日垣隆・総合スレ★24

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687無名草子さん
『週刊現代 2010.11.20号 p.158〜159』

なんなんだこの空気は メディア考現学 日垣隆

連載第61回 米国からの黒船、なにするものぞ!との誤判断が露呈

■上陸から10年■
 アマゾンが日本に上陸して、今月で丸10年を迎えた。
 当時の新聞を繰ると−−という日本語が生きているのでそう書いただけで、実際には
有料サービスで検索すると−−どの新聞でも当面「様子を見る」程度の記事しか書かれていない。
「週刊朝日」が上陸3ヵ月前に比較的大きく報じたものの(99年2月12日号)、そのリード文
では、マルクスらの手になる『共産党宣言』冒頭を模して、(「アマソン・コム」という妖怪が
日本の書籍流通業界をうろついている。店舗を持たず、サイバースペース(電脳空間)だけで
商売する米国生まれの「オンライン書店」だ。)
 将来予測は、かなり的外れに終始している。
 米国でアマゾンが成功したのは、書籍情報の充実ぶりに加えて、値引き販売があるからだ
としたうえで、《これらのサービスがすべて和書でもできるかというと、難しい。アマソン・
コムが洋書で使っているようなデータペースや適当な検索エンジンが和書にはないこともあるが、
最大のネックは、値引き販売だ。》
 紀伊國屋書店店売推進本部パーソナル部の部長さんも、こう仰っている。

《「あれだけ急成長したのは、やはり値引き販売の影響が大きいと思います。日本では再販制度
があるため、一部を除けば定価販売が原則です。そうなると、アマゾン・コムが日本で成功する
かどうか……》
 結果は、皆様ご存じのとおり。
 再販制度−−定価販売のもとでも、日本最大を誇るシェア10%の紀伊國屋書店の総売り上げを、
アマゾンはすでに追い越している可能性が高い。そもそもアマゾンは、自転車やマタニテイ用品も
売っている。ネット書店というのも、憚られるお化け企業になった。
688無名草子さん:2010/11/08(月) 19:09:12
■結果論の安易さ■
 アマゾンは、事前交渉も含め、統計を秘密扱いにし続けているから、実態がよくわからない。
が、リアル書店とアマゾンの力関係が、1年後、10年後にどうなっているかは、想像するに難くない。
 アマゾン製キンドルの日本上陸も、すでにカウントダウンに入った。国会図書館の全書籍
デジタル化計画も同様だ。
 街の書店が電子書籍を店頭で売ることはできそうもない。
 この10年の荒波を通じて、街の書店は2万1654店あったのに、今年は1万5314店になった
という(書店の調査を業務としているアルメディアによる。いずれも5月1日現在の数字)。
 わずか10年で6340店も潰れたことになる。
 業界関係者の間では、もともと書店の数が多すぎたのだという声もよく聞く。が、それは
10年前に言ってもらいたかったよねぇ。
 じゃあお前はどうなのか、という問いにも答えておきますか。私は、自分のサイト(当時は
ホームページと呼んでいた)で12年前から自著を販売心べきたので、再販制度や情報の多寡
など簡単にクリアできることは、身体で理解していた。むしろ問題(ネック)になるとしたら
送料だ、とメルマガや週刊誌を通じて書いた。警鐘ではない。いずれネット通販は、あらゆる
ものが無料になってゆく、という予想も表明してきた。
 実際、日本のアマゾンでも、数年前から年会費制度による送料無料化がなされ、次第に
(特別会員でなくとも、また1回あたり1500円以上でなくても)送料無料キャンペーンを
張り続け、いつの間にかほぼ全点について送料がかからなくなっている−−。

■同じ10年前の出来事■
 予想という点だけではなく、過去をも我々は忘れやすい。
 ちょうど同じ10年前、正確に言えばアマゾン上陸の4日後なのだが、旧石器の発掘で
「神の手」と呼ばれていた−−つまり彼が現われるとたちどころに見事な石器を掘り当てる−−
というホラーのごとき話にほとんどどの専門家も疑いを持たず、毎日新聞の記者とカメラマン
が早朝、その「神の手」が余所で収集した石器をポケットから出して、現在の発掘場所に
そっと隠すところを連続写真に撮り、第1面トップで報じた。
 書店業界と、旧石器業界ではヽいくらなんでも規模が違う。にもかかわらず、連日後者の
話題で大マスコミはもちきりとなった。
689無名草子さん:2010/11/08(月) 19:10:11
 その後、「神の手」と呼ばれた普通のおじさんは、自ら右手の指を鉈で切り落としている。
二度と悪さをできないように、と。
 あれは犯罪だったのだろうか。
 考古学界の非科学性に起因していたと私は思う。また、発掘現場には大量の人員が必要で
あるため、素人も参入しやすかったのは、それはそれで、とても楽しく有意義なことだった。
子どももロマンを持てた。
 子どもや素人の夢をぶち壊したこと、未だに専門家がろくに反省していないことは遺憾だが、
一人の気の弱い男が、「あったぞ」と一番乗りで発見するつもりで「先に置いておく」という
のは確かに捏造である。が、大阪地検を始め、私は検察官に限らず弁護士でも証拠を捏造した
人々を大勢知っている。
 法曹界のプロたちが、自ら反省して「捏造した手」を切り落としたという話は聞いたことがない。
 もちろん、そんなことを褒めているのでもなく、そうしたほうがいいと考えているのでもない。
 だが、なぜこの国の大マスコミは庶民に厳しく、エリートに寛容なのか−−。
 日本ペンクラブも文藝家協会も、わずか3年前まで電子書籍はもとより、著作権についても
トンチンカンな論議しかしてこなかった。
 書店も一部を除き、店員の工夫の芽を摘み、返品率4割という後ろ向きの仕事で、過労と
薄給を強いてきた。ツイッターで新刊を発信しても、それをコピペしてアマゾンで買う人々は
増える一方だ。
 直接の人間的なつながりが、今ほど求められている時代はかつてなかったと思うのである。