甚助重信をその始祖としている。林埼系以外に重信が学んだといわれている天真正伝香取神道流、鹿島新当流、また、立身三京を開祖とし江戸時代下総佐倉の堀田藩に伝承された立身流などがある。これらはいずれも剣術・槍術などの総合武術の中の一門として伝承されている。


林埼甚助重信は、出羽山形の楯岡に天文十年(1542年)に生まれたといわれている。父の仇討ちを祈願して現在の林埼居合神社(林埼明神)に参籠し、満願の日に神託をえて、後年林埼居合を完成したと伝えられている
275名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/04(土) 14:39
日本では生活に密着する形で神社・仏閣があり、剣の道は侍の儒教や神道に培われた道義です。武道成就を神仏に祈るという行為があります。「常陸国鹿島・香取の社人共、明神の伝へとして流々をたて」、経津主命(フツヌシノミコト)と武甕槌命(タケミカヅチノミコト)は神道の武神で香取、鹿島神宮の祭神です。
 約1450年「チョイサイ・イエナオ」という剣客が1000日間香取神道神社に祈願参籠し、神の指導のもとに形を作り、天真正伝香取神道流を創始しました。
276名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/04(土) 14:40
塚原卜伝という室町時代末期に傑出した剣客が、この香取神道流を学び、日本中に武者修をしました。鹿島地方の武術体系を立て、鹿島神社の武甕槌命(タケミカズチノミコト)という祭神から天啓をもらい、鹿島新當流を創始しました
277名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/04(土) 14:41
夢想権之助はこの天真正伝香取神道流・鹿島神流を修め、初期江戸時代の宮本武蔵という剣客との試合がありました。夢想は棒で戦ったが、木刀よりこれが重苦しすぎたから、負けました。武蔵を負かせるようになるために武者修をし、宝満山と言う山にある竈門神社の太宰府の天満宮に37日間祈願参籠し、御神託を授け、棒より短い杖と杖術を編み出しました。
 神道夢想流秘伝によると
”天地開闢(かいびゃく)のとき、イザナギ、イザナミの尊が「天の矛」をもって大海原をかきまぜ、この大八卅(おおやしま)(日本国)を創られた。この「天の矛」こそが棒(杖)であり神国日本の武を代表するものである。”
278名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/04(土) 14:42
[天真正伝香取神道流」は日本武道の源流とも言える。室町時代の武将、
飯篠長威斉家直を流祖として下総の国、香取に伝承する武道である。家直は
六十才にして香取大神に千日の大願をたて齋戒沐浴、兵法に励み百錬千鍛を
重ね粉骨の修業の後、香取大神より神書一巻を授けられたと伝へられている。
その後神道流の門人は香取の地に連綿として続き、昭和時代に講道館の嘉納
治五郎師範も講道館の中に古武道研究会を設立し、講道館の門人たちに神道
流の稽古をさせた。
  六百年の間、新陰流の上泉伊勢守、鹿島の塚原土佐守及び卜伝、そして
松本備前守、諸岡一羽斉など幾多の俊傑を輩出した。今千葉県と神奈川県に
伝承しているし、また海外にも門人がいる。