家政婦の暴露本 9
魔家族花田家の不思議な人々 森下よしこ
ある時、憲子さんはこう言っていたものです。
「あのね、勝と光司の仲がおかしくなってきたのは、光司が景子さんと結婚してからなのよ。
どうしてか分からないんだけど、勝は景子さんが大嫌いなのよ」
貴乃花関と景子さんが結婚する前は、花田家に嫁は一人でした。そう、若乃花の嫁である美恵子さん
だけです。貴乃花関は、この美恵子さんを「お姉さん」と呼んで慕っていたそうです。もともと、
若・貴兄弟は相撲界の頂点を極めようと頑張ってきた兄弟です。大好きなお兄ちゃんのお嫁さんですから、
弟の貴乃花関だって美恵子さんが大好きで、この三人の仲はとても良かったそうなのです。ところが_
憲子さんは続けます。
「勝がどこで聞いてきているのか知らないけど、勝は景子さんのことが嫌いなのよ。景子さんのこと
゛あの売女゛って言うのよ。そりゃぁ、勝の口の利き方は時々スゴイけど、森下さん、゛売女゛って
言うのはないでしょォ」
自分の口汚さは棚に上げて、憲子さんは呆れたように、こう言ったものです。
そんな若乃花の景子さんに対する悪口雑言を、私も何度か耳にしたことがあります。
二子山部屋の打ち上げが都内のホテルであった時のことです。ロビーで若乃花と景子さんがすれ違った時、
周囲に挨拶しながら通りすぎようとしていたのか、若乃花の歩く先を景子さんがふさぐ形になってしまいました。
その瞬間、若乃花はキッと険しい顔したかと思うと、景子さんを避けて通りすぎた後、ハッキリこう言うのを、
私は耳にしました。「あの売女、ぶっ飛ばしてやる!」
日頃からそうなのですから、それが貴乃花関の耳に入らないわけがありません。次第に若・貴兄弟の仲が険悪に
なっていったのは無理もないことなのです。
でも、このような若乃花の性格は、やはり二子山親方と憲子さん夫婦が作り上げたと言っていいでしょう。
なにしろ、若乃花は、自分の両親を尊敬するどころか軽蔑しているのではないかと思えてならなかったからです。
家政婦の暴露本 10
ある時、憲子さんと若乃花との会話を聞くともなく聞いていて驚いたことがあります。
それは、とても母と子の会話とは思えないものだったからです。
憲子さんとM医師がお熱い時のことでした。憲子さんが甘えた声でM医師に電話をしていました。
「先生、勝が風邪をひいたみたいなの。何かお薬調合して持ってきてくださらない?」
それを側で聞いていた若乃花が、こう言いました。
「オイ、もうオレをそんなことで使うなよ。オレをよぉ」
若乃花の口ぶりはいつもこんな調子なのです。憲子さんは、M医師と会いたい時は、なにかと
口実を作らなければなりませんから、時には若乃花をダシに使ってM医師を呼び出していたのです。
若乃花も最初の頃はM医師に興味を持っていましたし遊び仲間でしたから、適当に母親の不倫を見て見ぬ
ふりをしていたのでしょう。でも、不倫が世間に発覚する前あたりからは、若乃花もそうそう憲子さんの
言いなりになっていなかったのです。
「何よ、あなた、風邪ひいたって言ってたじゃない!」
バツが悪そうにこう言う憲子さんに、若乃花は、こう言い放ちました。
「男は寝るまで、女は寝てからって言うからなぁ」
「あら、何てこと言うの?それどういう意味?」
憲子さんは耳まで真っ赤にしながら若乃花をにらみつけていました。
「その言葉の通りだよ。男は女とヤルまでが勝負、女はヤラれてからが勝負ってこと。
アンタだってそんなこと分かってんじゃないの。M先生だって寝るまでが勝負だったってこと。
あまりしつこくすると嫌われるぞ」
そう言われて怒るどころか、憲子さんは納得してしまうのです。これが母と子の会話でしょうか。
家政婦の暴露本11
憲子さんと親方の離婚の原因のひとつは、結婚以来、日夜を問わず親方から
激しく求められるために、憲子さんがほとほと疲れ果てたというものでした。
そこに現れたのがM医師で、憲子さんは、それまで味わったこともない年下男との
官能の世界にすっかりまいってしまったのでした。
ところが、若乃花はM医師と母親の不倫はもちろん、父親と母親の゛性愛地獄゛さえ
知っていたようなのでした。ある日、ちょっとした口論になった時、若乃花が憲子さん
に毒づいてきました。
「オレが何も知らねえとでも思ってんだろ。オレは子どもの頃、よく光司を連れて近所の
公園に遊びに行ってたんだよ。あんたらがヤッてた時によぉ」
父親と母親がセックスしている時、見るに見かねた幼い若乃花は、弟を連れて近所の公園
で時間を潰していたというのです。多感な子どもが家の中にいる時もセックスをしていた両親。
他人の私の前でさえ、このような話をする母子です。ところが、その時の憲子さんの反応は、
じつにアッケラカンとしたものでした。
「嫌ねぇ、そんなことないわよ!」
とそれだけです。憲子さんと貴乃花関との母子関係は、憲子さんが貴乃花関を溺愛し、貴乃花関は、
大関あたりになるまではその愛情に見事に応える生き方をしてきたように思います。
ところが、憲子さんと若乃花との関係は、このような会話からも分かるようにじつに
奇妙な母子関係でした。
若乃花の女癖の悪さは、゛懲りない下半身゛と言われるほどですが、そのような性癖は憲子さんが
原因のトラウマなのかもしれません。
家政婦の暴露本12
若乃花の女狂いはあまりにも有名でしたが、さすがにタレントになってからは自重している
のでしょうか。最近は女性関係の噂もとんと聞かれなくなってしまいました。
それにしても、私が花田家に上がっていた頃の若乃花は、本当に゛懲りない下半身゛の持ち主
でした。そのことが原因で、妻の美恵子さんとの夫婦仲は、けっして世間が見ていたほど円満
ではありませんでした。
若乃花が本気になっていた女性は九州にいた短大生でした。彼女にはブランドもののバッグを
買ってあげて、その時の領収書が美恵子さんに見つかり大騒ぎになったことがありました。
それは九州場所があった時で、若乃花は博多で逢瀬を楽しんできたのでしょう。しかし、
東京に帰ってきてそのことが発覚した若乃花は、美恵子さんと大喧嘩の挙げ句、十二月の年も
押し詰まった頃だと言うのに、自分の家を飛び出し二子山部屋に帰ってきてしまったのでした。
そのことは、当時、週刊誌にもさんざん出ていましたから覚えている人も多いでしょう。
あの日は、私が花田家に出掛けて行くと、周囲に報道陣が詰め掛けていて、憲子さんはそれが
嬉しくてうきうきした様子でいたものでした。
「勝が昨日の夜の二時頃に二階に来てたのよ。美恵子ちゃんと大ゲンカしたんだって」
憲子さんは私の顔を見るなりこう言うのです。
「大ゲンカって・・・・・、おかみさん、それどういうことですか?」
私が驚いて聞き返すと、
「美恵子ちゃんはいつもそうなのよ。勝と喧嘩すると荷物を二階から放り投げたり、
ひどい時は物を振り回したり大変なのよ。もっとひどくなるとパジャマで外に飛び出し
ちゃうんだって。そんな美恵子ちゃんといる勝は可哀相よね」
家政婦の暴露本13
当時、美恵子さんは三人の幼い子どもを抱え大変な時期でした。お手伝いさんばかりか、
実家のお母さんがお手伝いにきていた時期もありましたが、若乃花には自分の家に他人が
いることが気に入らないらしく、何かと喧嘩が絶えなかったようです。
幼い子どもを抱え、夫の浮気に悩まされつづけていた美恵子さんが、一時期ノイローゼに
なっていたことは無理もないことでした。たしかに、美恵子さんは喧嘩のたびに半狂乱に
なって家を飛び出し、所轄の警察に何度かお世話になっていたそうです。
でも、その原因を作ったのは夫の若乃花でした。それでも、花田家の家長である二子山親方も、
姑の憲子さんも、嫁の美恵子さんをかばうどころか、若乃花の肩を持つばかりでした。
(中略)
そして、普通ならわが子の女遊びや、妻との離婚話が出れば、母親としては心穏やかではないはずなのに、
その時の憲子さんの態度はとても母親とは思えないものでした。
「勝が美恵子と別れたいって言うのよ。でもね、子どもが三人もいるんでしょ。だから、私、言ってあげたの。
三人も産んじゃったら男の負けよって。子どもは一人にしとかなきゃ」
この母親は、わが子が離婚しようという時にも損得のことしか考えないのです。そればかりか、若乃花が女遊びを
している時に、その女性のことを知りながら、こう言うのです。
「勝も仕方ないわね。でも、見つからないようにしなさいね。マスコミに見つかるとうるさいから」