「ほに〜……さーて、どないしたもんでっしゃろ」
森の中を歩く、ほっかむりに青装束の胡散臭い姿の男。
彼の名は、エビス丸。天下の大義賊・ゴエモンの相棒にして、自称正義の忍者である。
彼がこの殺し合いの世界に放り込まれて、既に四日が経過した。
「いつまでもほっつき歩くわけにもいきまへんなぁ。
早いとこ元の大江戸の時代に戻りたいとこでっけど……
正義の忍者のわてとしては、こないな殺し合いを見過ごすわけにはいきまへんな!」
この四日間、エビス丸は数々の死体や殺戮を否応なしに目の当たりにしてきた。
こんなものを見せられて黙っていられるほど、彼は人でなしではない。
いつも通りの脳天気に見えるが、今回のエビス丸……かなりマジで怒っている。
だが、今のままでは彼らに刃向かうことはできないことも理解していた。
自分の首に付けられた、爆弾付きの首輪がある限り。
ちびエビスンの術で自分の身体を小さくしたら、あっさり外れるのではないか……と思って試してはみたが、
首輪も一緒に小さくなってしまった。どうやら、この手で外すことは不可能なようだ。
(これが爆発したら、一巻の終わりでんなぁ。
これさえなかったら、あとはどうにでもなるんでっけど……
首輪を外せるような技術を持った人を探さなあきまへんな……しかし、どこをどう探せばええのやら)
その時、すぐ近くの茂みに気配が現れる。
「!!誰でっか?」
「ひっ……!」
怯えたような声が聞こえ、影は物陰へと隠れた。声からして、どうやら女の子のようだ。
相手の警戒を解くべく、エビス丸はいつものおちゃらけた口調で話しかける。
「ほにっ、心配いりまへん!わては殺し合いなんかに乗ったりしてまへんで。
わての武器なんて、ホレ。これでっせ」
エビス丸は自分の支給品を取り出し、見せる。
それは、便所スリッパ……
とんだハズレアイテムである。確かに、普通はこんなものでは絶対に人は殺せないだろう。
「あ……ええ、と……」
それでも女の子は、まだエビス丸の前に出て行くことを躊躇っているようだ。
「この殺し合いの中やったら、疑うのも無理は無いでんなぁ。
仕方おまへん!ほな、一発バーンと笑わせてやりまひょ!」
そう言うや否や、エビス丸はいきなり服を脱ぎだし、便所スリッパをお盆代わりに使用する。
「ほーれ、いきまっせぇ♪」
かつて怒りと暴力に支配された村に、一瞬にして笑顔を取り戻し。
氷のように冷たく閉ざされた王子の心を溶かした、伝説の舞。
その名も――
のうてん音頭!!!
……ただの裸踊りとも言う。
「きゃぁぁぁっ!何やってるんですか!?」
驚き、呆れ、赤面、脱力、そして笑いをこらえたような微妙な表情のまま、その女の子は出てきた。
「わははは、女の子には刺激強すぎたでっか?」
ボケながらも、エビス丸は相手の緊張を上手く解した手応えを感じていた。
――このエビス丸という自称正義の忍者、ただの大ボケ大食らい野郎というわけではない。
動作が鈍いようで、実際ゴエモンの旅にしっかりついてきているし、
シリアスなシーンでもマイペースにボケるものの、最低限の空気は読む。
熱くなりがちなゴエモンの横で冷静に戦況を把握し、確実にサポートする。それがエビス丸という男。
今回はマジなため、その行動は何気にかなり冴えている。
……全くそう見えないのが問題ではあるが。
「はぁ……でもよかった、悪い人じゃなさそうで」
その小柄な少女は、ほっと胸を撫で下ろした。
見た感じ、結構可愛い感じの女の子ではある。
(別になんてことない女の子、でんなぁ……
あれ?せやけど……)
普段のエビス丸なら、そのプレイボーイぶり(自称)を発揮して軽くアプローチをかけたりしてみたかもしれない。
しかし。
(何でっしゃろ……この娘、嫌な感じでんな……)
特に彼女に危険を感じた、というわけではなかった。
少女からは殺意や狂気といったものは感じられない。
しかし、エビス丸は少女に対し言いようのない嫌悪感を抱いていた。
「ずっと不安だったんです。一緒に行動してた人と、はぐれてしまって……」
少女が話し始めた。とりあえず、それを聞いてみることにする。
「ほに?連れの人がおったんでっか?」
「はい。私と同じ世界の人で……とても頼りになる人です。
私も、ずっとあの人に憧れていました……」
連れの者の話をする少女の目。いわゆる、恋する乙女のそれだろうか。
その仕草が、エビス丸は不愉快で仕方がなかった。それは、彼女の憧れの人とやらに対してもだ。
「そうでっか。どんな人やったのか、教えてもらえまっか?」
「え?はい、あの……私達の世界の、OEDO警備隊・ご組の若頭なんです」
「大江戸……?」
「私もそのご組の一員なんですが……彼は私なんかよりもずっと強くて、勇気があって……
私も、あの人のおかげで何度も勇気付けられ、敵に立ち向かうことができたんです。
あの人と一緒なら、どんな危機にも立ち向かえるような気がして……」
話を聞くに連れて、エビス丸の不快感はどんどん増大していく。
(まさか、この娘の言うてるのは……)
エビス丸は尋ねてみる。自分の嫌悪感の正体を知るために。
「その人の名前、なんていうんでっか?」
少女は言った。それは、エビス丸の予想通りのものだった。
「ゴエモン、という人です」
エビス丸は全てを理解した。自分の中に沸きあがってくる、彼女に対する憎悪の意味を。
「あ、自己紹介が遅れました。私はエビス。
僭越ながら、ゴエモンさんの相棒を勤めさせてもらってます」
そうか。そういうことか。
「そうでっか。だいたい話はわかりましたわ。けど……」
「はい?」
「少々、迂闊でしたなぁ……」
「え?あの……?」
「わては……本物、でっせ?」
そう一言呟いて。
エビス丸は、その手に持っていた便所スリッパを振りかざした。
一閃。スリッパは、エビスの右頬を削ぎ落とした。
二閃。今度は右耳が飛ばされ、その勢いで右肩も抉られた。
三閃。左目を潰し、そのまま左頬を削ぎ落とす。
さらに四閃。エビスの左頬が削ぎ落とされ、骨が露出する。
五閃。右目が潰れ、髪が大量に宙に舞った。
そして、最後のとどめ。顔面に叩きつける。鼻は潰れ、歯が残らず叩き折られた。
「あ……が……」
エビスは、その場に倒れ伏した。
受けた傷は、元の彼女の原形すら留めていない。
「まだ生きとるんでっか。意外としぶといでんなぁ……その面の皮の厚さの賜物でっか」
憎悪に歪んだ表情で、エビス丸は吐き捨てた。
便所スリッパで人を殴り殺す。確かに、普通では考えられない話だ。
しかし、このエビス丸という男……
過去に、ただの笛やハリセン、フラフープやリボン、果てはしゃもじやおでんなどを武器にして、
ゴエモン達と同等の戦力を発揮し、数々の敵と幾度も戦い抜いてきているのだ。
彼にかかれば、便所スリッパすらも立派な武器だ。むしろ今まで武器にしなかったほうが不思議である。
「苦しいでっか?でもわてらが受けた屈辱は、この程度やおまへんで?」
地面で惨たらしく悶えるエビスを覗き込み、エビス丸はあざ笑った。
「な……あ……」
「なんで、と言いたそうでんな?
けど、あんたらの罪の深さから考えれば、これでも軽いくらいや」
思い起こすだけでも腸が煮えくり返る――
ゴエモン、新世代襲名――新世代のゴエモンと嘯く連中の情報が世に出た時の、計り知れない屈辱。
晩年の手抜きゲームの連発を棚に上げ、ゴエモンブランド衰退の原因を全て自分達キャラクターのせいだとほざいたプロデューサー。
こんなモノに、自分達が取って代わられる……それを知った時の、絶望。
新世代ゴエは、結局一発限りの不発花火であっさり幕を閉じた。
だが自分達の未来を潰された屈辱、そんな失敗ごときで収まりはしない。
その後自分達はDSで東海道を舞台に旅したが……ゴエモンの名が地に落ちた今、かつての勢いは見る影もなかった。
そういえば……東海道を旅した時どっかの牢屋にゴエモンを騙った馬鹿が捕まってた気がする。
あれはその偽者本人だったのか。いや、どちらにしても投獄程度では気がすまない。
何もかも、こいつらが全てをどん底に叩き落したせいだ。
許してはおけない。断じて。自分のプライドのためにも、彼らの存在そのものが絶対に許せない。
「聞いてまっか?なあ、劣悪な偽者はん?」
スパン、とエビスの頭をスリッパで叩く。同時に、脳髄が飛び散った。
エビスの返事はない。できるはずがなかった。
もはや、二度と動くこともない。
「ああ、死んだんでっか。惨めでんなぁ。
便所スリッパで殴り殺された、なんて情けない殺され方の参加者……
ひょっとして、初めてとちゃいまっか?」
そう。
これで彼女は死因欄に「便所スリッパで殴り殺される」と表記されることになる。
それは、おそらくどこのパロロワを探しても他にない、情けない殺され方であろう。
「心配いりまへんで。おまはん憧れの偽ゴエモンも、すぐに送ってやりますわ。
もっとも……同じようにグチャグチャにして殺すつもりやから、あの世に行ってもお互いわからんかもしれまへんな?」
嘲笑う。
ネタに見せかけた叩きカッコワルイ……そんな声が聞こえたような気がした。
それがどうした?
こんな連中ごときに、自分達の存在を、存在意義そのものを取って代わられる気持ち……
わかるのか。お前達にそれがわかるというのか――!!
「まったく……こんな連中まで呼び出されとるやなんて……
ほに?いや、よう考えたら……
新世代の世界の連中を呼び出せるなら……その逆も可能かもしれまへんな」
エビス丸にひとつの考えが思いつく。
どういった手段で自分達がこの時代に呼び出されたかはわからないが……
呼び出すのが可能なら、その逆で……向こうの世界に接触するのも可能ではないか。
「ゴエモンはん……わて、元の時代に戻る前に……やることができたみたいですわ」
エビス丸は決意する。
殺し合いを止めるのは当然。だが、それとは別に、彼が望むもの。
それは。
ひとつの世界の、完全なる抹殺。
――奴らの世界を、わては存在そのものを許さない。
【エビス丸@がんばれゴエモン】
〔状態〕本気。過去のシリーズに使用した全能力を最大限に駆使する覚悟。
〔装備〕便所スリッパ
〔道具〕支給品一式×2、エビスの支給品(不明)
〔思考〕
1、ゴエモン(新世代)、及びその仲間を殺害する(可能な限りの残虐・屈辱的手段で)
2、可能ならば新世代の世界そのものを完全に滅ぼす
3、ゲームを止めて元の世界に帰る
【エビス@ゴエモン新世代襲名 死亡確認】