507 :
渦々:
全然こなれた日本語にならなかったが…超直訳調でスマソ
そしてかなり手早くやったので、多少の誤訳はお許しください(´・ω・`)
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親愛なる友人たちへ
ご無沙汰しています。報道を通しても、インターネット・サイトを通しても、みなさんにメッセージを
出していませんでした。南朝鮮(韓国のこと)のインチョンから浦和レッドダイヤモンズに移籍した日
から、トルコから来た家族以外誰とも会いませんでした。代理人(マネージャー?)であるジュネイト・
ヤルンクルチとさえも、移籍実現の日に最後に話したきりです。
私がここに来たときには日本のリーグは第16節でしたが、そのときチームは首位から11ポイント離され
ていました。しかし今日、リーグが終わる2節前にチャンピオンになりました。私たちのサッカーがス
タンドを溢れさせ、これを達成したのです。しかしまだ終わってはいません。今はリーグ・チャンピオ
ンと、カップ・チャンピオンを巡る天皇杯を目標にしています。このカップは、ここではチャンピオン
よりも価値があるものとされています。このカップを得たチームが、チャンピオンズ・リーグに参加し
ます。専門家たちは私たちを本命と見ています。
その他の話題としては、私が日本の最優秀外国人選手に選ばれたこと(?)があります。しかし、実際、
私のサッカー人生でもこれほど成功した時期はありません。自分自身、とても調子がいいと感じていま
す。日が経つにつれて良くなっていく私のパフォーマンスは、リーグの大詰めで最高潮に達しました。
トルコ人をとても愛している日本の人たちは、高まる私の調子を、スタンドで掲げられたプラカードや
トルコ国旗で支えてくれました。
日本人はトルコ人を本当にとても愛しています。私よりも前にここへ大きな希望とともにやってきた、
そして日本人たちの目にサッカーの王として映ったイルハン・マンスズは、この習慣から別れるという
人生の最大の過ちを犯してしまったと私は思います。日本ではトルコのサッカープレーヤーはとても認
められており、愛されています。悲しいことがあったときは、この愛に相応しくあろうと頑張っていま
す。
508 :
渦々:04/11/23 05:24:08 ID:8FcvBW7T
私は、全ての試合でエモーショナルな瞬間を経験しています。というのは、ワールドカップでブラジル
と準決勝を戦ったスタジアムである浦和埼玉スタジアムは、私たちのチームのスタジアムだからです。
スタジアムのロッカールームの廊下には、その試合のメンバーとトルコ国旗があります。全ての試合に
出場した私をその日々に見、その瞬間瞬間が私の目の前に思い出されます。泣かないように、自分を辛
うじて抑えます。その日々について語るとき、ナショナル・チームの資格ある人々を非難することを、
私は許せないでしょう。私は80回あまり、この月と星(トルコ代表)のユニフォームを着た代表選手と
して、少なくとも感謝に値すると思っています。歴史上最も成功したナショナル・チームにおいて、
私が少しでも貢献できたなら満足です。しかし私は、(代表の)新しい役員たちともエルスン(エルスン・
ヤナル)監督とも、会う機会さえありませんでした。インチョンでプレーしていたとき(ナショナル・
チームの極東遠征の途中)、私がナショナル・チームへ召集されるという手紙のあとに、この召集が
キャンセルされたという手紙が来ました。私の名誉は傷つけられました。全く召集されないということも、
おそらくこれほど私を悲しませることはできないでしょう。しかし、先に召集されて後で求められない
ということは、私をとても悲しませました。
ここから、あなた方へ、最も心から愛する人たちに送ります。機会を見つけて、日本から、ここで私の
見たものをお話しするつもりです。
それでは、みなさんお元気で。
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概要だけでも把握してもらえれば幸いですが、超読みづれぇ…(日本語が)
逝って来るよ( ´_ゝ`)