87 :
山師さん:
コメ先物、72年ぶり復活めざす岡本安明さん(ニュースな人ヒト)2011/06/02, 日本経済新聞 夕刊, 9ページ, 有, 1387文字
「堂島」再生へ改革次々
江戸時代の享保15年(1730年)、世界初の先物取引が公認された大阪の堂島米会所。
その伝統を受け継ぐのが大阪市の関西商品取引所だ。昨年度の売買高は3年前の4割
と振るわないが、岡本安明理事長(54)は再生を信じて疑わない。就任3年目の今年は
改革を本格化し、3月には農林水産省に悲願のコメ先物上場を申請した。実現すれば
72年ぶりの復活となる。
「東日本大震災で東京一極集中はリスクが高いことがわかった。大阪を金融拠点とし
て発展させるには世界的に売買が急増する商品市場の再生が必要だ。そのためにコメ
上場は不可欠」と力説する。
関西商取の前身、大阪穀物取引所は1952年に発足。当初は大豆、小豆、うずら豆
などの取引を行った。39年まで続いたコメの早期取引再開を目指したが、戦時中の
食糧管理法が戦後も残り夢は途絶えた。
しかし食管法は95年に廃止され、2010年度から始まった戸別所得補償制度では
市場原理も部分的に導入された。「機は熟した。先物相場があればコメ価格の指標に
なり、生産・流通リスク軽減のヘッジ取引もできる」と強調する。農業団体に上場の意義
を説いて回る東奔西走の日々。腕前はスクラッチというゴルフの時間がとれないのが
悩みだ。
88 :
山師さん:2011/06/03(金) 15:14:29.71 ID:+dYRLNol
かっぷくのよい体を時折揺らし、きっぱり主張する姿は相場師風で迫力がある。それも
そのはず。岡本理事長が会長を務める商品取引会社の岡安商事(大阪市)の創業者は
祖父で相場師としても活躍した岡本安治郎氏だ。「豪放磊落(らいらく)で優しい祖父に
あこがれた。子供のころ食卓になぜかよく小豆が並んだが『買いポジション』だったに
違いない」と笑う。
大阪の大学を卒業後、祖父が懇意にしていた山種証券に入社。株式の営業では先輩
から誠心誠意の営業を教わった。「お客様が損しても『お前と出会えたから仕方がない』
と言われるようになれ」と言われた言葉は今も肝に銘じている。
3年後に岡安商事に入社。しかし、当時社長だった父の昭氏からは「場立ちとして一から
やり直せ」との厳命。場立ちとは手ぶりのサインで売買注文を取引所につなぐ仕事。その
最初の職場が大阪穀取(現関西商取)だった。手ぶりは92年に廃止されたが立会場は
今も残る。「立会場に足を踏み入れると、掛け声や熱気がよみがえってくる」
09年末に理事長に就任すると、コスト削減に取り組む一方で市場参加者の呼び込み
に尽力。一環として旧立会場を業界団体や商取会社の説明会やセミナーに開放し、昨夏
には模擬立会イベントも成功させた。この結果、今年に入り市場参加者が2社増えた。
「旧立会場を生かせば顔の見える取引所になる。コメが実現したらスタート時に手ぶりを
取り入れたい」と話す。
89 :
山師さん:2011/06/03(金) 15:16:26.12 ID:+dYRLNol
今年は改革を加速し、新規加入分担金の免除、定額会費の値下げ、輸入食料指数の
導入などを相次いで打ち出した。そしてコメ上場の認可は農水省が6月下旬〜7月に判断
をくだす。
20年ほど前、穀物取引で世界最大の米シカゴ商品取引所を表敬訪問した際、幹部が語
った言葉が今も忘れられない。「大阪から来た人に教えることはありません。シカゴの商品
取引所は堂島がモデルですから」。世界が認める堂島をどう再生するか。岡本理事長の
闘いは続く。