俺はとっさに、声をかけられなくなった。
それほどまでに、表情がはかなげだったからだ。
【神奈】「…柳也どのは、夢を見るか」
【柳也】「夢か?」
【神奈】「そうだ」
【柳也】「たまにはな。昔のことをときおり見るくらいだ」
【柳也】「俺には風雅な月夜に思えるが」
【神奈】「たとえで申しておるのだ」
【柳也】「………」
何も答えずにいると、ぶっきらぼうな声音が命じた。
【神奈】「そこでは声が遠い。ちこう寄れ」
【神奈】「だが、くっつくではないぞ」
【神奈】「助けてくれとわめくこともかなわぬ。そのような日々だ」
言葉を切り、だまって月を見つめる。
【神奈】「だが、ひとつだけ温かい光を見る時がある」
【神奈】「おぼろげに浮かぶ、人の姿だ」
【神奈】「近づくと、光は消えてしまう」
【神奈】「余は追いかけようとする」
【神奈】「いつも、そこで目が覚める」
【神奈】「一度ではない。幾度も同じ夢を見る」
話の内容とはうらはらに、神奈は笑顔だった。
笑顔には、凶相を払う力があるとされている。
だとすれば、神奈の笑みは空蝉(うつせみ)にすぎなかった。
永劫の闇をともす、温かな光。
求めても求めても、決して得られるはずのないもの。
【神奈】「柳也どのには、だれかわかるか?」
【柳也】「神奈の母君(ははぎみ)だろう」
おそらく神奈は、その答えを予期していたのだろう。
風が吹きわたり、燭台の炎をゆらした。
黒々とした神奈の髪が、闇を払うようにふくらんだ。
【柳也】「いつ離れたのか知らないが、お前は忘れてないんだ」
そう言ってなお、自分の笑みが苦かった。
俺は親の顔を知らない。
夢枕に現れたこともない。
だが、神奈は笑った。
【神奈】「我が身が覚えておるのか」
【神奈】「守護、大儀である」
その一言を残して、神奈は寝所へと消えていった。
翌朝。
出仕の前の打ち合わせの時だった。
上役は、思ってもいなかったことを伝えた。
【役人】「…神奈備命は五穀豊穣の願を唱えるべく、北の社にところを移すことにあいなった」
【役人】「出立は土用の入り、大暑と定める」
【役人】「みな、次の命(めい)が下るまで万端につとめよ」
以上である、としめくくりかけた時、ようやく事の重大さが飲みこめた。
神奈をここから別の社に移す、というのだ。
俺にはまったく寝耳に水の話だった。
【柳也】「質疑がある」
【役人】「申してみよ」
【柳也】「われらも、神奈備命につき従い、あらたな社へおもむくのか?」
【役人】「いや、荘園の世話もせねばならん。われらはすべて残り、開墾の指示に従ずる事になる」
周囲の者たちが安堵の息を漏らした。
俺のような無頼者をのぞけば、ほとんどが百姓の出だ。
もとより、翼人の警護を納得している者などいない。
【柳也】「知ってたのか?」
【神奈】「いつものことであるからの」
呑気をよそおい、虚ろに笑う。
【神奈】「ここで別れだ。出立はいつ頃となっておる?」
【柳也】「土用の大暑」
【神奈】「とすると、そう日もないの」
【神奈】「うぬぼれるでないっ! それほど余が弱く見えるかっ!」
【柳也】「………」
【神奈】「おぬしがおらずとも、余は生きてゆける」
それは、はじめて会った時に聞いた言葉だ。
『余はひとりでも生きてゆけるぞ』
そう言いはなった神奈のもうひとつの素顔を、俺は知ってしまった。
月光の下で俺に垣間見せた、意外なほどのもろさ。
あの時すでに、神奈は悟っていたのだろう。
いずれ自分がひとりで旅立つことを。
【柳也】「強がるな」
【神奈】「何だとっ」
【柳也】「さびしかったんじゃないのか?」
【神奈】「ちがう」
【柳也】「なら、なぜ俺に胸の内を明かした?」
【柳也】「さびしいから、母君に逢いたいんじゃないのか?」
【神奈】「そうは申しておらぬ!」
【神奈】「望んでも逢えぬものは、詮無(せんな)いことと申しておるのだ」
【柳也】「なぜ逢えないと決めつける?」
神奈の気持ちは俺にもわかった。
夢の中で見た、淡く温かい光。
それさえもが幻だとしたら。
【神奈】「母上はかならず…」
【神奈】「かならず、どこかで余のことを…」
そこから先は、言葉が続かなかった。
にべもなく言う。
裏葉は旅支度をしているようだった。
黒塗りの背負いつづらに、たたんだ着物をぎゅうぎゅうとつめこんでいる。
【柳也】「おい」
【裏葉】「放っておいてくださいませ」
【柳也】「どこかに行くのか?」
俺は呆れ果てた。
逃げればどうなるかぐらい、それこそ幼子(おさなご)でもわかる。
【柳也】「女の足で逃げきれるほど、守りは甘くないはずだ」
【裏葉】「これでも足は達者(たっしゃ)ですので、ご心配は無用でございます」
溜息がもれた。
どうも最近多くなっているような気がする。
【柳也】「ひとつだけ訊いていいか?」
【裏葉】「なんでございましょう?」
【柳也】「なぜそれほどまで神奈のことを案ずる?」
【裏葉】「同じことを、わたくしも柳也さまに訊きとうございます」
にっこりと問いかえされ、思わず言葉をうしなう。
【柳也】「なぜだろうな…」
【柳也】「…強いて言うなら」
【裏葉】「強いて言うなら?」
【柳也】「あいつほど、からかいがいのある奴はいない」
【裏葉】「…で、ございますよね」
声をそろえ、二人して笑う。
【柳也】「先日の未明のことだ」
【裏葉】「はい?」
【柳也】「神奈が月を見ていた」
【柳也】「母親に逢いたい、そう言っていた」
【裏葉】「…そうでございましたか」
【裏葉】「わたくしが拝聴しましたのも、つい最近です」
【裏葉】「神奈さまは本当に、柳也さまをお気に入られたのですわ」
972 :
test:03/02/02 19:04 ID:AXaYbEQu
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【柳也】「いや、何でもない」
あわててごまかし、俺は詰め所に引き返した。
神奈への目通りもかなわず、日々がすぎていく。
守護の任が終わるというしらせは、社殿全体の緊張を取りはらっていた。
社中の者たちはみな、憑き物が落ちたように笑い、冗談をかわしあう。
神奈が社殿を去る三日前。
これには何か裏がある、と。
大暑の前日。
その日の仕事を終え、俺は私室に引き籠もった。
明日、神奈はこの社殿を去る。
随身も餞(はなむけ)もない、さびしい出立だ。
向かう先がどこなのか、俺は知るはずもない。
衝立(ついたて)をまくように、湿り気を帯びた風が入ってきた。
夜半から雨になるな。そう思った。
【柳也】「………」
枕元に置いている長太刀を持ちあげ、すらりと刀身をさらした。
銀色をした刃が、薄闇を吸うのがわかる。
今夜の手順を心中で整理してみる。
準備は万端にととのえてある。
邪念が忍び寄ってくる。
馬鹿げたことをしているぞ、頭の中でそうささやく声がある。
なぜ自ら重荷を背負おうとする? そうせせら笑う。
お前はひとりで生きてきたのだ。これからもひとりで生きよ、と…
両眼を閉じ、刃を鞘におさめる。
かちん。
切羽(せっぱ)が澄んだ音を立て、心は決まった。
行動を起こしたのは、日没から半刻ほどあとだった。
【衛士】「衛門さま、ご苦労様でございます」
【柳也】「ああ、ご苦労さん」
宿直(とのい)の衛士が充分に遠ざかってから、気づかれないよう殿内に入る。
978 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:06 ID:JYMCWJ+Y
精度悪くて使いもんにならん
思った通り、燈台の火がともっていた。
きっと、遅くまで寝つけずにいたのだろう。
枕元にかがみこみ、耳元でささやいてみる。
【柳也】「…おい、神奈。起きろ」
夜具の下の体がごそごそと動いた。
面倒くさそうに寝返りを打とうとして、気配に気づいた。
【柳也】「別に怪しいことをしに来たんじゃない」
【柳也】「とりあえず、怒鳴るのだけはやめてくれ。わかったか?」
【神奈】「むがむが…」
【柳也】「わかったら、うなずいてくれ」
しぶしぶながら、神奈はうなずいた。
そっと手を離したとたん。
ぼかっ。
いきなり頭を殴られた。
【神奈】「余に夜這いをかけるとは、ふざけたまねをしてくれるの…」
【柳也】「だから夜這いじゃないっての」
【神奈】「言い逃れをするでない」
【柳也】「ちがうって」
984 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:07 ID:oT/9ZR2x
1000
【神奈】「なら、なぜこんな真似をっ…」
【柳也】「約束をもらうためだ」
それだけを伝えた。
俺の声音になにかを感じ取ったのだろう。神奈の顔色が変わった。
【神奈】「約束…とな?」
【柳也】「俺はこの社に奉公する者だ。社殿の法をひるがえすことはできない」
【柳也】「でも、ただひとつ…」
【柳也】「俺は役目がら、神奈備命の直命には絶対にさからえないことになっている」
【柳也】「もっとも、今までさんざんさからってきたけどな」
笑いながらつけくわえる。
神奈は笑わなかった。
俺がなにを言い出すのか、計りかねているようだった。
987 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:08 ID:oT/9ZR2x
1000
儀式はそれで終わった。
足を崩し、どちらからともなく破顔する。
俺はふところから包みを取り出し、神奈に手渡した。
中には女物の草鞋(わらじ)が入っている。
【柳也】「これをどこかに隠しておけ」
【柳也】「できるだけ寝ていろ。一刻たったら起こしに来てやるから」
990 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:08 ID:oT/9ZR2x
1000ゲトズザー
そこで俺は目を細め、自信ありげに笑ってみせた。
【神奈】「なにゆえ、余のためにそこまでする?」
【柳也】「さあ。なぜだろうな…」
それは俺の、素直な心持ちだった。
神奈はなにも言わず、ただ俺の顔を眺めていた。
【柳也】「それじゃ、あとでな」
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名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:08 ID:oT/9ZR2x
1000ゲトズザー ⊂(゚ロ゚⊂⌒`つ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
衝立(ついたて)から向こうをうかがい、廊下に出ようとした時。
神奈がなにかを言おうとしたのを感じた。
【柳也】「なんだ?」
【神奈】「待って…おるからな」
【柳也】「やけに素直だな」
【柳也】「さては惚れたか?」
神奈の身の回りの世話は、ほとんどすべて裏葉がこなしている。
そのため、神奈の寝所に近い座敷に、私室を設けてある。
足音を殺したまま、寝間に入った。
がらんとした部屋の中央に、寝具がたたんであった。
しかし、人影はない。
【柳也】「裏葉、いないのか?」
995 :
名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:09 ID:oT/9ZR2x
ズサ━━━━⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!!
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名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:09 ID:JYMCWJ+Y
ふk
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名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:09 ID:JYMCWJ+Y
うんこ
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名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:09 ID:oT/9ZR2x
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名無しさん@お腹いっぱい。:03/02/02 19:09 ID:JYMCWJ+Y
うんこ
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