他人の個性を大切に。世評編

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1名無しさんの主張
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1190560845/480

について、
>営業成績を上げたくて努力しても、「それが気に入らない」というだけ で、叩く。
俺は叩かない。
>成績のあまりよくない子が、高い点数を取りたくて勉強した
だけでも、揶揄したり嫌味を言ったりする国ですよ。
俺は揶揄したり嫌味を言ったりしない。
>「画一主義」、「運命共同体」的な発想は、日本人の本質です。
俺はそんな発想ではない。画一、運命共同は無理。
21:2010/03/04(木) 00:40:40 ID:0spwhrX8
ベンジャミン・フルフォードの著書、「暴かれた闇の支配者」リンクによると、
戦後の日本で、GHQは、学校教育において日本人を次のように仕立て上げるべく洗脳プログラムを組んだそうだ。
アメリカの教育プログラムは戦後一貫した意図を持っている。日本をアメリカの“奴隷”にし続けておくことである。
冷戦期は“反共の砦”として活用するため、今は個人資産1500兆円という世界史上誰も手にしたことのない大金を貢がせるためだ。
文句は一切言わせず、むしろ喜んで、進んで貢ぐようにする。
かつて日本の教育改革を担当したGHQの役人は、こう豪語したそうだ。
「日本の教育を変えて、今後は天才が出ないようにします」
戦後、彼らが押し付けてきた教育プログラムの要点は次のようなものである。
第1に、白人に対する徹底的な劣等感を植え付けること
第2に、アメリカは素晴らしい国だと信じ込ませること
第3に、自分独自の意見を作らせないこと
第4に、討論や議論を学ばないこと
第5に、受身のパーソナリティを作ること
第6に、一生懸命に仕事させること
第7に、目立つ人の足を引っ張ること(リンクより)
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日本の戦後の歴史を見ると、この教育はどうやら功を奏したと言わざるを得ない。
実はこれは、イギリスの植民地だったインドで実践させた「奴隷教育」と同じだそうだ。
日本人は、いい加減にこの洗脳を打ち破らなくてはならない。
31:2010/03/04(木) 00:46:58 ID:0spwhrX8
○何かおかしい?日本の教育・社会
 阪急神戸線に乗っていると、夜9時から10時頃でも塾帰りの小学生の姿が多く見られます。
我々が野山を駆け回ったり、空き地で野球をしていた頃の子供たちです。ひどい場合には日曜日に2食分の弁当を持って塾に出かけるそうです。
そこまで勉強していったい何が得られるのでしょうか?良い学歴でしょうか?それが社会にでて役立つということでしょうか?
だとするとなぜ大学をでてまで就職の出来ない人がいるのでしょうか?日本のサラリーマンは遅くまでよく働きます。
公称の労働時間は約2100時間といわれています。ドイツは1400,デンマークは1500時間です。
これだけ働いて何を得ているのでしょうか?家一軒も買えない場合が多い。
これが当然なのでしょうか?何かおかしくないですか。何となくおかしいと思っているが、皆そうだから流されてしまうのでしょうか?
日本の外にでると、これは異常だということがよくわかります。
○デンマークの豊かな環境
 私は家族とともに2年間デンマークに住み、北欧企業を相手に仕事(コンサルティング)をしていました。
そして日本との違いに驚きの連続でした。
まずは自然に囲まれた豊かな生活。コペンハーゲンの都心から電車で 15分も行けば、森や湖に囲まれた美しい町並み。
普通に働けば土地が何百坪もある広い一戸建てが誰でも手に入ります。
○デンマークの豊かな生活
 デンマークには受験戦争も塾もありません。皆が自然とふれあいながら 伸び伸びと生活しています。仕事の面でもほとんどの人は午前8時から午後4時で仕事を終え、その後は家族とのんびり過ごしたり、日の長い夏は外やサッカー、コンサートに出かけたりします。
ゴルフのラウンドも出来ます。 夏休みはたっぷり1ヶ月とります。
だからといって日本に比べて仕事の面で劣っていると言うことは全くありません。デンマークは日本に対して貿易黒字です。
また、一緒に仕事をした人々も大変優秀で、特に英語でも自国語でもその高いコミュニケーション能力には目を見張りました。
議論も上手で結論が早くでるので、仕事も速く終わるのです。
 なぜ、こんなにも違うのか不思議に思い、いろいろ尋ねてみたところ、子供の頃の教育に原因があることが分かってきました。
41:2010/03/04(木) 00:48:56 ID:0spwhrX8
○デンマークの教育
 デンマークでは子供の頃から、一人一人が自分の意見を持ち、それを表現すること、また、人の意見を尊重することを学びます。
また議論をぶつけ合った上で、みんなで決めたことにはきちんと従います。こういったことが日常の学校の授業で行われているのです。
学校のシステムも大変柔軟です。学校を自由に選択出来るし、誰でも自由に学校が作れる。またその学校に対して公的補助が与えられます。
これにより、幅広い学校の選択肢があります。例えば校舎がなく、毎日アウトドアで過ごす学校もあります。
子供は多様な選択肢の中から自分にあった教育を選ぶことが出来ます。また、中学3年の頃、高校3年の頃には、知育をせず、
旅行などをして自分を見つめ直す、モラトリアム的な期間を過ごすことも選択できます。高卒で就職し、
経験を積んだ上で大学に行くことも多いです。要するに決まり切ったパターンがあるわけでなく、
自分の興味に応じた教育を受けることが出来るわけです。私の娘もデンマークでモンテッソーリ教育を受けましたが、
少人数のこじんまりした学校で、一人一人の個性を尊重し、能力を伸ばしてくれる教育は初めての経験であり、大変感動しました。
51:2010/03/04(木) 00:52:54 ID:0spwhrX8
○私自身の学習経験
自分自身、子供ころに学んだことで今役に立っていることを振り返ってみると、学校で学んだことで残っているものはほとんどないと感じます。むしろ自分自身で興味をもって本を読んだり、問題を解いたり、ものを作ったりして学んだことの方がよほど残っています。
学んだといえば、就職したマッキンゼーでは、社会で基本的な力と思われる、問題解決力、コミュニケーション力、マネジメントを学びました。
私は物理学者を目指していたのですが、このような力を身につけてから学問をやればかもっとうまくいったと思います。
日本の学校ではこのような力をつけるための系統的なアプローチは全くなく、多くの先端研究分野ではアメリカに歯立ちません。
産業の分野でも、成長分野の主導権はほとんどアメリカが握っています。
○思考のレベルと教育
ブルームの思考レベルに当てはめて考えると、なぜ日本の教育が社会で役に立たないかが説明できます。
学校で学ぶのは知識中心、すなわち最も低次のレベルのです。せいぜい数学等で理解力応用力が少し試される程度。
社会で必要なのはより高次の分析、統合、そしてこれらに基づいて最終的に自分で判断、選択する力です。
○社会で活躍している人は子供のとき何をしていたか
仕事柄、大変多くの人と出会います。日本の社会で生き生きと活躍している人に子供のころどんな生活をしていたか聞いてみるようにしています。その結果、はっきりと次のような特徴があることがわかりました。
自然とのふれあいが多い。
自分で興味を持ったことにかなり徹底的に打ち込んでいる。とくに何かものづくりをしていた人が多い。
興味を持ったことに打ち込むことを親がじゃましていない。むしろ必要なものを買ってあげたりして、助けている。
学歴は全く関係ない。受験勉強のために自分の好きなことを犠牲にしていない。学歴の良さは、ペーパーテストで高得点をとる能力をみるだけで、社会で活躍できるかどうかは別問題です。
活躍される方々は、子供の頃から自然とのふれあい、創造活動を通じ、自分なりの試行錯誤通じて、統合力・判断力を身につけているようです。
61:2010/03/04(木) 00:55:11 ID:0spwhrX8
○日本の教育は21世紀には通用しない
多くの識者の方々も、日本の教育に危機感を抱いておられます。
先日のテレビ番組でも、情報化時代に向けた日本の教育の遅れが指摘されていました。
例えば、大前研一さんは、日本の教育は西洋のまねをして追いつくための、高度成長時代の教育であり、
これからは、孫さんや西さんのような日本社会でははちゃめちゃと思われる人が多数生み出されるような教育にしていかないといけない。
その取り組みが数年も遅れていることを指摘されました。
大前さんはラーンネットの推薦者になって頂くなど、何かと応援していただいています。
○情報革命が起こっている
教育が変革を求められているのは実は日本だけではありません。今世界的に起こっている情報革命により、
学び方の根本的な変化が起ころうとしています。
我々が育った時代のコミュニケーションは一方通行がほとんどでした。すなわち、教科書、先生、
テレビ等から受ける情報を一方的に受け入れていました。ところが今はインターネットなど双方向型メディアの発達により、
誰もが主体的に双方向に情報を発信、入手出来るようになってしまいました。
この情報の波を先生やテレビがコントロールする事はもはや不可能です。
今教育に必要なことは、情報洪水の中を生き抜く知恵を付けることです。すなわち、知識を記憶することよりも、何が必要な情報かを見抜き、
主体的に情報を集め、分析し、課題に対する結論を導き出す力を身につけることです。
71:2010/03/04(木) 00:56:01 ID:0spwhrX8
○21世紀は今の子供が創り彩る
21世紀のネットワーク社会を創るのは誰でしょうか?それは我々大人ではなく、今の子供たちなのです。
情報社会を駆けめぐる情報の中身をデザインし、社会を彩るのも今の子供たちなのです。
今学校で教科書で教えられていることのほとんどは21世紀には陳腐化してしまうでしょう。
学習の仕方も大きな変革に迫られています。これまでは何を学ぶべきかを中央(学校なら文部省、企業なら本社)で企画し、
教科書・マニュアルを作り、集合授業・研修を実施し、という進め方でした。今ではこれでは世の中の早い動きについていけず、
企業にとっても大きな悩みとなっています。
これからは個人がインターネットや社内ネットワーク、そしてもちろん実体験を通じて最新の情報を収集し、
自己学習が基本になっていくでしょう。
○子供はなぜ学ぶのか
パソコンを扱う子供と大人を観察すると学ぶということの意味が見えます。子供の方が早くマスターするのはなぜでしょう。
最大の違いは子供は失敗をおそれずになんでもやってみることです。大人はここをいじるとパソコンが壊れるのではとか、
間違っているのではないか、ということをおそれ、トライしてみるということが少ないです。
どうしてこうなってしまうのでしょうか?それは学校や、社会の中でXをつけられる苦しみを味わってきたからです。
権威のある人に“だめ”といわれたり“X”をつけられたとき学習はストップしてしまいます。
興味のあることに失敗をおそれずにとりくんでいるとき、学習はもっとも進みます。
ちなみに、デンマークでは中学3年までペーパーテストによる評価をせず、一人一人がのびのびと自己表現することが奨励されます。
81:2010/03/04(木) 00:59:31 ID:0spwhrX8
http://www.l-net.com/tshp/essay03.htm続きはこちらで
よく私たちは「誤解された」といって憤慨することがありますが、
そのような人は自分の考えをはっきりと発言しているのでしょうか。 
自分の意見を明確に発言もしないで、誤解されたと憤慨するのは、
自分で一言も発言しないで「俺の考えていることを当てて見ろ」と言っているのと同じことではありませんか。
お互いに自分の意見をもっとはっきり言うべきだと思います。 
自己主張をするときに最も注意すべき点は、感情的にならないことです。 
感情的になったら、勝ち負けを争っていることになります。 
主張するときは冷静で、しかも論理的に話すことが求められます。 
自分の常識が相手にも通じる時代は終わったのです。 
自分と相手の常識は違うのです。 
よく言えば価値観が多様化してしまったのです。
91:2010/03/04(木) 01:00:07 ID:0spwhrX8
空気読め=同調圧力。
マナー違反ならマナー違反といえば良い。
「空気読め」が使われる状況は集団で何か論理的に説明のつかない
筋道の通らないくだらない行為をする場合がほとんど。
例えば全然熱くも無い「熱湯」に若手芸人を入れて熱がらないときに「空気読め」と言ったりね。
論理的に説得できないために「空気読め」で圧力をかける。
この「便利な言葉」が多用されると日本は自浄作用の効かない人治国家になってしまう。
実力のある芸人なら「空気読め」なんて言葉なんか使わなくても論理的な話術で笑わせることが出来るもんだ。
一般人は馬鹿な芸人が作った「空気読め」なんて言葉は使わずに何事も論理的に行動した方が良いよ。