昔、蒋親子マンセーで今、台湾独立支持の人物たち

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570美麗島の名無桑
日本の保守派の蒋介石観の変遷

戦後、日本の歴代政権は台湾を反共陣営の一員として、
また国連常任理事国として修好につとめていたが、
日中国交回復の機運が高まると中国国民党の宣伝機関は危機感を強め、
日本の保守メディアに急接近し様々な宣伝活動を行うようになった。

代表例としてサンケイ新聞による蒋介石秘録の連載、
國民新聞 (1972年-)による反中国共産党パンフレットの発行、
マスコミ総合研究所の雑誌アジア・レポートの発行。
そのような中で「以徳報怨」は多くの自民党政治家、
保守言論人や右翼団体がこの言葉を引用し蒋介石礼賛を行った。


しかし90年代半ば、台湾の民主化が進み、
日本国内において活動する台湾独立運動家たちが、敵の敵は味方、
反中国の観点から日本の保守派に接近、
とくに金美齢がコーディネートした小林よしのりの「台湾論」が成功を収め、
蒋介石=悪玉論はまたたくまに日本の若手保守派を席巻し、
それに引き摺られる形でかつて蒋介石を礼賛していた産経新聞や保守言論人も
蒋介石に否定的な意見を述べるようになっている。

このような現況に対し、平沼赳夫は2008年1月28日にマスコミ総合研究所の会合で、
蒋介石が日本の天皇制を守ってくれたと擁護し、
日本の保守系政治家が台湾を訪れた時は
蒋介石の墓に参るのが礼儀であったが近年は行われなくなったとの批判を行った。