ロリショタバトルロワイアル17

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116伸ばしたその手は拒まれて ◆o.lVkW7N.A
電話口でこそああ言ってしまったものの、“青”の友人は、放送前の時点で亡くなっているはずだ。
トマのその推測が覆ることはない。
だが、だとしたら“青”が今語っている出来事は何だというのだろう? 自分が殺したというこの懺悔は、一体何なのだ?
混乱するトマの内面など構わず彼の胸元を掴み上げると、葵は自分自身をなじるような口ぶりで尋ねた。

「……何で、なぁ、何でなん? あの子、サイコキノやから、浮かぶのも飛ぶのも出来るはずなんに。
それにウチかて、薫一人くらい何も問題なく転移させてるんや。いつも、三人一緒にテレポートしてるんや……。
そやのに、何でっ、……何であの子が死ぬん? あ、ありえないやろ、そんなんっ!!」

悲痛な叫びに、トマは理解する。
恐らく“青”も、心の奥底では気付いていたのだろう。
放送で名前を呼ばれた以上、無二の親友は既にこの世にいないのだという現実を。
それを認めたくない想いと、「本当は死んでいるのだろう」という深層心理での諦め。
その二つが脳内でぐちゃぐちゃに混ざり合った結果として、皮肉にも“青”は自身で作り出してしまったのではないだろうか。


親友が命を落とす、その瞬間の幻影を――――――。


トマは彼女の肩を抱き、噛んで含めるようにゆっくりとした優しい口調で告げた。
親友を己の手で突き落としてしまったのだという思い込みと、その相手がとっくに殺されていたという真実。
たとえ後者を話したとしても、それが彼女の心にとっての慰めになるわけではない。
だが少なくとも、自分が友人を殺めてしまったのだと狂信し思い詰めてしまうよりは、よほどマシな筈だ。
「違うんです、“青”さん。“青”さんが見たのは現実じゃありません」
「現実や、ない……?」
幼な子のように小首を傾いで、眼前の“青”がトマの言葉を反復する。
トマは精一杯の笑顔をつくり、彼女へと話を続けた。
「そうですよ。そんなの本当のわけがないじゃないですか。青さんが見たのは夢みたいなもので」
そこまで言ったところで、唐突に口を開いた相手の声音に言葉を遮られた。
はっとして何かに気付いたような驚き顔で天を仰ぐと、“青”は確信的な口ぶりで言う。

「そうか……、そうやな。考えてみたら、当たり前やわ。
 薫がこんなに簡単に死ぬわけないんやから、……ウチが薫のこと死なすわけないんやから」

そう口にした刹那だけ、魂が抜けたかのように虚ろな色をしていた葵の双眸へと確かな光が戻る。
唇の端を上げ小さく微笑む彼女の表情はとても穏やかで、まるで憑物がとれたかのようだった。
その姿に胸を撫で下ろそうとしたトマは、けれど何処となしに感じる違和感に気付いて首を捻る。

……何だろう。この“青”さんの落ち着き方は、何かがおかしい気がする。
でも、何がおかしいのか、と尋ねられれば、明確に答えることができない。変だな、一体、何処が……。

そこまで考えて漸く、いつの間にか彼女の手の中に握られていたものの存在に気付く。
ほんの一瞬前までは無かった筈の『それ』。
恐らくは、護身用に服の下にでも隠しておいたのだろうそれは、鈍い光沢を放つ手術用のメスだった。
病院内のどこか、手術室ででも見つけたのだろうか? いや、そんなどうでもいいことを考えている場合じゃない。
青白い頚動脈が浮き上がった首筋に鋭利なそれを押し当てると、“青”は柔らかな笑みを浮かべたまま告げた。
その笑顔は、見ているこちらが焦っているのがおかしくなるくらいに、晴れやかで綺麗な色をしていて。


「……せやからこれは、ただの夢や」


少女の細い首筋にメスの刃が押し当てられていく光景が、眼前で展開される。
まるでコマ送りで映像を見せられているかのように、その景色はゆっくりとトマの前を流れていった。
トマは顔を青ざめさせながらも必死に腕を伸ばし、彼女の手からメスを奪い取ろうとする。
けれど一歩遅い。――――ほんの僅かに、遠い。
伸ばした指先は無為に虚空を掻き、彼女のもとへは届かない。
――――いや、違う。
葵はトマの助けを拒絶したのだ。
一歩だけ後ろに、トマの手の届かぬ場所へと、彼女はその瞬間転移したのだ。