【ごるステ】まんごるもあ【皇居のお堀に入浴剤】1包目

このエントリーをはてなブックマークに追加
120名無しさん@お腹いっぱい。
教義・教理


キリスト教は、ユダヤ教から派生した一神教である。正統教義・正統教理では、神には同一の本質を持ちつつも互いに混同し得ない、
区別された三つの位格、父なる神と子なる神(キリスト)と聖霊なる神がある(三位一体)とする[9]。アダムとイヴの堕罪以降、子孫であ
る全ての人間は生まれながらにして罪に陥っている存在であるが(原罪または陥罪)、(神にして)人であるイエス・キリストの死はこれを贖い、
イエスをキリストと信じるものは罪の赦しを得て永遠の生命に入る、という信仰がキリスト教の根幹をなしている。
ニカイア・コンスタンティノポリス信条を掲げる聖師父達が描かれたイコン

キリスト教の正統教義・正統教理を最も簡潔に述べているものが信条(信経)である[10][11]。もっとも重要なものとしてニカイア・コンスタンティノ
ポリス信条(381年に成立)と、それとほぼ同じ内容を含むがやや簡略で、西方教会で広く用いられる使徒信条(成立時期不明。2世紀から4世紀頃か)
がある。 信条は教会内に存在した異端を否定するために成立した経緯があり[12]、現在も洗礼式や礼拝で信仰告白のために用いられる。
これら信条は現在のキリスト教の主流派のほとんどの教派が共有する[13]。
信条 [編集]





以下に、ニカイア・コンスタンティノポリス信条によるキリスト教の基本教義を示す。



* 神は三位一体である。
* 父は天地の創造主である。
* 子なる神イエス・キリストは万物に先立って生まれた父の独り子である。したがって被造物ではない(アリウス派の否定)。
また子は父とともに天地を創造した。
* キリストの聖母マリアからの処女生誕。地上におけるキリストは肉体をもった人間であり、幻ではない(グノーシス主義や仮現説の否定)。
これはわたしたち人類を救うためであった。のち、キリストの人性についての解釈の違いから東方諸教会が生まれた。
* キリストは罪人としてはずかしめられ、十字架上で刑死したが、三日目に復活した。昇天し、栄光の座である「父の右に座している」。
キリストは自らの死と復活によって死を克服し、人類をもまた死から解く正当な権能を得たと信じられる。
* キリストは再臨し、死者と生者すべてを審判し、その後永遠に支配する。
* 聖霊も神(=人格をもった存在)である。聖霊はイエスの地上での誕生に関係し、また旧約時代には預言者を通じてその意思を伝えた。
聖霊もまた被造物ではない。なお聖霊は父から生じたか、それとも父と子両者から生じたかは後世議論の的となり、カトリック教会と正教会の
分裂の契機となった(フィリオクェ問題)。
* 教会の信仰。新約聖書では教会を、イエスの意思によってたてられた地上におけるイエスの象徴的身体であり、聖霊がその基盤を与えたとする。
そのような理想的教会は、時間と空間を超えた統一的な存在であり(一性)、神によって聖とされ(聖性)、万人が参加することができ(普遍性)、
イエスの直弟子である使徒たちにつらなるものである(使徒性ないし使徒継承性)と信じる。これを実現することが信者の務めである。キリスト教信仰は、
他者との歴史的また同時代的共同(交わり)の中にのみ成り立つもので、孤立した個人によって担われるものではない。なお使徒性ないし使徒継承性については、
西方教会では意見の相違がある。