富裕層向けSNS「YUCASEE(ゆかし」ってどうですか?
ゲスとかカスとか、この仕事をしていれば嫌でも聞きなれる台詞だ。固執するようなことでもない。
自分でも分かっていた。
足元の暗闇に溶けた灰と俺は、同じものなのだろうと。
歓楽街から40分ほど車を走らせて自宅へ戻った。
八階立ての新築マンションで相応に眺めの良い六階、内装も広さもそれなり
ふたつある部屋のうち、ひとつはリビングと寝室を兼ねていた。
そこで黒い鞄に着替えをつめこんでいく。
以前はもうひとつの部屋を暗室にして使っていたが、
稼ぎが増えたので都外にある雑居ビルの一室を借りてスタジオにした。
名刺にも一応印字させているが、倉庫といっても過言ではない。
長野での撮影は車にあるカメラや機材で不足がないため、
そちらには寄らずに目的地へいこうと考えていた。
鞄を背負い、もうひとつの部屋へむかう。
ストロボの電池残量が気になったので、買い置きしてある電池をつめようとし
そこは四畳半ほどの広さがあり、写真機の入れられたガラス棚が部屋を占拠していた。
壁には、過去の栄光とは死んでもいえない高校や大学時代に撮られた写真が掛けられている。
ここを訪れた父が勝手に飾ったもので、片付けるのが面倒なのでそのままにしてある。
床に雑多に置かれたビニール袋から電池を取りだして鞄につめこんだ。
その後、シャワーで汗を流して仮眠をとり、日が昇るころに家を出た。
小さな部屋の電灯を切るとき、ガラス棚に置かれた「OM10」という形式のカメラを見た。
レンズを外され、部屋の装飾品の一部と化しているそれが、
つれていってくれと主張しているように思えた。
だが、それを手にとることはなかった。
温泉から湧きでた湯気が白い靄となって青空を舞う。
連休明けの平日ということもあり、小さな駅のロータリーは閑散としていた。
駅から出てくる人もまばらだ。
俺は駅前にある喫茶店で昼食をすませ、車を背にして煙草に火をつけた。
先ほど編集部に電話をかけて神城真二たちが宿泊している旅館を聞きだした。
「叙庵」というらしく、著名な文豪がひいきにしていた由緒正しき宿だそう
地元の住民に聞けば、場所もすぐに判明するだろう。
そんなところに一度は泊まってみたいものだ、
と徹夜明けで声が異常にかすれた記者は言っていた。俺もそう思う。
神城は2日後の昼にドラマ撮影が控えているため、その日の朝までには現場に入ることが予想された。
勝負は今日をふくめた2日程度、浮気相手とのツーショットか、
その関係を周知させられるような淫らな場面を撮らなければならない。
運転疲れをけむりと一緒に吐きだし、冷たい空気を吸いこんだ。
温泉地特有のにおいが旅行にやってきたという心境にさせてくれる。
そうしてつかの間の観光気分を楽しんでいたときだ。
だれかの視線を感じて首をかたむけると、女の子がカメラのレンズ越しにこちらを覗いていた。
俺も人のことは言えないのだが、最近の若者は肖像権もへったくれもないよう
携帯灰皿に吸殻を押しこみ、注意した。
「撮るなら金払えよ」
「あっ、ごめんなさい」
彼女はカメラから顔を離し、俺をまじまじと見た。
ありあまるほどの興味を含んだ好奇の目だ。そんなに気分の良いものではない。
「うーん、なるほどねぇ」
探偵きどりの女の子は、肩までのびるつややかな髪と黒目の大きな瞳が特徴的で、
きれいというより可愛いらしい顔立ちをしていた。
歳の頃は高校生くらいだろうか。
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