■クロノトリガーのFLASH 強くてニュースレッド3週目■
526 :
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緑の夢
王国暦950年。
パレポリ町の北に広がる森のはずれの、小高い丘で、二人のきこりが、不思議
な物体を見つけた。
大木の根元に寄り掛かるように朽ち果てた、金属のかたまりである。
若いきこりが、金属を覆うツタを払うと、ガラスの二つの目が現れた。
老いたきこりが、つぶやいた。
「これは、森の番人をしておった、機械人形じゃよ。
わしも子どもの頃、遊んでもらったものじゃ。
長いこと見かけなかったが、とうとう壊れてしまったのかの」
* * * *
王国暦601年。
パレポリ村の北に広がる砂漠地帯のはずれに、年若い夫婦が住む一軒の小屋が
あった。
夫の名はマルコ、妻の名はフィオナ。
夫婦の小屋に、ロボと呼ばれる機械人形が同居するようになって、間もなく1
年がたとうとしている。
527 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 21:44:32 ID:r8isL8nI
「ロボ、精が出るな。そろそろ一休みしたらどうだ」
「マルコ、お帰りなサイ。私ハ疲れませんカラ、ドウゾ心配しないでクダサイ」
ロボは、荒れた地を耕す手を止めずに答えた。
マルコは、サンドリノの村に苗木を買い付けに行って、たった今帰って来たと
ころである。
まだ春浅い日のことだった。
「ロボ、知ってるか? 昨日、ようやく王様にお世継ぎが生まれたんだ。村は、
祭りのような賑わいだったぜ。このあたりにはまだ伝わってないだろう」
マルコの言葉に、ロボの手がぴたりと止まった。
「ソウデスカ…。王子ガ生まれたのデスネ…」ロボは、誰に言うでもなくつぶや
いた。
ガルディア21世の長男が生まれた3日後、生母であるリーネ王妃は、その短
い生涯を終えた。彼女の心臓は、出産に耐えることができなかったのである。
ロボは、日課の農作業の最中に、パレポリ村へ向かう旅人からその話を聞いた。
−−ヤッパリ歴史ハ変ワラナカッタ−−
ロボは、つらい気持ちでカエルのことを考えた。
その夜、フィオナは、編み物をしながらしんみりと夫に話しかけた。
「王妃さまは、どんなにか赤ん坊のことが心残りだったでしょうね。」
「お前は、体に気をつけて、よい子を産んでおくれよ」
愛しげに妻を見つめて、マルコが言った。
「私は野育ちで、丈夫だもの。心配することはないわ」
フィオナの胎内には、秋に生まれるはずの命が芽生えている。
528 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 21:44:51 ID:r8isL8nI
フィオナの女児は、生を受けた7日後に、この世を去った。
産み月に満たない出産であり、まだ暑いさかりのことだった。
ジュリエッタと名付けられた、小さな亡骸を抱いて、フィオナはまる一日泣き
続けた。マルコも、フィオナの肩を抱いてともに泣いた。
小屋にほど近い丘の上に、小さな墓を作ったのはロボだった。
墓の前に膝をついて、真っ赤な目でフィオナは言った。
「あの子は、何のためにこの世に生まれてきたのかしら。
苦しむためだけに生まれてきたのかしら。」
ロボも、マルコも、答える言葉を持たなかった。
ロボは、小さなジュリエッタのために、一本の苗木を墓のそばに植えた。
−−コノ木ガ育って、ジュリエッタを夏の日差しから守ってくれますヨウニ。
小鳥が枝ニとまって、美しい声デ、小さな魂をなぐさめますヨウニ。
どんなにつらい苦しみも、時の手が少しずつ癒してくれる。
フィオナに笑顔が戻るには、長い時が必要だったが、それでもやはり例外では
なかった。
2年の月日が流れ、夫婦は新たな命を授かった。今度は男の子であった。
ピエトロと名付けられた赤ん坊が、二人の家庭に明るい笑いをもたらした。
翌年には、女の子が生まれ、コンチェッタと名付けられた。
ロボはその間も、黙々と大地を耕し、種を蒔き、苗木を育て続ける。
529 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 22:01:13 ID:r8isL8nI
「久しぶりだな、ロボ。元気にやってるか」
懐かしい顔が、フィオナの小屋に訪れた。カエルである。
カエルは、5歳になったアルフ王子に、剣の手ほどきを始めたばかりだと語っ
た。筋がよく、驚くほど上達が早いこと、目元は国王に、柔らかな金髪は亡き王
妃にそっくりだということを、明るく語るカエルを見て、ロボは心から嬉しく
思った。
ロボとカエルは、ともに時代を越えて冒険をしてきたが、同じ時間を共有して
いるわけではない。カエルの時間軸と、ロボの時間軸は交差している。ロボと今
語り合うカエルは、はるか未来にラヴォスと戦い、またこの時代に戻って来たカ
エルである。ロボにとって、ラヴォスとの戦いは、これから400年の時を経て
クロノ達と合流したのちに、出会う出来事のはずだ。
その戦いが終わった時に、クロノ、マール、ルッカ、エイラ、そしてロボ自身
がどうなっているのか、カエルはすでに知っている。だが、彼はその話には触れ
なかったし、ロボもまた、尋ねようとはしなかった。
そしてロボは、これからカエルがどんな人生を送るのかを見届けることになる
だろう。しかし、400年後にカエルと再会した時に、それについて語ることは
決してない。それは、仲間としての礼儀だろう、とロボは思った。
カエルの人生は、カエル自身が経験して知るべきものであり、ロボのそれも同
様なのだ。
城へと戻るカエルを見送りながら、ロボは、数カ月前にトルースの裏山に足を
伸ばした時のことを思い出していた。タイムゲートは跡形も無くなっていた。
ロボは、もう他の時代へは行けない。400年後のクロノ達との合流を待つし
かない。
530 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 22:01:39 ID:r8isL8nI
ピエトロとコンチェッタは、フィオナ夫婦の愛情を受けて、すくすくと育った。
年の離れた小さな弟のパブロが、農作業の手伝いが出来るようになる頃、小屋の
住人が、また増えた。ピエトロが、パレポリの村の娘を娶(めと)ったのである。
小屋の周辺では、ようやくわずかな木々が根づき、木陰を作るようになった。
だがロボの前には、まだまだ広大な荒れ地が広がっている。
同じ頃、老いた国王・ガルディア21世が、その長い生涯を終えた。魔王戦争
の一時期を除き、平和で穏やかな治世であり、歴史に残る名君と讃えられた国王
であった。
二十歳をわずかに越えたアルフ王子がガルディア22世として即位した数カ月
後、ロボはカエルと会った。カエルは、王子も独り立ちしたことだし、森の中の、
かつて暮らした家に戻るつもりだと語った。
「俺もそろそろ隠居の身分さ。これからは、のんびりと一人暮らしだ」
笑うカエルの顔には、確かな老いの影が見えた。
それが、カエルがロボと会った最後だった。
数年がたち、ある年の春、パレポリ近くの森に住む異形の剣士が亡くなった。
近辺の人々は、その剣士が何者なのかはよく知らなかったが、城から来た使いが、
手篤い葬儀を行ったことに驚いた。その一行の中の、品のよい青年が、遺体にす
がって号泣したということ、その青年が若き国王によく似ていたといった噂は、
ロボの耳にも届いた。
−−カエルハ結局あの姿デ生涯ヲ終えたワケデスネ−−
それが、良いことなのかそうでないことなのか、ロボには分からない。
分かっているのは、最後に会った時も、カエルが明るく笑っていたことだけだ。
531 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 22:02:16 ID:r8isL8nI
ピエトロの息子が片言を話しだして間もなく、マルコが流行り病いで倒れた。
「ロボ、フィオナと子供たちを頼む」マルコは、ロボにその言葉を残して、この
世を去った。
ロボは、フィオナの気落ちを心配したが、思いのほかフィオナは落ちついていた。
「だって、いずれまた会う時がくるのだもの」静かに笑ってロボに答えた彼女は、
一年を待たずに、病床に伏した。
懸命に看病するロボに向かって、フィオナは弱々しい声で、それでも冗談めか
して言った。
「マルコが待っているから怖くないわ。小さなジュリエッタにも、会えるし。
こんなおばあちゃんに『お母さんよ』って言われて、びっくりするかしらね」
子供たちと、孫に囲まれ、静かにフィオナは逝った。
木もれ日が、窓を通して、床に緑の影を落とす午後のことだった。
「今までありがとう。これからも森を守ってね」
それが、ロボへの最期の言葉だった。
フィオナの愛した森は、やっと小屋のまわりを囲む程度である。
ロボは、まだまだ、森を広げなければならない。
荒れ地を耕し、水をまき、腐葉土をならし、土を肥やしてゆく。
種を蒔き、苗木を育て、若木の下枝を払う。
フィオナの子供たちも、ロボとともに働いた。
幼子は育ち、やがて巣立って行く。
その親達は、老いて、土へと還ってゆく。
結婚が、出産が、死が、フィオナの小屋を訪れては去っていった。
森は少しずつ、荒れ地へとその勢力を伸ばしていった。
532 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 22:03:23 ID:r8isL8nI
「ねえ、ロボは死ぬのは怖くないの?」
火掻き棒で、燃えさかる暖炉の火をつつきながら、トニオがロボに尋ねた。
窓の外に、その年初めての雪が降り積もる晩のことである。
トニオは10歳、フィオナから数えて8代目の子孫にあたる。
ロボが大地を耕し始めて、すでに250年の月日がたっていた。
「ナゼ、そんなことヲ尋ねるノデスカ、トニオ?」
「おじいちゃんが、死んだ時のことを思い出していたの。
ほら、今夜みたいな雪の夜だったでしょ」
トニオの祖父は、一年前に亡くなっていた。
「トニオは、死ぬことガ怖イのデスカ?」ロボは、優しく尋ねた。トニオはどこ
となく目鼻立ちがフィオナに似ている。
「死ぬことは怖くないよ。天国へ行くだけだもん。
だけど、死ぬとき一人ぼっちだったら怖いな。
もしも、僕の家族がその時みんな死んでいたら、僕は一人ぼっちだろ」
「それナラバ、大丈夫デスヨ。
私がいますカラ、アナタは一人ぼっちにはナリマセンヨ。」
「そうなの、ロボ? 僕より先に死んだりしない?」
「私ハ、機械デスカラ、アナタがた人間ヨリ、ずうっと長く生きマス。
アナタがおじいさんになっても、私ハ今と変ワリマセンヨ」
「そうか、なら、安心だ。よかった」
トニオは晴れやかに笑った。それから、ふと、真顔になって尋ねた。
「ロボは? ロボが死ぬ時は、誰が側にいてくれるの?」
ロボは、答えなかった。
トニオはなんだか、ロボが困ったように笑っている気がした。
533 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 22:03:54 ID:r8isL8nI
トニオは、孤独な死を迎えずにすんだ。
約束どおり、ロボが看取ったのである。
妻はすでに亡く、一人娘のアンナは、トルースの町へと嫁いでいて、トニオの
最期には間に合わなかった。
雪の夜から50年の歳月が流れた、秋の日のことだった。
アンナは、涙をふきながら、ロボに言った。
「父さんがいなくなったら、この小屋にあなたは一人ぼっちでしょう。
町に来て、私たちと一緒に暮らしましょう」
「アリガトウ、アンナ。デモ、私ハ、町へハ行けまセン。
私ハ、コノ森ヲ守らなくてはなりませんカラ」
フィオナとの約束がある。なによりも、ここを動いては、クロノ達と会えなく
なるかもしれない。
森は、かつての荒れ地の大半を覆うばかりとなっていた。
ここが砂漠であった時代があることを知る者は、ほとんどいない。
十数年の間、ロボは一人で森を見回り、手入れを続けた。
ときおり村の子どもが迷いこむことがあったが、その他は訪れる者もほとんど
ない静かな日々だった。
森は、広大なものとなっていた。
柔らかな下草が生え、鳥の鳴き声が聞こえ、小動物の群れがそこかしこに見ら
れた。
ロボは、近頃、体の不調を感じる。無理もない。300年以上、働き続けたの
だ。自己修復機能も、そろそろ限界だ。
クロノ達との約束にはまだ80年近くあるが、ロボは、眠りについて、その時
を待つことに決めた。
534 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 22:04:53 ID:r8isL8nI
星が美しい晩に、ロボはフィオナの小屋を出て、小高い丘に登った。
小さなジュリエッタが眠る場所である。
今では、フィオナをはじめ、ロボが共に暮らした一族の墓標が、立ち並ぶ場所
でもあった。
ジュリエッタの墓のそばに植えた苗木は、堂々たる大木となっていた。
ロボは、その木の洞に、手を差し入れた。みどり色に透き通った、石のような
ものがその中にあった。
この大木のまわりは、いつの時代も子どもたちの恰好の遊び場であった。
子どもたちは、木の幹に傷をつけて、背比べをした。
フィオナの曾孫の時代であったか、子どもの一人が、木の洞に樹脂のかたまり
を見つけた。他の樹脂が琥珀色なのに、それは、みどり色をしていた。子どもた
ちは、それを日に透かして、宝石のようだと喜んだ。遊び終わると、洞に戻すの
が通例となり、それは代々の子どもたちに受け継がれた。歳月につれて、そのか
たまりは少しずつ大きくなって行った。
ロボは、自分の胸を覆う金属片の一部をはずし、そっとそのかたまりをしまっ
た。そして、ジュリエッタの木の根元に、腰を降ろした。
535 :
Now_loading...774KB:2005/04/17(日) 22:05:37 ID:r8isL8nI
−−ロボは、死ぬのは怖くないの?−−
ロボは幼いトニオの言葉を思い返した。死ぬのではない。電圧を切って、眠り
につくだけだ。
だが、眠りからさめた時、そこが、A.D.2300年の廃墟であったとしたら?
ロボがクロノ達と別れて、300年を越える時が過ぎている。時折、クロノ達
が本当に存在したのか、ふっと分からなくなることがある。
自分は、あの荒廃した未来で、一人ぼっちで長い長い夢を見ているだけなのか
もしれない。ロボの怜悧な頭脳に、そんな疑いが起こるときがあった。それは、
ロボにとって、死よりもさらに恐ろしいことであった。
ガリッ−−
木に寄り掛かった時、ロボの体のどこかが、木を傷つけた。そっと腕を頭の後
ろに回して触ってみる。滑らかな金属に一か所、無骨な溶接箇所があった。
−−ロボは、直ったら何をしたい?−−
ふいに、ルッカの声が蘇った。そうだ、この傷は、はじめて会った時にプロメテ
ドームでルッカが修理してくれたものだ。
クロノも、ルッカも、他の仲間たちも、みな、確かに存在した。夢ではないの
だ。一人ぼっちではない。
ロボは、自分の電圧を切った。意識が少しずつ低下する。
−−クロノ、ルッカ、マール、エイラ、カエル。
目が覚めたら、お会い出来るのデスネ。
その時は、一晩中お話シマショウ。
フィオナと、その子どもたちの物語ヲ……
満天の星が、ロボのセンサーに映っている。
その光が、やがて薄れはじめた。
END