−Jリーグ誕生まで、日本のスポーツには地域の概念が薄かった。主役は学校や企業。地域に着目した理由は。
新しいアイデアが無いとスポーツは発展しない。地域の人がクラブを支え、リーグが盛り上がって熱狂的な
応援につながる。こうした欧州南米型のスポーツクラブという形でなければ、成功しないと思った。
さらに企業中心のスポーツ人気が全体的に落ち込んでいた。いい例が社会人の都市対抗野球。戦後の娯楽の
少ない時代に盛り上がったが、1980年代ぐらいから無理な観客動員をするようになった。ぼくにも経験がある
が、得意先の会社が「野球部が都市対抗に出るから応援に来てくれ」と動員をかけてきた。そういうことでしか
お客さんが集まらなくなった。
−10チームで発足したJリーグは今期、30チームに増加。地域色豊かな一方、経営規模やチーム力の格差が
出来た。リーグの魅力が低下しないか。
それは議論にならない。Jリーグはむしろ、実力に応じたチームの在り方を十数年かけてつくり上げてきた。
93年に10チームで開幕した後、96、97、98年とJリーグ全体の人気が落ちてクラブ経営の危機が叫ばれた。
それはなぜか。10チーム全部が優勝を目指して無理な投資をしたからだ。みんな身の丈に合っていない経営をしていた。
強いチーム、集客力があるチームはそれだけの投資をして、さらに観客動員を増やす。下位のチームは収入に
見合った形での支出を考えて努力する。その結果、今は大半のチームが単年度黒字になった。
−昨年のプロ野球再編騒動の印象は。
球団数が少なくなれば経営がプラスに転じ、野球が発展していく。そう思い込んだ人が中心になって動いた
のが、あのオリックスと近鉄の合併騒動だと思う。「ファンのため、選手のために何が一番いいのか」という
視点がなく、自分たちの都合だけの話。球団経営者に責任がある。
巨人が高い給料を払えるのは儲かっているからだ。観客動員数も収入も少ない球団が、なぜ他球団に合わせて
選手の年俸を上げるのか。横浜の佐々木が年俸6億円なんて信じられない。プロ野球はまだ懲りてないのかと思う。
−Jリーグは来年、各クラブの経常収支を公表する。
クラブは地域の市民、行政、サポート企業から補助をもらって経営している。その中身を透明にすることで
理解が高まる。経営状況を知ってもらえば、ファンのチームを見る目が変わってくる。選手の獲得、放出と
いった強化策にも理解を得やすくなる。
−親会社の巨額補填で事業を黒字化させているクラブもあるが。
例えばトヨタ自動車がグランパスに対し、ユニフォームの胸マークに20億出す。それが高額だと言っても、
トヨタが認めているものをなぜ高いと言うのか。1億なら1億の値打ちしかないと取ればいい。ただ、トヨタ
が今、グランパスに対して年間どれだけの額を支援しているかは、Jリーグが各クラブに義務付けた提出資料
を見れば分かる。それを公表されて、グランパスが恥ずかしいと思うなら、その金額を自分たちで減らしていく
努力をすればいい。
今年のプロ野球はファンサービスに熱が入り、交流戦も興味を引く。
スポーツを通じて市民が一体感、連帯感を持つことは間違いない。特に仙台は、プロ野球の楽天とJリーグの
ベガルタ仙台がある。相乗効果が出てくるようにやるのが一番大事。お互いのファンが野球もサッカーも応援
したりするようになればいいなと思う。
−既にサッカーだけでなく、バスケットボールやバレーボールといったチームを保有するJリーグクラブもある。
今後スポーツが発展するひとつのモデルかもしれない。地域の人がフォローしてくれるようなクラブをつくっ
ていこうというのが、Jリーグが掲げる「100年構想」。ようやく実を結び始めた。スタートして13年目になる
が、ぼくの予想より進行状況は早い。(聞き手・小杉敏之)
(以上 05.5.24中日新聞、川淵キャプテンインタビュー、連載「スポーツとファン」第4部(上)より)
−プロスポーツにはエンターテイメントの要素も必要。Jリーグの「魅せる」努力は。
一番重要なのは、お客さんがスタジアムの雰囲気を楽しめること。冬場にサッカーを観戦しに行って、枯れた
茶色の芝生だったらどう思うか。緑の芝生でなければならない。それだけでも心が安らぎ、胸踊るものもある。
さらに、ナイター照明の無いスタジアムをホームスタジアムとして認めなかった。明るさを1500ルクスに上
げ、緑の芝生がカクテル光線で映えるようにした。ユニフォームの色使いにもこだわった。ナイトゲームは、プ
レーのスピード感が一段と増して見える視覚効果があり、スタンドの空席を暗く目立たなくさせることもできた。
−「サッカーは世界の共通語」。国内ではマイナースポーツだったサッカーが、日本でも急速に支持された理由は。
人間を魅了する部分があるからだろう。例えば、ワールドカップで日本とイングランドが試合をする。思い
入れがあれば、それだけでファンの興奮と感動は違う。心から応援するチームが下手であっても、試合を見る
目は違ってくるはずだ。
半面、応援しているから落胆、失望もする。人間として、この両極端を味わえるのは面白い。「ドーハの悲劇」
のように、感動と興奮ばかりが興味の的になるのではない。そんな裏腹の部分が面白いのではないか。単にナシ
ョナリズムにかきたてられて応援するわけじゃないだろう。
−「熱しやすく冷めやすい」とされる日本人気質。見る者を飽きさせないためには。
ひたむきさ、真摯さが不可欠。どんなに高いレベルの技術、戦術、体力、精神力があっても、これが無ければ
継続して人に感動や興奮を与えられない。さらにスター性も必要。ぼくも子ども時代はテレビがなくラジオだっ
たが、最近はメディアがスターの私生活まで報じるようになった。あれは夢を奪う。神秘性が無くなった。王
さんや長嶋さんといった昔の国民的スターの再現は難しい。
−スターに必要な条件は。
華やかさがいる。プロ野球日本ハムの新庄のような。彼はそのスター性をかき立てるような言動もある。巨人で
スポーツ新聞の一面を飾るのは清原ばかり。高橋由では地味だ。巨人が落ち目なのがわかる。中日は川上が勝ち
出せばいいね。割とハンサムだし、スター性もあるかな。
いつの世にも常にスターがいるのではなくて、時代の要請によってスターが出てくる。育てようと思ってもど
うにもならない。ファンが選ぶものだから、チームが出来る事は、ひたむきな選手を集めて試合に打ち込むこと。
これを続けていく中でスターが出てくる。
−楽天の三木谷社長、ライブドアの堀江社長といった若い経験者のスポーツ界参入の動きは。
いいと思う。ただ、本当のスポーツマインドを持って参入してくれればいい。もうけの柱にするようじゃ、
怒りの対象でしかない。スポーツマインドとは、そのスポーツを愛し、そのスポーツの発展や選手、ファンの
為に何が出来るかという視点。野球界のトップで、そういうマインドを持っている人は少ない。
−根底にはスポーツの社会的位置づけの低さがあるのでは。
確かに日本人が口にする「体育系」という表現は、ちょっと人をこばかにした意味合いがある。そんなこと
を言う先進国はあまり無い。スポーツは厳しさの中に楽しみがある。みんなと時を共有しながら、人生にある
達成感、満足感、連帯感といったいろいろな感情を得ることができる。
忍耐力もそう。こんな貴重な人間性を培える機会が与えられるものはない。バランスが取れた人間をつくる
上でスポーツが果たす役割は大きい。もっとスポーツに対する理解を持つ人を増やしていかないといけない。(聞き手・小杉敏之)
(以上 05.5.25中日新聞、川淵キャプテンインタビュー、連載「スポーツとファン」第4部(下)より)