【監査】仕事がつまらなくて鬱病に5【法人】

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11名無しさん@そうだ確定申告に行こう
101 名前: 転載その1 投稿日: 02/11/06 19:56 ID:J2/Lz23K

監査法人に勤務していた数年前、偶然見かけたトイレの落書きに、私は強い衝撃を受けた。
「俺はカネさえもらえればいいんだ」と殴り書きされていたのだった。

書いた者の絶望感が痛いほどにわかるようである。おそらく、この無名氏は、そう書いて断念するまで労働の喜びを求めていたのだろう。
「俺はカネのためにだけ働いているんじゃない、社会的使命を果たしているんだ」というのが、会計士たちのプライドであった。
しかし、ベルトコンベアの労働は
――次から次へと、寸刻の休みも無く立ち現れる無機質なチェックリスト埋めと、マニュアルどおりの監査調書や膨大な内部審査書類を作成するだけの労働は――
そんなプライドを根こそぎ奪い取ってしまう。

重い疲労感はもちろんある。が、彼を絶望に突き落とすのは、生理的な疲労感よりも、誰にでもできる単純反復作業の永遠の継続である。
彼が倒れても、また誰かがチェックシートを埋め、内部審査書類をでっち上げさえすれば、監査報告書は何も無かったようにクライアントに受け渡されていく。完成した監査報告書や結果報告書を見ても、自分の存在などどこにも感じられない。
12名無しさん@そうだ確定申告に行こう:03/08/13 10:31 ID:FRh+uho3
102 名前: 転載その2 投稿日: 02/11/06 19:56 ID:J2/Lz23K

精緻な監査を行って数々の検出事項を発見しても、決算数値に大きな影響を与えないものだけが修正対象となり、ほとんどが闇に葬られて無限定の監査報告書が提出される。
重要な内部統制改善勧告を結果報告書に記載しようとしても、経理部と社員による事前の打ち合わせで拒否され、例年と同じような当たり障りのない結果報告書の提出を強制される。

 監査報告書に署名する代表社員に抗議しても、そのような大規模な修正は監査法人内の審議対象となる、厳しい審査や質問だけでなく審査部への出頭が命じられる、現状の逼迫したスケジュールでその対応は不可能だ、云々と逃げられて結局何も変わらない。
 悔し紛れに徹底的に手を抜いたザル監査を行っても、上司や審査部からのお咎めがあるわけではなく、却ってスムーズに無限定の監査報告書が提出されていく。
13  ◆CPA/E4mpjg :03/08/13 10:31 ID:FRh+uho3
103 名前: 転載その3 投稿日: 02/11/06 19:57 ID:J2/Lz23K

リスクアプローチの推進と共に、監査調書の電子化も進んでいる。会社のIT化がいくら進展しても、外部証憑や稟議書等の重要な資料は相変わらず紙で作成保存されている。電子化のすすんだ監査調書にはそれら資料は添付されない。
添付していない資料は、そもそも必要がなかったゆえに見ていないし、見ていないのだから過失による見落としや故意による見逃しもなかったという論法である。
リスクアプローチの適用によって計画段階で「見る必要がない」と決定された資料に関する調査結果は、監査調書に残してはいけないという、監査基準の解釈論による弾力的運用が本格化しつつあるのだ。

例え、自分が通査していた資料の次ページで偶然に不審なものを見つけたとしても、詳細調査のために追加手続を実施してしまうと、限りある人員と日数しかない現場の環境下においては、期日までに監査報告書を提出することができないのだ。
しかし、職業的正義感から、そのような事象を突っ込んで精査する会計士も存在するが、その多くは過労や責任感からくる重圧と、監査日程と投入人員の削減により短期的な収益性を確保しようとする社員との板挟みにあえいでいる。
その苦境を見た同僚の大半は、触らぬ神に祟りなし、と見て見ぬ振りをし続け、最短日程で監査を終了させようとするが、誰が彼等を批判できようか。
14  ◆CPA/E4mpjg :03/08/13 10:32 ID:FRh+uho3
104 名前: 転載その4 投稿日: 02/11/06 19:58 ID:J2/Lz23K

審査書類を作成して内部審査を合格しさえすれば組織的な手続が終了し、全ての責任は監査法人が負うのだ。
そして、万が一の賠償は法人が加入している損賠保険で補填される。そこには、監査法人社員の直接無限連帯責任を定めることにより、個々の社員による厳格な意見形成を求めた、会計士法の崇高かつ高邁な理想は、もはや何一つ残っていない。

彼等を苦しめる精神的な飢餓感の代償は、賃金でしかない。賃金のためにだけ働いているんだ、という冷厳な事実は、働いているあいだ中、コンベアのむこうから押し寄せて圧倒する。

子どものために、家族のために、それだけが労働のささえだとしたなら、もはやその事実に開き直るしかない。
「俺はカネさえもらえればいいんだ」
それが悲痛な結論である。
ベルトコンベアの労働が、会計士にどれほどの成長をうながすか。答えはノーというしかない。成長などはない。ただ肉体と精神をすり減らすだけの苦役でしかない。
15  ◆CPA/E4mpjg :03/08/13 10:32 ID:FRh+uho3
105 名前: 転載その5 投稿日: 02/11/06 19:59 ID:J2/Lz23K

しかし、それでは、幸運な時期に監査法人に入所した社員たちが、果たしてその対極にいるといえるかどうか。はたからみると、順風満帆のように見えても、内面の海にはふと不安の波が立ち現れるようになる。
恵まれていた。売り手市場だった。そうかといって、自分の才能と仕事の結びつきの必然を確かに計測できていたわけではない。
社員になるまでそれなりに働いてきた。といって、努力の成果が報われたにしても、いま自分はどこにいて何をしているのか、という漠然とした疑問は深まってくる。

以前は監査報告書に署名する責任を肌で感じていた。現場にも積極的に出かけ、担当者との入念な打ち合わせを行い、現場責任者からの報告を受け、監査調書を詳細に閲覧していた。
しかし、審査制度の拡充と業務量の増大により、現場にはほとんど行かなくなってしまった。
現場責任者の不満は理解できるが、実際には自分たち社員が直接に責任を負わない以上、自分だけが率先して現場に行けば新規開拓や所内政治に割く時間が減り、そのような活動を優先し現場を放置している同僚社員に水を空けられ、自分の業績評価に響く結果となってしまう。
16  ◆CPA/E4mpjg :03/08/13 10:32 ID:FRh+uho3
106 名前: 転載その6 投稿日: 02/11/06 20:00 ID:J2/Lz23K

何かが矛盾していて、組織の方針がおかしいことは気づいている。
しかし、監査人としての職務を無視するようなタイプや、監査法人の奇妙な現状に適応し所内政治にうつつを抜かすタイプの会計士達が、好待遇で社員、代表社員、理事と出世していく様子を見れば、むしろ法人への諦念が先に立つ。

そして、ある者は法人を見限り、またある者はその矛盾に耐えきれず突発的に法人を辞めることとなる。
そしてある者は出世だけを願って所内政治と会計士協会活動に全精力を傾ける。
それ以外の大多数はそんな気持ちを押し殺して、定年まで大過なく過ごすことだけを願って法人にとどまり続けるのだ。