◆9年前の恩返しに
東日本大震災でスタジアムやクラブハウスが被災した。
鹿島のために何かしてあげたい、という声がアイルランドで上がっているという。
いったいどういうことなのか。
理由は9年前の2002年ワールドカップ(W杯)日韓大会にある。
アイルランドはカシマスタジアムで強国ドイツと引き分け、貴重な勝ち点を手にした。
終了問際にロビー・キーンが劇的な同点ゴールを決めたその一戦は、アイルランド人にとって思い出深いものになっている。
しかし、それだけで彼らが
「鹿島のために」と思っているわけではない。
大会前、アイルランドのサポーターは宿の予約もせずにやってくるという情報が入っていた。
「宿のないフーリガンに勝手にテント村をつくられては困る」と恐れた鹿嶋市は、海岸に仮設住宅をつくり、サポーターをなかば隔離した。
しかし、アイルランド人は恐れていたフーリガンなどではなく、ハートの熱い、気のいい連中だった。
市の職員や地元住民は酒を持って仮設住宅を訪れ、夜通し、わーわー騒いで親交を深めたという。
宿を用意してくれ、他の国でのW杯ではありえない歓待を受けたのだから、アイルランド人が気を良くして帰ったのは当然だろう。
その思い出のスタジアムが地震で損壊した。
ここは、義援金を集めて恩返しをしようということになったらしい。
「日本に宿泊費もなしにやつてきた男たちが、募金しようというのだから、本当にありがたい」と鹿島の関係者は喜ぶ。
海の向こうに自分たちのことを思ってくれる人がいるというだけで、被災者の心は温まる。
あらためて感じるのは、W杯を通して世界はつながっているということだ。
W杯が世界をつなげている。
経済波及効果などでは測れない。
W杯の意味がそこにある。
4月6日・日経紙朝刊・吉田誠一