【大学唯一】流通経済大学サッカー部(3)【JFL】

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4U-名無しさん
阿部吉朗、栗澤僚一、塩田仁史(FC東京)、杉本恵太(名古屋)らJリーグの各チームで活躍する選手たちの
出身校が流通経済大学だ。
高校時代は無名だった彼らを育て上げプロに送り出した中野雄二総監督の指導方法と
は、その秘密に迫った。
選手の将来を見据えた攻撃志向で生まれた果実、Jリーガー多数輩出、大学界で旋風 流通経済大学の秘密とは? スタートは3部リーグ6年間で一部に昇格

98年、流通経済大のグランドに立った中野雄二が見たのは、土のグランドでサッカーを“楽しんでいる”選手たちの姿だった。
「まず練習に全員が参加することはなかった。
試合に行く前にコンビニエンスストアに立ち寄って、平気でタバコを吸っている。
どうしようかなと思いました」当時は40人近くの学生が所属していたが、監督を置くこともなく練習もほとんど行われていな
かった。
それでも就任一年目で都県リーグから関東2部リーグに昇格させることに成功した。
しかし1年で昇格したことがかえ
って、選手たちに悪影響を与えた。00年には再び都県リーグに降格することになった。
5U-名無しさん:2006/05/11(木) 00:28:40 ID:mi7sNZnr0
あれで良かったんだと思います。2部ではそんなに甘い考えでは通じないことが選手たちも分かったんでしょう。
それからはきちんと練習をこなすようになりました」
その年から本格的なチーム強化がスタートした。
2部リーグ 復帰を目指すための戦力を補強することはできなかったが、中野が高校時代から知る常総学院高の阿部吉朗(現F
C東京)をチームに誘った。
「中野さんに付いていけばプロにしてくれますかって聞かれて、してやるって約束したんです」
そう語るには、しっかりとした自信があった。
「身体能力は長けているから、プロに行かせられると思いました」そのためにはまずチームを強くすることが第一条件だった。
阿部を軸としたチームづくりを進めるとチームは 順調に力をつけた。
さらに00年には塩田仁史(現FC東京)、01年には栗澤僚一(現FC東京)、中島俊一(名古屋)
、杉本恵太(名古屋)、冨山達行(湘南)が加入
「みんな高校時代は無名だったから、駒大や順大を落とされてしまった。
それでもプロになりたいという意志は強くて、その気持ちを買ってうちの大学に連れてきたんですよ。
みんな 落とされた気持ちをバネにして頑張ってきました」
彼らの活躍もあって01年には関東大会で優勝すると同時に初の天皇杯出場権を獲得した。
勢いをつけたチームは翌年の03年には2部リーグで優勝。
1部昇格を果たした。その勢いは1部に入ってもかわらなかった。
1年目にして準優勝、全日本大学選手権、総理大臣杯でもベスト4に進出して、流通経済大の名前を一気に全国区に押し上げた。
6U-名無しさん:2006/05/11(木) 00:32:36 ID:mi7sNZnr0
7つのチームに分けて200人を管理

中野は古河一高、法政大で現役時代を過ごした後、84年に水戸短大附属高校の監督に就任。
92年からはプリマハムFC土浦で監督を務め、96年には水戸ホーリーホックの設立に携わった。
97年には常務取締役兼監督としてJFLを戦って、現在の基盤を作り上げた。
「行くところ行くところで結果を出すから何かすごいことをやっているんでしょって、よくいわれるんですが、そんなことはしていませんよ」
照れ笑いを浮かべる中野だが、8人のスタッフとのコミュニケーションは欠かさない。
所属する約200人の選手たちを高い意識づけをするために、現在は7つにチーム編成を分けている。
ピラミッドの一番上に大学リーグに所属するトップチームがあり、その下にJFL、茨城県社会人リーグ、Iリーグ(4チーム)の6チームが同列に並ぶ。
各チームに監督を置いて、コミュニケーションを密に取ることで情報を得て、選手たちは結果次第ですぐチーム間を移動することができるようになっている。そのため、下の6チームの選手たちは常にトップを目指せる高いモチベーシ
ョンを保てている。
7U-名無しさん:2006/05/11(木) 00:36:36 ID:mi7sNZnr0
中野総監督として、それぞれのチームを見て選手の質を見極めている。
その指導はピッチ内だけにはとどまらない。
約200人の選手は全て全寮制が義務付けられている。
自らも寮に泊まり込み、選手たちの生活指導も行っている。
「サッカー選手だけでなく、人間としていかに成長できるかを課題としていきたいんです」
卒業した阿部選手たちを見れば、4年間で何を学んできたかはすぐに分かる。
取材した編集部の誰もが「きちんと した対応」と声をそろえて言うように、取材する側にも好印象を与える。
もちろん、それはチーム内でも同じだ。
周りを気遣うことは、同時にプレーの幅を広げているのだ。
FC東京に進みレギュラーとして活躍している栗澤も大学時代をこうふり返る。
「大学のときにいろいろなことを教わって自分の中のこだわりを作りました。1,2年のときには、プレー中に、誰に、何を指示すればいいのかわからなかったけれど、3,4年になるにつれて、少しずつ分かってきた。先のプレーが読めるようになりました」
中野の指導の基本もここにある。
「フォワードだからって、守備のやり方が分からないっていうのはおかしいと思う。ディフェンスの選手がこういう動きをするんだから、それを崩すコンビネーションを考えるとか。相手の気持ちを理解できなければ、サッカーはできない」
8U-名無しさん:2006/05/11(木) 00:44:18 ID:mi7sNZnr0
阿部、杉本、栗澤のプレースタイルはこの考えに通じるものがある。
3人とも攻撃を得意とする選手だが、前線からの守備での役割を買われている部分も大きい。
石川(FC東京)の「栗澤は気が利いています」というコメントこそが流通経済大のサッカーを象徴している。
大学サッカー界に旋風を巻き起こしている流通経済大のサッカーは、一言で言えば「攻撃的なサッカー」。
「よく速いっていわれますね。それはすべてにおけるスピード。積極的に高い位置からボールを奪って、ゴールにつなげるからそう思われるのでしょう。」
「よくサッカーは守備から入ると考える指導者が多いのですが、僕はまったく逆。2点取られたら、3点取り返す。そう考えているから、見ている人は面白いんじゃないですか。」
「だから、うちは大敗する試合も多いんですよ」
リーグ戦だからこそできるやり方かもしれないが、そういうやり方を貫くのは、中野は目先の結果だけではなく長い目で選手たちのことを考えているからだ。
「自分の利益だけを考えていては、衰退するのも早い。選手そしてコーチ陣が、自分の次の世代の選手やコーチをいかにいい環境を作ってあげるかが一番大切なんだと思います」
そうした流れが好環境を生みだしている流通経済大からは、これからもJリーガーが出続けそうだ。
「立ち止ま ったときは終わり。自分の中にあれをやりたい、これをやりたいと思っていたい。」
「今の目標ですか。今年の天皇杯では、Jリーグチームをなぎ倒したいですね」
流通経済大そして中野の戦いはまだ始まったばかりだ。