2度の大きな故障から立ち直った彼に、主治医は告げた。「キミのヒザは消耗品だ。これ
からは試合を選びなさい。」戦える試合の数には限りがあるから、大きな試合を大切に
戦えと言うのだろう。小橋は即答した。「自分には試合の規模は関係無い。むしろ小さな
地方での試合の方が、身近にプロレスの醍醐味をわかってもらえると思う。自分はどんな
時も全力のプロレスを見せたいんです。」
子供の頃、ジャンボ鶴田やミル・マスカラスに魅せられ、砂場で技を真似て見た。中学高
校では柔道に打ちこんだが、県大会4強が精一杯。ならば会社員の世界で一番になって
みせると、地元の大企業に就職したが、生意気と疎まれ悪戦苦闘の日々。幼い日のプロ
レスラーの憧れを思い出したのは、同年代のボクサー、マイク・タイソンが脅威の新人とし
て活躍し始めたという記事を目にしたとき。何の実績も無く20才でプロレスの門を叩いた
小橋は、相手にもされず落とされたが、諦めず食い下がり入門にこぎつけた。
新人時代にはつきものの厳しい日々に屈することなく、擦り切れたせんべい布団にくるま
りながら彼は誓った。「いつか絶対名を上げ、金持ちになって最高級の羽毛布団で寝て
やる。」その初心が今も彼を支えているのだ。
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