★[灯台の]上野千鶴子〔権威・権力〕★

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146名無しさん@社会人
抜粋↓。この他にも貴戸本をネタにして、自己決定批判に対する批判など、いろいろな論点を提出している。
内藤朝雄「不当な労働分配構造こそ不登校問題に関し非難されるべき 強迫的でありうる当事者による語りの特権化」『図書新聞』2月5日
「筆者は『当事者学』の立場をとる。非当事者による距離のある分析や代表・代弁ではなく、『〈当事者〉にとっての不登校』を明らかにすること』が本書の目的であるとする。『〈当事者〉の立場から現在の不登校政策を批判し、今後を展望』しようとする。…
 当事者主義は、多様な立場の他者たちが多様なパースペクティヴによって
当事者の像を切り取る語りを批判し、当事者による語りを特権化する。『当事者「として」語ろう』『当事者「の立場(あるいは視点)から」語らなければ意味がない』といった物語は、『あなたは選択した』『あなたは病気だ』という物語と同様、強迫的でありうる。
本書の最後で筆者は、『当事者の立場から』を錦の御旗として、『地域共同体を制度的に復元することが急務』といった特定の政策提言を、当事者一般のニーズを代表・代弁するものとして打ち出している。
当事者主義は、他人の代表・代弁を批判しながら、自分は代表・代弁するといった恣意的な線引きgerrymanderingの手段となっている。
 それよりは、本書で批判された矢島正見のような、「さまざまにありうる他者の視点のうち、私はあなたには縁遠いかもしれない社会学研究者の視点で像を切り取りますが、インタビューさせていただけませんか」といったやりかたの方がよい。
当事者主義よりも、他者性を前提としたリベラルな多元的パースペクティヴ主義の方がよい。
 多彩なパースペクティヴが散乱する他者の海のなかで、各人は自己を試行錯誤し、生に馴染む旅を続ける。この進化の条件がリベラルである必要がある。問われるべきは自由な社会の条件だ。」