そんなアンジョンファンさんにも再びの転機が訪れようとしている。
かのマルディーニさんから突然のオファーが舞い込んだのだ。
パオロ・マルディーニ。イタリアサッカー史上、最高の選手の一人であり
引退後も若くしてイタリアの強豪クラブ「ACミラン」を率い、四度の
リーグ制覇。2011年には欧州の頂点にも立った。カルチョのすべてを
手中におさめたようとしていた彼が、イタリア代表監督のオファーを断り、
サポーターの前から忽然と姿を消して、7年余りになる。
アンジョンファンさんは、輝きに満ちた、それでいて複雑な表情を浮かべ
ながら、静かに話し始めた。
「パオロは偉大な男だよ。彼はほとんどすべてのものを手に入れた。地位
も名誉も金も。だから、もうそんな世界には興味が無いんだ。純粋にサッカ
ーとかかわりたいと考えている。今、彼は世界中の恵まれない子供達が、サッ
カーをきっかけに、社会で成功できる環境作りに携わっているんだよ」
マルディーニさんは、既に世界15カ国でサッカーを通じて、子供達に
社会進出の場を与えるプロジェクトを推進している。必ずしも、すべてが
成功しているわけではないが、プロジェクトの停滞を示すサインは微塵も
感じられない。そして、その16カ国目が韓国ということなのだ。
「最初は戸惑ったよ。自分に何ができるのかって。私は彼のような偉大な
人間じゃない。何もかもに限りがあるんだ。率直に言って不安だったね。
だけど、彼に会ってみて、その思いは払拭できた。今やっていることを継
続すればいいだけ、彼はそう言ってくれたんだ。とても心強かったよ。
彼は私のゴールのことをよく憶えていてくれたよ。ゲーム後に、少し挑発
的な発言をしたこともね。(笑)あの頃は、本当に若かったね、私も、
そして彼も」
このプロジェクトには、かつて清水エスパルスでプレーした元イタリア
代表FW、マッサーロさんも参画している。プロジェクトのスポンサーで
あるACミランの代表者という立場だが、子供達と一緒にボールを追いか
ける様子は立場を超えた、プロジェクトとのかかわりを物語っている。
最後に、アンジョンファンさんは静かに、そして確信に満ちた口調で
こう話した。
「Wカップで得点したことも、四強に入ったことも、それぞれかけがえの
ない素晴らしい出来事だったけど、今はサッカーと出会えたこと、そして
それをどんな形ででも続けられたことを幸せに感じてるんだ。さっき見た
だろう、子供達の表情を。彼らは私がWカップで得点したことなんて知ら
ないんだ。ほとんどの子供達にとって、それは生まれる前の出来事さ。だ
けど、一緒にボールを蹴ることで、彼らは私のことを、敬意に満ちた輝かし
い瞳で見つめてくれるんだ。こんな素晴らしいことはないだろう?私は
日々、サッカーと出会えた幸運を神に感謝してやまないんだ」