「Mの試験通った?」
「Mの試験通った?」
この時期定番の挨拶が、銀杏並木にこだまする
星一様のロータリーに集う2年生たちが、今日もこの世の終わりのような憂鬱な表情で図書館への階段を降りて行く。
汚れを知らない心身を包むのは、生協販売の色つき白衣。
保護めがねは外さないように、ハイヒールを履かないように、
丁寧に実験をするのがここでのたしなみ。
もちろん、マニキュアが有機溶媒で剥がれたからといって指導教員に抗議するといった、
はしたない学生など存在していようはずもない。
学校法人星薬科大学。
明治四十四年創立のこの学園は、もとは星製薬株式会社社員の教育用につくられたという、
伝統ある薬科大学である。
東京都下。荏原の面影を若干残している交通量の多いこの地区で、創立者に見守られ、
学部から博士課程までの一貫教育が受けられる薬学志望者の園。
時代は移り変わり、組織名が教育部門から講習会,商業学校,専門学校,大学と四回も改まった平成の今日でさえ、
九年通い続ければ温室育ちの世間知らずの博士さまが箱入りで出荷される、
という仕組みがそろそろ無くなる貴重な学園である。
彼ら――
>>465 463 461 459 456 453 442 438 435 434 428
もそんな平凡なMの再試受験者だった。