1よ。今夜も思い出話につきあってくれないか?

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274218 ◆sSMETOzuG2
「1よ。恋に狂ったんじゃない。初めから狂った恋だったんだ」

 馴染みにしていたホテルのバーで、一人の女と出会った。彼女は、憂鬱そうに、氷が解けるのを待
ちながら、洋酒をロックで飲んでいた。一瞬、彼女に違和感を持ったのだが、酔っていた俺はてっき
り“気のきいた種類の女”だと思い、隣に座った。そして何杯か飲んだ後、部屋に誘った。
ベッドでの反応は素人くさかったが、俺との相性は良かった。終わった後、財布の中にあった万札
を全て渡した。七万円はあった。女はじっと見て、黙って受け取った。少なかったのかもしれないが、
愛想のない女だと思った。

 次の土曜日、なんとなく先週の女の余韻みたいなものを期待して同じホテルのバーに向かった。驚
いたことにまた彼女がいた。俺は彼女を期待しておきながら、彼女がそこにいたことで、逆に不快に
なった。“営業”なら、厚かまし過ぎる。だが、彼女が再びやってきたのは意外な理由だった。
「これ返します」
 彼女は冷たい目で封筒を差し出した。彼女の服装は先週と同じだった。リクルートスーツにも使え
そうな、地味な白いスーツだった。よく考えれば、こんな商売女がいるわけはない。封筒の中身はや
はり先週渡した現金だった。俺は彼女と話をしたかったが、彼女は態度でそれを拒絶した。彼女の事
は強く心に残ったが、これで終わるはずだった。

 ウィークデイ、俺は会社の上司と岐阜の得意先に届け物をした後、ファミレスに寄った。そこに“彼
女”がいた。ウェートレスをしていた。俺は、会社に帰ってからも、帰宅してからも、彼女の事ばか
り考えていた。
 次の日、俺は一人でそのファミレスに行った。無性に彼女と話がしたかったからだ。仕事が終わる
のを待って、彼女を誘った。冷たく拒絶された。俺は、「携帯番号だけでも受け取ってくれ」、と彼女
に名刺を渡した。彼女はその名刺を、俺の目の前で破ってから、ポケットに入れた。
「ゴミを捨てたくないから」
と、言った。

 完全に、終わった。