リソナ父さんの引き金を引いた公認会計士

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5月13日の日本経済新聞朝刊に「銀行監査 金融庁、過程介入せず」という見出しの記事が掲載された。
サブの見出しには、「タスクフォース『税効果会計』で協議」とある。記事の主要部分を抜粋してみよう。
「現在、銀行と監査法人は2003年3月期決算を固めつつあり、金融庁が関与すべきかなどを議論。
金融庁は監査の過程に介入せず、監査法人の独立性を尊重することなどを確認した。
……一部のメンバーは自己資本の中身について厳格に見極めるべきだと主張。
銀行と監査法人が前期決算を詰めているのを受け、繰延税金資産の扱いで金融庁が個別に意見を
表明することがあるのか確認を求める声も出た。
金融庁側は、金融当局が監査の過程に介入しないことを確認した」
監査法人の背負った責任の大きさ

これ、じつは、ものすごい内容を秘めた記事である。
要するに、「金融庁は監査の過程に介入しない」ということを確認した上で、
事前に「繰延税金資産の扱いで金融庁が個別に意見を表明することはない」と言明したわけだ。
ということは、当たり前のことだが、繰延税金資産の計上については、
一重に会計のプロである監査法人が一身にその責任を背負うということになる。

 ところで、わが国の主要行における自己資本が「繰延税金資産」という
極めて軟弱で脆い資本によって成り立っていることは、関係者の常識となっている。
そして、銀行に関しては、例外的に「5年分」という破格の取扱いになっていること
も周知の事実となっている。事業法人の場合に、無条件に「5年分」が認められることはまずない。
しかし、わが国の監査法人のほとんどは、「金融当局による護送船団行政」の下で、
特別に銀行にのみ「5年分」をあたかも権利のように認めてきた。
本来、赤字企業であれば認められないケースであっても、例外的に「一時的な赤字にすぎず、
翌年からは黒字復帰する」という楽観的な見通しの上に「5年分」という特例を認めてきた。

ところが、赤字が2年も3年も続くと話は違ってくる。
如何に寛大な監査法人でも、「翌年からは黒字復帰する」などという勝手な思い込みだけでは、
繰延税金資産を「5年分」認めることができなくなる。そして、ほとんどの主要行は、2年以上赤字を続けている。
それでは、赤字が2年以上続いた場合はどうなるのか。
ある監査法人の審査責任者は、銀行法の趣旨を踏まえた上で、
「繰延税金資産を除いた自己資本比率で4%(国内基準行の場合は2%)以上ある場合に、
1年程度だけ認める」と述べ、「繰延税金資産を除いた場合に債務超過になる場合は、
税効果会計は認められない(要するに、0年)」と断じていた。
そして、「この方針が受け入れられない問題銀行からは監査法人を降りる」とまで言明している。

流石である。
それでこそ、投資家や株主の付託を受けて経営者を監視する立場にあるプロフェッショナルの監査法人と言えるだろう。
実際、繰延税金資産の計上について規定している
「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(監査委員会報告第66号)を素直に読む限り、
「5年分」が駄目な場合は、「1年分」か、もしくは「0年分」しか選択肢はあり得ない。
したがって、ルールに誠実な監査法人であれば、上記の審査責任者のような考え方をするのが当たり前であり、
それであればこそ、プロフェッショナルとしての善管注意義務を果たしたということが立証できるのである。
そして、そうであってこそ、万が一訴訟に巻き込まれても、自らの判断の正当性を説得することができるのだ。
無論、ルールは原則に過ぎないから、「5年」の次は、
「5年以内で合理的な範囲」という屁理屈をこねることが全く出来ないわけではないが、
その場合、「1年を超えて、5年以内で合理的な範囲」までの間は、完全にその監査法人の責任になる。

そこで、冒頭に紹介した記事が重大な意味を帯びてくる。
現実の現場では、「金融庁の見解ではこうだ」とか「金融庁の課長はこう言っている」
などという発言が、銀行サイドから監査法人に対して浴びせ掛けられる。
それでビビッテしまう監査法人もないではないだろう。
しかし、金融庁が「繰延税金資産の扱いで金融庁が個別に意見を表明することはない」と
言明している以上、すべての責任は監査法人に降りてくる。
株主代表訴訟で訴えられた場合は、少なくとも、
「1年を超えて、5年以内で合理的な範囲」の部分について、賠償責任はその監査法人にある。

一度計算してみてほしい。
「1年を超えて、5年以内で合理的な範囲」が如何に巨額な金額かを。
仮に「3年分」と定めたところで、「2年分」である。
監査法人が長年蓄えてきた剰余金が吹っ飛んでしまうほどの金額であることが確認できるはずだ。
そして、事後的には金融庁による厳しい繰延税金資産検査が行われる。
もしも、そこでプロフェッショナルの監査として問題があれば、断罪されることになる。
しかも、来年の3月末まで、監査法人の代表社員は無限責任を背負っているのである。
日本でも大手監査法人が吹っ飛ぶ?

したがって、今年3月期決算において「1年分」以上の繰延税金資産を計上することを認める監査法人は、
そのリスクを真剣にかつ冷静に検討すべきであろう。海の彼方では、エンロン1社が破綻しただけで、
アーサーアンダーセンという巨大監査法人が吹っ飛んだ。わが国でも、そういう事態が考えられ得るかもしれない。

第42回の「腰抜けの普株転換ガイドラインは竹中大臣の白旗なのか?」において、私は、以下のように叙述した。
「竹中プランをゴルフに喩えるなら、次のような状況なのだとご理解いただきたい。
竹中平蔵というゴルファーがコースに出たものの、風は強いアゲインストだし、
激しい雷雨の真っ只中。ゴルフバックをみれば、ドライバーは入ってないし、
ロングアイアンはシャフトが曲がっている。やむを得ず、7番アイアンで刻んで進んでいるので、
打数が増える一方だ。もっとも、ボールはフェアウェイから外れておらず、
たまにラフに入ることはあるけれどグリーンは何とか狙えそうだ。
しかし、キャディが裏切ったりするので、パッティングが入るかどうかは分からない……。」
「いずれにせよ、昨秋竹中大臣が就任して、メガバンクからの激しい抵抗を受けながらも、
『竹中プラン』を公表するまでを第1ラウンドだとすれば、その後、メガバンクが増資を実施する一方で、
竹中大臣が『3つのS』を打出して対抗した、この3月末までが第2ラウンドというところ。
これから、3月末決算の公表を経て、株主総会までの期間が第3ラウンドということになるのだろう」
「戦いの終わりを告げるゴングがまだ鳴っていないことだけは確かである」
そう、戦いの終わりを告げるゴングはまだ鳴っていないのだ。
今はただ、破綻する監査法人がでてこないことを祈るだけである。
読者の皆様におかれては、「1年分」以上の繰延税金資産の計上を
認めた監査法人がどこかを厳しくモニタリングしていただきたいと思う。
なぜなら、その監査法人は、とてつもないリスクを背負っているからだ。
たかだか年間数千万円の監査料には見合わないリスクだと思うのは、私だけだろうか。

                                   以 上