10 小倉隆史・「こういうときには笑うんや」
小倉の早すぎる復帰と故障の再発、再手術にいたる一連の事件に関しては、
最初の手術の不備をことさらにあげつらい、サッカーに関係のないところに
責任を転嫁しようとする工作が盛んにされているが、実のところ治療は適切に
行われたのであり、それを無にしたのは、FW不足に悩んでいたベンゲルの
エゴイズムと、アジアカップ、フランスW杯予選を目前に控え、代表復帰を
あせっていた小倉の判断ミス、そして無理な試合出場を止められなかった
フロントの無力さである。
それにしても、小倉が戦線復帰した96年8月といえば、ベンゲルは欧州復帰を
策して交渉の真っ最中であり、グランパスの勝ち負けなど今さらどうでもよいもの
だったはずである。
そんな状況で、目先の1点を取るために半病人を死地に追いやったベンゲルの
行為は、どう説明すればよいものなのだろう。
日本最高の資質を秘めたストライカーさえ、彼にとっては、帰郷の道すがら、
思わず踏み潰してしまった1匹のアリに過ぎなかったのだろうか。
小倉の実質的消滅は、元来、気の合わなかった岡山と平野の仲を取り持っていた
陽気な若手リーダーの消滅を意味し、このグランパスの両翼の間には、やがて深刻な
心理的隙間風が吹き始める。
望月重良なる選手がつけ込んでいったのも、そんな間隙だった。
その後の小倉は、決して元通りにはならない脚を抱えて、幾度も欧州移籍を
試みては失敗し、Jクラブを転々として現在はヴァンフォーレ甲府に在籍している。
この6月に彼が加入して以来、甲府は3勝1敗4分けと好調であり、この週末も
小倉は先発フル出場して甲府の勝利に貢献した。
甲府のホームページを見てみると、四中工時代から何一つ変わっていない無邪気な
笑顔に出会うことができる。
言い尽くせないほどの不運と挫折の繰り返しを経て、なお心の底から笑える者は、
この世で最も素晴らしく笑える者であり、それは結局、理不尽で無慈悲な運命神に
対する人間の意志の勝利を示している。