南米を舞台にした愛と復讐の物語
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誰も知らないタナカと店長の恋愛話
1999年の夏、長沼寛人と山田陽介の二人は、大学の夏休みを利用して、南米大陸をヒッチハイク
で縦断するという冒険旅行に出かけた。
ふたりとも、高校の同級生で、大学は別々だったが、山田の方は大学でスペイン語を勉強していて、
長沼は将来ジャーナリストになりたいという夢に向かって勉強していた。
そんなふたりが今回、無謀ともいえる旅に両親の反対を押し切ってまで出発した理由は、
「20世紀最後の夏を有意義なものにしたい!」
ということと、数年前、某テレビ番組で無名のお笑い芸人コンビが同じ企画をやっていたのを見て、
「おれたちもやってみたい!」
と思ったことだった。
「どうせ大学を卒業して社会に出たら、こんなことも経験できないんだ。今のうちにいろんなことを体
験して、人生の幅を広げておきたいんだよ」
と長沼は旅行計画に大反対の両親を説き伏せ、
「帰ってきたら、バイトでも何でもして必ず返すからさあ・・・」
と粘って、OLとして働いている姉から旅行資金を借りた。
「ヤマさんとこはどうだった?」
成田からアメリカへ向かう飛行機の中で、山田に聞いてみると、
「うちはオヤジが単身赴任で滅多に家に帰ってこないしね。オヤジが知ったら猛反対するだろうけど、
うちはオカンが理解あってね。おかげでバイクも乗れたし、何でも好きにさせてくれるよ」
「いいなあ、ヤマさんとこは理解があって・・・」
長沼はうらやましそうに言った。
「うちのヨースケちゃんはね、親思いの優しい子でね、お勉強も出来るし、バイトも頑張るし、小さい頃
から全然手がかからなくって、本当にいい子なんですよお・・・」
高校の頃、山田の家に遊びに行ったとき、山田の母親が誇らしげに自慢するのを聞いたことがある。
「かわいい子には旅をさせよって、ね。旅行資金も出してくれたよ」
山田は天然パーマの頭をゴシゴシこすりながら言った。
「いいなあ、いいなあ、おれもヤマさんとこに生まれたかったなあ・・・」
つくづく長沼はそう思った。
長沼と山田は、アメリカ経由でまず、出発地となる南米最南端のチリへ向かった。
首都サンティアゴからさらに南のプエルトモントという町へ向かい、ここからヒッチハイクで南米を縦断
しようというのだ。
「いよいよだね、ヤマさん」
「いよいよだね、ナガヌマちゃん」
ふたりは段ボールの板にマジックで行き先を記して、道路脇に立った。
旅は順調に始まった。トラックや自家用車に乗せてもらい、夜は出来るだけ安い宿に泊まりながら、
ふたりはチリからボリビア、ペルー、エクアドルと国境を越えた。
ボリビアではアンデスの高地で酸素欠乏に苦しみ、ペルーのリマでは警官に「偽札を持ってるな」と
絡まれ、危うく金を取られそうになったり、エクアドルではヒッチハイクした車の運ちゃんがキチガイ
で、スピードを出しすぎ、山道でカーブを曲がりそこね、車ごと引っ繰り返ったりと、アクシデントの連
続だったが、スペイン語が話せる山田のおかげで、何とか切り抜けることが出来た。
「ヤマさんのおかげだよ。ここまで来れたのも」
「なんの。おれだってナガヌマちゃんがいなかったら、張り合いがなかったろうよ」
「次はコロンビアか・・・いよいよ旅も終盤に近付いたね」
「そうだね。もう一息だ。がんばろう」
エクアドルで事故ったとき、長沼はひじとひざを思いっきりぶつけ、山田は首を痛めたのかしきりに首
をさすっていた。
「ヤマさん大丈夫?」
「なんの。これくらい、どうってことないさ」
あちこちに擦り傷をこしらえ、持ってきたバンドエイドは使い果たしていたが、山田は強気に言った。
「この傷は、おれたちの勲章だよ。痛みも、いい思い出になるさ・・・」
「うおーっ!コロンビアだーっ!」
エクアドルとコロンビアの国境を、長沼は走って飛び越えた。
「コロンビアやばそうだね」
「なーに、日本が平和すぎるだけだよ」
「それもそうだね」
国境を越えてから、ふたりは、ヒッチハイクを始めた。
トラックが走ってきたので、ふたりは夢中で追いかけ、停めさせた。
「ボゴタまで行けるかい?」
「ボゴタには行かないよ。メデジンまでなら乗せてやってもいいよ」
「オーケー!」
ふたりは喜んで、乗せてもらった。
「お前たち、どこへ行くんだい?」
トラックの運転手は気さくに話しかけてきた。
「おれたち、日本から来たんだ。南米を縦断するんだよ、ヒッチハイクで」
「そりゃあ大変だなあ」
運転手は笑った。長沼は、運転席の日よけに挟まれたエロ本を見つけた。
「うおおおっ!こりゃすげえや!」
長沼は興奮して叫んだ。
「ヤマさん、これ見てみろよ!」
「おいおい、よせよ、そんなの」
山田は苦笑した。長沼が言った。
「おれ、ずーっと抜いてないんだ。今夜はこれで抜くぞ!」
「そんなこと言っちゃっていいのかよ?」
「日本語分かんないだろ」
「ゲラゲラ笑ってるところを見ると、分かってると思うぞ?」
「分かってくれるさ!そのくらい!」
トラックは舗装されていないデコボコの山道を走っていく。
と、急に停まった。
「ゲリラの検問だ!」
運転手が叫んだ。行く手を阻むように、武装したゲリラの兵士たちが立ちはだかっている。
「やべっ!これ隠さなきゃ!」
長沼は慌ててエロ本を元に戻した。
「なーに、平気さ。見つかっても」
山田は冷静だった。3人とも、トラックから降ろされた。
カラシニコフ小銃を持ったゲリラが、銃を向けて、訊いてくる。
「お前たちは何者だ?どこから来た?」
「おれたちは日本人だよ。ヒッチハイクで南米を縦断するんだ」
と山田が説明した。口ひげをたくわえたゲリラ兵は、うさん臭そうにジロジロ見ながら、
「日本人だと?」
「そうだよ。おれの名前はヤマダ。こっちはナガヌマ・・・」
「パスポートを見せろ」
ふたりは、言われたとおりにした。ゲリラが取り上げ、厳しい視線で見比べていたが、
「おい、ウーゴ!ちょっと来い!」
ひげのゲリラが、部下らしい兵士を呼びつけ、何事か命じた。トランシーバーでどこかへ報告する。
「一体、何を話し合ってるんだろう?」
「どうも、おれたちをどこかへ連れて行こうとしてるらしい」
山田がささやくように言った。長沼は急に不安になった。
「どこへ?おれたちをどうするつもりなんだ?」
「分からん・・・」
山田は首を振った。
やがて、不安は現実のものとなった。
ゲリラは運転手に帰るよう命じ、一方、長沼と山田に銃を向け、
「両手をあげろ!殺すぞ!」
と脅した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!おれたちが一体何をしたって言うんだ?」
長沼が抗議すると、
「うるさい!黙れ!黙らんと撃つぞ!」
ゲリラに銃口を押し付けられた。長沼は観念した。
トラックが走り出した。長沼は叫んだ。
「おい、待ってくれ!おれたちを置いていくのか?」
「無駄だよ、ナガヌマちゃん。騒がないほうがいい」
山田はどこまでも冷静だった。
「こっちに来い!歩け!逃げたら撃つぞ!」
ゲリラに引き立てられて、ふたりは歩き出した。
前も後ろも武装したゲリラ。辺りは人気のない山の中。逃走は諦めるしかなかった。
「どこまで行くんだ?」
かなりの時間、山を歩かされて、長沼は疲労を感じていた。
「黙れ!さっさと歩け!」
ひげのゲリラが、荒っぽく銃口で背中をつつく。
後ろから、山田もついてくる。それだけが、長沼の心の支えだった。
「ああ・・・これから、おれたちはどうなるんだろう?」
頭の中は不安で一杯だった。あれこれ考えながら歩いていて、転びそうになった。
どのくらい歩かされただろうか。
ようやく、ゲリラのキャンプらしいところにたどり着いたとき、ほとんど日が暮れていた。
「こっちだ!こっちに来い!もたもたするな!」
ゲリラに怒鳴りつけられ、クタクタになるまで歩かされてきた長沼と山田は、ゲリラの司令官らしい男
のいる小屋まで連れて行かれた。
「お前たちが日本人か?」
司令官は立派なひげをたくわえた、なかなかハンサムな男だった。
「そうだ。おれたちをどうするつもりだ?」
長沼は、あまり得意ではないスペイン語で、弱々しく尋ねた。
「お前たちには人質になってもらう」
と司令官。
「人質?冗談じゃない。何の目的だ?」
「お前たち日本人は金持ちだ。お前たちを人質にすれば、高く売れるだろう」
「身代金を取ろうって言うのか?うちはそんなに金なんか持ってないぞ」
「お前たちの家族に払わせるんじゃない。お前たちの国の政府に払わせるのだ」
「日本政府に身代金を要求するのか?おれたちのために、払うわけないじゃないか」
「いや、払うさ。日本政府は身代金を払う」
「どうして、そんなことが言えるんだ?」
「日本はアメリカと違って、人は出せない。金は出せるが人は出せない。金を出すしかないんだ」
その言葉に、長沼は怒りを感じながらも、認めざるを得ないと思った。
これがアメリカ政府なら、テロリストと交渉せず、すぐにでも特殊部隊を送り込み、人質の救出作戦を
するだろう。
しかし、日本政府にはそれが出来ない。
憲法で、海外への派兵を禁じているし、それ以前に、何でも金で解決してしまおうとするだろう。
テロリストたちは、そのことを知っているのだ。
アメリカ人よりも警戒心が薄く、しかも金持ちで、政府は弱腰なのだ。
「で、一体、いくら要求するつもりなんだ?」
山田が冷静に尋ねた。司令官は薄笑いを浮かべ、
「2億ドルだ。お前たち、ふたり合わせて2億。ひとりにつき1億だ」
「に、2億ドルだって?」
あまりの高さに、思わず長沼が叫んだ。
「そんな大金、おれたちのために、政府が払うわけないじゃないか!」
「払わせるさ。払うまでは解放しない。それだけのことだ」
「クソッ!」
長沼は絶望感に打ちのめされた。
こんなところに来たことを、今更ながら、後悔した。
親の反対を押し切ってまで、こんなことをしに来たのかと思うと、悔しくて涙が出た。
「さあ、こっちに来い!早くしろ!」
ゲリラ兵に引きずり出された。
連れて行かれたのは、豚小屋のような粗末な小屋だった。
山田とともに入れられると、外から鍵をかけられた。
どうにか立つことは出来るものの、動き回れないような狭さだ。
もちろん電気もなければ水道もない。
「おい!開けろ!おれたちをここから出せ!」
長沼は戸を叩いて叫んだ。
「無駄だよ、ナガヌマちゃん。じっとしておいたほうがいい・・・」
山田はいつでも冷静だった。
「くそっ・・・おれたち、これから、どうなるんだろう?」
「なるようにしかならないさ」
「2億ドルなんて、ふざけてる!払えるわけないよ!」
「まあ、奴らだって、本当にそれだけ取れるとは思ってないだろうね。これから交渉して、徐々に金額を引き下げていくはずだ。要求額の10分の1でも取れれば、満足するんじゃないかな?」
「それでも2千万ドルだよ。おれたちのために、本当に政府が20億円も出すと思う?」
「政府は事なかれ主義だからね。払う可能性はあるね」
山田が冷静に分析した。
「ゲリラの目的は金だ。金が目的なら、おれたちを簡単には殺さないだろう」
「でも、もし政府が要求を拒否したら?」
「その時は殺すかもしれない。でも、ふたりなら、見せしめにどっちかひとりを殺して、脅すだろう」
その言葉に、長沼は戦慄した。
「どっちかって・・・まさか、おれが先じゃないよね?」
山田は笑った。
「ハハハ・・・そんなこと心配したって始まらないさ。今は生きることを考えなくちゃ」
長沼は、いつも冷静に事態を見極める山田に感心した。
「そうだね。さすがはヤマさん。おれと考えることが違うね」
「人間は、生まれてきた以上、いつかは死ぬ。だから、死ぬことは考えちゃダメなんだよ。そんなことは考えたってどうしようもない。まず、生きることを考えるんだ」
「生きることか・・・よし、生きよう。生きて日本に帰るんだ・・・」
長沼は自分に言い聞かせることにした。
夜が更けた。
長沼と山田は、疲れきっていたので、眠ることにした。
しかし、むき出しの地面に、ベッドもなければ、毛布一枚ない。
それでも我慢して、横になったが、壁の板と板の隙間から、やぶ蚊が入り込んでくる。
疲れた肉体から、容赦なく血を吸い取っていく。かゆみと音で、一睡もできない。
虫よけは持っていたが、所持品はすべて奪われてしまっていた。
そのうえ、猛烈な空腹が襲ってきた。拉致されてから、水一滴、与えられていないのだ。
「ヤマさん、起きてる?」
たまらずに、長沼が言った。
「起きてるよ」
「腹減ったね」
思わず腹が鳴った。この空腹を、どうにかしなければいけないと思った。
「何か食わしてくれるよう頼んでみようか?」
「ここはホテルじゃないんだ。頼んでもいいけど、ルームサービスは期待できそうにないね」
山田のジョークに、長沼も笑った。
「そうだね。ルームサービスの時間も終わっちゃったみたいだしね」
「とにかく、朝まで待とう。奴らだって、殺す気がないなら、何とかしてくれるだろう・・・」
「おやすみ、ヤマさん」
「おやすみ」
蚊や空腹と闘いながら、いつしか、長沼は睡魔にのみ込まれていった。
夜が明けた。
「起きろ!これから出発だ!」
ゲリラに叩き起こされた。
「どこへ行くんだ?」
ゲリラは答えない。
「早くしろ!殺されたいのか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!おれたちは、昨日から何も食べてないんだ!」
「それがどうした?」
「何か食わせてくれ!腹が減って死にそうだ!」
「死んだら、腹も減らないだろう?」
ゲリラはニヤニヤ笑いながら、銃を向けてきた。
「この野郎・・・」
長沼は怒りを抑え、ふらふらと立ち上がった。
3日間の旅が始まった。
長沼と山田は、ゲリラに履いていた靴まで奪われ、腕時計も外された。
逃げられないよう、裸足にさせたのだろう。
ゲリラに連れられて、ふたりは、山を下った。
昼になった。
空腹と疲労が重なり、限界だった。
めまいがした。吐き気も込み上げた。
ついに、長沼は動けなくなり、その場に倒れこんだ。
「おい!起きろ!死にたいのか!」
「もうダメだ・・・もう歩けない・・・」
ゲリラが言った。
「いいことを教えてやろう。この辺は毒グモや毒ヘビがウヨウヨしてるんだ。そんなところで寝ていると、噛み付かれてあの世へ行けるぞ。それがいいと言うなら、死ぬまでそこで寝ていろ」
「毒グモ?毒ヘビ?」
長沼は慌てて起き上がった。ゲリラがせせら笑った。
「ハハハッ!冗談だよ」
長沼は弱々しく歩き始めた。もう怒ったり考えたりする気力もなくなっていた。
どのくらい歩いただろうか。
気がつくと、どこかの村にいた。
ゲリラの支配下にあるのだろう。
銃を持ったゲリラが入ってきても、村人は怖がる様子もない。
ただ、見慣れない長沼と山田に、村人たちの視線が集まった。
「ここだ!お前たちは今夜、ここで寝るのだ!」
長沼と山田は、また家畜小屋のようなところに押し込まれた。
そこで初めて、食事らしい食事が与えられた。
アルミの皿に盛られたジャガイモのスープだった。
ふたりとも、夢中になってかき込んだ。ダシも何もない薄い塩味のスープだったが、あっという間に平らげてしまった。これだけではとても、空腹は満たせなかった。
「おかわりを要求しようか?」
「いや、空腹時にあんまりたくさん食べると、体に良くないんだ。これで我慢しておこう」
「そうだね。ヤマさんは偉いなあ。いつも理性が働いて。おれも見習わないとなあ」
食事が済むと、睡魔が襲ってきた。他にやることもないので、ふたりとも眠った。
夜明けとともに、ゲリラに叩き起こされ、村を後にした。
自分たちがどこにいるのか、どこへ連れて行かれようとしているのか、まったく知らないし、教えてくれるわけもなかった。
ただ、山を下っていくにつれて、湿度と気温も上がり、じめじめと蒸し暑くなってきた。
そこはもう、コロンビア政府の支配も及ばない、南部の広大なジャングル地帯だ。
政府軍と何十年も戦争を続ける共産ゲリラ・コロンビア革命軍(FARC)の本拠地である。
キャンプを転々とし、4日目に、ふたりは、FARCの基地にたどり着いた。
長い長い人質生活の始まりだった。
長沼と山田は、同じ小屋に監禁された。
ここも立って歩けないくらい狭くて、むき出しの地面にそのまま寝かされた。
「ここはもう、人間の住める場所じゃないな・・・」
と長沼は思った。
まるで家畜のような扱いである。
「奴ら、人質をモノとしか見てないんだろうね。いくらでも取り替えのきくモノでしかない」
と山田。
食事は与えられたが、来る日も来る日も薄いスープばかり。
たまにパンと肉が与えられたが、どっちもかたくて、とても食えたものではなかった。
「あいつら、もう政府に要求はしたのかな?おれたちのこと、日本でニュースになってるかな?」
「さあ、どうだろうね。テレビも新聞もラジオもないしなあ」
「日本じゃ今ごろ、みんな心配してるだろうなあ・・・」
長沼は、日本の家族のことを思い出して、泣きたくなってきた。
日本にいれば、クーラーのきいた涼しい部屋で、よく冷えたビールを飲める。
そうした平和な暮らしを捨てて、わざわざこんなところまで来たことに、一体何の価値があるのか?
「ああ、おれはバカだった・・・父さん母さんを怒らせて、姉さんから金を借りてまで、こんなところに来るんじゃなかった・・・本当におれはバカだ。ヤマさんまで巻き込んで・・・」
今回の旅行を計画したのは、長沼である。
こうなったのは、すべて自分の責任だと思った。
「ヤマさん、ホントにごめん。こんなことになったのも、おれの責任だよ」
「いいって。気にするな。それよりも、何とかして、ここから帰ることを考えよう」
「そうだね。ホント、ヤマさんはいい奴だよ。おれは幸せものだ・・・」
長沼はあふれてくる涙を止めることができなかった。
1週間たった。
「出ろ。こっちに来い」
ふたりとも、連れ出された。
連れていかれた小屋には、ビデオカメラが置かれていた。
「そこで演技しろ。命乞いをするんだ」
ひげを生やしたゲリラの司令官が命じた。
「金を払わなければ殺されます、と言え」
ふたりは、カメラの前で、同じことを言わされた。
「小渕さん、彼らは身代金として、2億ドルを要求しています。払わなければ、僕たちを殺すと言っています。お願いです。僕たちを助けてください。お願いします・・・」
「感情が足りん。もっと感情を込めて言え」
「お願いです!小渕さん!僕たちを助けてください!お願いです!まだ死にたくありません!」
「まあ、いいだろう・・・」
テープは日本大使館に送りつけるらしい。
果たして、日本政府は要求をのむだろうか?
「難しいね。何といっても高すぎる」
「これから値切り交渉が始まるわけか。どのくらいかかるんだろう?」
「分からないけど、何年もかかるんじゃないかな?」
「何年も?これから何年もこんなところに閉じ込められるのか?」
ウソだろ、と長沼は思った。解放までに何年もかかると思うと、げんなりしてしまった。
拉致されてから、1ヵ月たった。
政府との交渉は、どのくらい進んでいるのか。
狭い小屋に監禁され、空腹を抱えながら、じっと解放を待つしかないのだ。
「ああ、体がかゆいなあ・・・」
もうずっと風呂に入っていない。
髪もひげも伸び放題だ。
「せめて、水浴びぐらいできないもんかなあ・・・」
「交渉してみようか?」
スペイン語の堪能な山田が、見張りのゲリラ兵と交渉してくれた。
「おれに言ってもダメだ。司令官に言え」
「司令官に取り次いでくれ」
数日後、ようやく、水浴びが許された。
久しぶりに小屋から出されると、太陽がまぶしかった。
近くを流れる小川まで連れて行かれた。
「うほーっ!つめてえーっ!気持ちいいぞおーっ!」
長沼は服のまま川に飛び込んだ。
冷たい川の水が、心地よく肌にしみた。
体を洗い、服も洗濯した。
「ヤマさん、やせたね」
「ナガヌマちゃんも。ろくなもの食ってないからなあ・・・」
お互いに裸体を眺めながら、肉の落ちた腕をさすった。
「なあ、着替えは?」
パンツ一枚になって、着ていたものを洗濯してから、長沼が言った。
「着替え?そんなものない」
とゲリラ兵。
「やれやれ、着替えもないのかよ・・・」
仕方なく、濡れたままの服を着る。
「毎日、体を洗って、着替えもしてるおれたちって、ものすごくゼイタクなのかもな・・・」
と思った。
その夜。
「ねえ、あの女の子、かわいくない?」
「誰?」
「ほら、おれたちが水浴びしてるとき、見張りの中にいたじゃん。あの娘だよ」
「ああ、あの娘ね」
「おれ、思わずチンコが起っちまったよ!」
長沼が興奮して言った。
「何て言うんだろうね?あの娘は」
「今度、名前聞いてみようか?ついでに電話番号も・・・」
「おいおい、ここは日本じゃないんだぜ」
「そうだったよな・・・ちくしょう、あんな娘と一発やりてーなー!」
「世界3C美人国というのがあってね、コスタリカ、コロンビア、チリの頭を取って3C。この国は確かに美人が多いね」
「おれ、ああいう娘と一発やれたら、ここで死んでもいいよ」
「ジャーナリストの夢はどうするんだ?」
「あきらめるよ」
「あきらめが早いな」
「ピチピチのコロンビア娘を連れて帰るよ」
「言うことがオヤジっぽいな」
「確かに・・・」
「ま、口説いてみるのもいいね。オーケーなら、日本に連れて帰れるかもよ?」
山田が慰めるように言った。
交渉は難航しているようだった。
ゲリラから、手紙を書くために、ノートが与えられた。
「日本の家族に書け。早く助けてくれと書くんだ」
家族を揺さぶって、政府に圧力をかけるつもりらしい。
長沼も山田も、夢中になって書いた。
「お前たちが生きていることを証明するんだ」
ふたりとも、新聞紙を持たされて、写真を撮られた。
その日付を見れば、少なくともその日までは、生きていたということになる。
手紙も送った。写真も送った。
だが、いつまで待っても、返事は来なかった。
ふたりとも、正気を失うまいと、努力していた。
毎日、死ぬほどヒマなのだ。
とにかく何かをしていないと気が狂いそうだった。
与えられた子ども用のノートに日記をつける。
ふたりでしりとりをする。
そうして時間をつぶしながら、ひたすら解放を待ち続けた。
「本当におれたちは、ここから生きて帰れるのだろうか・・・」
なるべく考えたくないことだったが、考えずにはいられなかった。
「日本政府は、おれたちを見殺しにしたんじゃないよね?」
「それはないだろう。あらゆる手段を尽くしているはずだ」
「交渉が失敗したら?救出に来てくれるかな?」
「どうかな?自衛隊を送るのは無理だし、現地の政府に頼むといってもなあ・・・」
中南米のような国で、軍や警察はまったくアテにならない。
腐敗しきっているし、内部に協力者がいないとも限らないのだ。
情報は筒抜けだろうし、救出部隊が来る前にバレて殺されてしまうだろう。
「それに、こんなジャングルの中だ。おれたちが、どこにいるのかも分からないだろうよ・・・」
逃げることも考えたが、たとえうまく逃げられたとしても、ここがどこなのか分からない。
ジャングルの中に迷い込み、飢え死にするだけだろうと思った。
数ヵ月たった。
この間、長沼と山田は、ジャングルの中の基地を何度か移動した。
扱いは変わらず、粗末な食事と厳しい監視の中、ふたりは互いに支えあって生きていた。
「日本は今ごろ、クリスマスだね。みんな平和に浮かれてるんだろうなあ」
「去年の今ごろは、おれたちも、カラオケで飲んで歌って、酔っ払って、夜通しはしゃいでたね」
「みんな、おれたちのこと心配してるだろうなあ」
「ナガヌマちゃんは、日本に帰ったら、何をしたい?」
「そうだね・・・温泉に行って、それから、冷たいビールを飲みたいね」
「ハハハ、言えてるね」
「ヤマさんは?」
「おれは、まずラーメンを食べたいね。しょう油ラーメンを腹一杯食いたいな」
「ああ、いいねえ・・・ラーメン食いたいなあ・・・」
長い間、忘れていた日本の食べものが、脳裏に浮かんだ。
ラーメン、カツ丼、カレーライス、オムライス、焼きそば、お好み焼き、すき焼き、天ぷら・・・。
ここに来てからは、かたい肉とジャガイモとスープしか口にしていない。
思わずよだれを垂らし、腹の虫が鳴った。
「日本政府は冷たいな。お前たちのために金を払う考えはないらしい」
とゲリラの司令官。
「そんな・・・」
「50万ドルなら払えると言っている。つまり、ひとりにつき25万ドルだ」
「たったの25万ドル?」
それを知って、長沼は失望した。自分たちには、もっと価値があると思っていたからだ。
「ヤマさん、おれたちは本当に帰れるだろうか?」
「ナガヌマちゃんらしくもないな。ここの娘を連れて帰るんじゃなかったのかい?」
「だけど、交渉は難航してるみたいだし、救助隊も来そうにないし・・・」
「だが、おれたちはこうして、生きている。違うかい?」
「それは、そうだけど・・・」
「生きたくても生きられない人間もいる。それに比べりゃ、おれたちはずっとマシだよ」
「でも、ただ生きてるだけだ。いや、金のために、生かされてるだけだ。おれたちには自由がない」
長沼は、こんな生活が、この先ずっと何年も続くぐらいなら、いっそのこと死んでしまおうか、と何度も考えた。
しかし、自殺するにしても、ナイフやロープなど、そのための道具もないのだ。
「ああ・・・おれには死ぬ自由すらないのか・・・」
今日も日が暮れる。
今日はダメだった。だが明日は?その繰り返しだった。
半年たった。
待遇は悪くなるばかりだった。
ジャングルの中の収容所みたいなところに移された。
そこでは、たくさんの人質が監禁されていた。
ゲリラとの戦闘で捕虜になった軍人や警官、身代金目的で誘拐された市民、外国人だった。
日本人は長沼と山田の2人だけだった。
ふたりは、それらの人質とともに、周りを柵で囲っただけの場所に押し込まれた。
屋根もないから、陽にあぶられ、雨に打たれながら、生きていくしかないのだ。
食事もひどかった。
腐りかけた肉や野菜、カビだらけのパン。
それでも食うしかなかった。
病気にもならなかったのは、肉体が限界まで耐えて、もはやいかなる病原菌の繁殖も許さない免疫ができていたからかもしれない。
ふたりは、耐えた。
他の人質たちと話をすると、中には7年も監禁されているというツワモノもいた。
「7年に比べたら、おれたちなんて、まだまだハナタレ小僧もいいとこだね・・・」
1年たった。
長沼も山田も、見違えるような姿になっていた。
長沼は色白で、女性的な顔立ちだったのだが、顔は日焼けし、頬骨が浮き出て、まるで博物館に展示されている原始人のようだ。
山田も顔がひげに埋もれ、動物園のヒグマを見ているようだ。
「もう1年か・・・早いもんだなあ。おれもひとつ、年をとったわけだ」
「なんだかんだ言って、こんなところでも、1年も生きてきたんだ。案外、人間ってのはしぶといもんだねえ」
「おれたち、あと何年、生きられるかなあ?」
「だからさ、ナガヌマちゃん、言ったろ?人間、いつかは死ぬ。黙ってても死ぬんだ。だから、死ぬことなんか考えちゃダメなんだよ。無意味なんだよ。生きることだけ考えなきゃあ」
長沼は、いつも山田の言葉に勇気付けられてきた。
もしも山田がいなかったら、とっくに絶望して、発狂していたかもしれない。
「そうだね。ヤマさんの言うとおりだよ。おれ、いい友だちをもってホント、良かったよ」
「日本に帰ったら、ふたりで温泉に行って、冷たいビールを飲もう」
「ラーメンも食おう。カツ丼も食おう。約束だよ」
「ああ、約束だ」
1年半たった。
この間、何人もの人質が解放されていった。
「政府とゲリラの和平交渉が進んでいるらしい。うまくいけば、おれたちも解放されるかも・・・」
と期待を寄せたが、長沼と山田は、経済大国・日本を代表する人質なのだ。
あくまでも、巨額の身代金奪取を目的とするゲリラにとって、そう簡単に手放せるわけがなかった。
2年たった。
テレビも新聞もラジオもないから、長沼も山田も、日本で、世界で、何が起きているのか、まったく知らずに過ごしてきた。
「交渉はどのくらい進んでいるのだろう・・・」
ゲリラに訊いても、答えてくれなかった。
もっとも、上層部しか知らされていないのだろう。
ある日、ふたりは呼び出された。
ビデオカメラの前で、また演技をしろ、というのだ。
渡された原稿に目を通すと、
「小泉さん、僕たちは2年も監禁されたままです。早く助けてください。お願いします・・・」
とある。
「小泉さん?小泉さんって誰?小渕さんは?辞めたの?」
ふたりとも、小渕が死んで、森、そして小泉へと政権が変わったことなど、知らなかったのだ。
「そういや、もう2年も、テレビ見てないんだよなあ・・・」
ある夜、長沼がポツリとつぶやいた。
「2年も布団で寝てないし、音楽も聴いてないし、テレビゲームもしてないんだよなあ・・・」
「カラオケも行ってないし、バイトもしてないし、合コンもしてないよなあ・・・」
隣で、山田もつぶやくように言った。
「おれたち、このまま日本に帰ったら、家族もビックリするだろうね」
「ハハハ・・・別人だと思うだろうね」
「家に帰る前に、髪を切って、ひげを剃ったほうがいいね」
「行きつけの店でも、おれたちだとは気付かないだろうね」
「マスコミが押し寄せるだろうね。ちゃんと、記者会見で何をしゃべるか決めておかないとなあ」
「おれ、ここでの体験談を本に書いて売ろうと思うんだ」
「いいねえ。ベストセラー間違いなしだよ」
「ナガヌマちゃんが書いたら?」
「どうして?」
「ジャーナリスト志望だろ?」
「そうだったね」
「それに、印税が入ってきたら、お姉さんから借りた金も返せるだろ?」
「なるほど、そっか。さすがはヤマさん、頭いい!」
「テレビや新聞の取材が殺到するだろうから、マスコミ関係にコネもできるしさあ」
「そこまで考えてたとは・・・やっぱ、ヤマさんはいい奴だ」
まだ解放されると決まったわけでもないのに、ふたりで、解放後の話に夢中になった。
生きることに、これほど夢中になったこともなかった。
毒虫や毒ヘビがウヨウヨしているジャングルでの生活だ。
日本では見たこともない大きなアリに噛まれると死ぬほど痛いし腫れる。
黒アリより、赤アリのほうがヤバイということも知った。
耳の穴に入ってくるので、寝るときは指で耳に栓をした。
タランチュラに刺された人質もいた。
こいつにやられると、全身に毒が回り、何日も苦しみもがいて死ぬことになる。
薬もないし、治療もできない。
見かねたゲリラが、苦しまないよう銃で撃ち殺すのを見た。
こんな環境に長くいると、もう人が死んでも、悲しいとか、怒りを感じることもなくなっていた。
「これって、やっぱ異常なのかなあ?それとも、精神が鍛えられたってことになるのかなあ?」
日本にいたときは、生きることについて、真剣に考えたこともなかった。
ただなんとなく生きて、面白そうなことをやっていただけだ。
日本が平和すぎるのかもしれない。
「富めるものから取るのは当たり前だ」
というゲリラの価値観も知った。
明らかに善悪の判断基準の異なる世界が、厳然と存在する事実を突きつけられた気持ちだった。
2年半たった。
政府とゲリラの和平交渉が決裂したらしい。
政府軍の飛行機の爆音が響いてくる。
コカイン畑に毒薬を散布しているのだ。
政府の支配も及ばない農村では、貧しい農民が生きていくためにコカの木を育て、麻薬の原料となるコカインベースを作り、それを麻薬商人に売って、わずかな生活の糧を得ている。
食っていくためには仕方のないことだ、とゲリラは言う。
ゲリラは農民のコカ栽培を認め、それに課税することで、莫大な軍資金を得ている。
コカインで打撃をこうむるのは海を渡ったアメリカだから、コロンビアの貧しい農民には貴重な収入源となるだけで、むしろコカインを欲しがるアメリカ人の側に問題があるのだが、
「コカを根こそぎ枯らしてしまえ!」
という短絡的な発想で、米軍に後押しされたコロンビア政府軍が、ベトナム戦争でも使われたような猛毒の枯葉剤を低空から撒き散らし、コカだけではなく、他の作物まで枯らしてしまう。
そのことに、ゲリラたちは怒っていた。
「ゲリラたちにも、それなりに言い分があるんだな・・・」
長沼は、自分たちを監禁し、ひどい扱いをしてきたゲリラにも、ほんの少しだけ、同情する気持ちになった。
「ナガヌマちゃん、いけないよ。ストックホルム症候群ってやつだ」
と山田が忠告する。
「犯人側に感情移入するのは禁物だ。なんと言っても、奴らは犯罪者なんだからね。どういう事情があろうと、誘拐や麻薬や殺人が許されるわけないじゃないか」
「それは、そうだけど・・・」
「おれは、奴らと友だちになるつもりはないし、敵になるつもりもない。距離を置くことだね」
山田の言うとおりだと思った。
甘い考えは捨てなければいけないと思った。
しかし、心のどこかで、敵にも愛されたいという気持ちがあったのは、否めなかった。
アメリカのコカ撲滅作戦に怒ったゲリラは、除草剤を散布していた飛行機を撃墜した。
そして、乗っていたCIA(米中央情報局)のエージェントを人質にしたのである。
それから数週間後。
長沼と山田は、ジャングルの人質収容所にいた。
そこに米軍の特殊部隊がやってきたのである。
突然、爆発音とともに煙が上がった。
同時に激しい銃撃戦が始まった。
「きっと、おれたちを助けに来てくれたんだ!」
と思った。
他の人質たちとともに事の成り行きを見守っていると、
「我々はデルタ・フォースだ!諸君を救出に来た!」
顔を迷彩色に塗った兵士がやってきて言った。
「うおーっ!やっと国に帰れるぞおっ!」
長沼たちは飛び上がって喜んだ。
特殊部隊の隊員が慣れた手つきで、人質を囲む有刺鉄線をナイフで切り始めた。
「ヤマさん、やったね!おれたち助かるよ!」
「ああ、苦労したかいがあったよ」
長沼も山田も、これで日本に帰れると思った。
が、次の瞬間、隊員が撃たれ、頭から血しぶきを吹き上げた。
「あああっ!」
ゲリラ兵が人質めがけ機関銃を乱射し始めた。
「うわあーっ!よせえーっ!やめろおーっ!」
丸腰の人質たちに容赦なく銃弾が浴びせられる。
人質たちが次々になぎ倒されていく。
長沼と山田はとっさに伏せて、人質の死体の間に隠れた。
銃撃戦は続いていた。
人質の奪還に失敗したと悟って、
「撤収だ!撤収しろ!」
特殊部隊はジャングルに引き揚げてしまった。
戦闘が終わった。
辺り一面、硝煙と濃い血の匂いが漂っている。
銃声が止んだのち、長沼と山田は、恐る恐る死体の中から這い出した。
「あれえ?特殊部隊はどこへ行っちゃったんだ?」
「どうやら、作戦に失敗したらしいな」
「冗談じゃねえよ!人質を置いて逃げちまったのか?」
長沼は絶望のどん底に突き落とされた。
米軍の目的は、一緒に監禁されていたCIAエージェントの奪還だったらしい。
そのエージェントは撃たれて死んでいた。
長沼を含む他の人質はどうでもよかったのだろう。
「チクショー!おれたちを見殺しにしやがって!」
結局、人質で生き残ったのは、長沼と山田だけだった。
「何をしてる!もたもたするな!さっさと働け!」
ゲリラ兵は怒り狂っていた。
人質だけでなく、大勢の仲間たちを殺されたのだ。
かろうじて助かった長沼と山田にも、つらい仕事が待っていた。
ゲリラ兵の命令で、死体の処理をやらされたのである。
スコップを持ち、深い穴を掘り、死体を運んで埋める。
「アメリカのブタ野郎!」
ゲリラ兵は米兵の死体に唾を吐きかけ、機関銃でメッタ撃ちにしていた。
自分たちは殺されなかっただけマシだが、アメリカの次に日本が憎まれるのは必至だ。
「なんだっておれたちが、こんな目に遭わなきゃならないんだ?」
山田と死体を運びながら、長沼がぼやいた。
「さあね。これも運命なら、仕方ないさ。あきらめるしかない」
山田は淡々と言った。
「運命?運命って誰が決めるんだ?神か?」
「たぶんね。生まれたときから決まってるんだろうよ」
「神なんて糞喰らえだ!おれは神と運命を呪うぞ!」
悔しくて涙が出た。
血と汗と泥にまみれながら、ふたりは、黙々と死体を運び、穴に埋めた。
その後、長沼と山田は、別のキャンプへ移された。
待遇はさらに悪くなった。
手足を鎖でつながれ、鳥小屋のようなところに押し込まれた。
食事も減らされ、やせ衰えた体はさらに痩せた。
栄養失調なのだろう。
肌はザラザラになり、白い粉のようなものが吹き出した。
「こんなところで生かされるくらいなら、いっそのこと、一思いに殺されたほうがマシだ・・・」
と思った。
数日後。
ふたりは呼び出された。
小屋の中にビデオカメラが置かれている。
「また、おれたちに演技をさせようって言うのか?」
長沼はバカバカしいと思った。
「無駄だよ。政府はおれたちのために金なんて払う気はないんだ」
自嘲的に長沼が言った。
すると、ゲリラの司令官がピストルを抜いて、こう言い放った。
「人質はひとりで十分だ。ふたりもいらん。どっちが先に死にたいか言え」
41 :
名無しさんの主張:2006/03/15(水) 21:47:12
すごいぞ! タナカカズヒコ
書籍化決定
とうとう殺されるのだ。
あれほど死にたいと思っていた長沼だが、殺されると知って、
「う、ウソだろ!頼む!おれは死にたくない!助けてくれ!」
自分でも情けないくらい、体が震えてきて、
「頼む!なんでもするから、命だけは助けてくれえ!」
その場で命乞いを始めた。
人間、いざ死に直面すると、こうも生に執着するものなのか。
生存本能がそうさせたのかもしれない。
「お願いだ!殺さないでくれ!お願いだ!」
長沼は拝むように言った。
「無駄だよ、ナガヌマちゃん。どうせこいつら、おれたちを生かしておく気なんてないんだ」
いつも冷静な山田。
「金だけ取って、用がなくなったら、おれたちを殺すつもりだ」
「そ、そんな!金を払えば解放するって言ってたじゃないか!」
「おれたちを生きて帰せば、組織の内情とか、知られたくないことを知られてしまう」
「それで殺すって言うのか?!」
長沼は裏切られたような気持ちになった。
「それじゃあ、ヤマさん、最初からそのことを知ってて、おれをだましていたのか?」
「だますつもりはなかった。ただ、言えばナガヌマちゃんがビビると思って、黙ってただけだ」
「ひ、ひどいよヤマさん!さんざん希望を持たせておいて、最後はこれかよ!」
「おれだって、生きたいさ。生きて日本に帰りたいさ。だが、おれにどうしろって言うんだ?」
「こんなことになると分かっていたら、ふたりで協力して、逃げることだって出来たじゃないか!」
「逃げる?どこへ?地図も持ってないのにどこへ逃げる?何かいいプランでもあるのか?」
冷たく突き放されるような言い方をされて、長沼はムラムラと怒りがこみ上げてきた。
「最初からそのつもりだったんだな!卑怯だぞ!」
「卑怯?おれは卑怯なマネをした覚えはないが?」
「おれの気持ちをもてあそんでいたんだろう!」
「そんなことをして、おれに一体何のメリットがある?」
「チクショー!あんた鬼だ!見そこなったぜ!」
長沼は悔しくて涙があふれた。
「ヤマさん、ヤマさん」と慕っていた自分が悔しかった。
苦楽を分かち合ったこの2年半は、一体なんだったのか。
「よーし、分かった!ケンカはやめろ!そこまでだ!」
さえぎるように司令官が言った。
「ケンカの続きは、あの世でやってもらおう」
ピストルを向けられた。
「殺される!」
長沼は思わず目を閉じた。
銃声が轟いた。
震え上がったが、どこも痛くない。
恐る恐る目を開けると、
「ああっ!ヤマさん!」
長沼の目に飛び込んだのは、頭を撃ち抜かれて倒れた山田の姿だった。
「ヤマさん!ヤマさん!死んじゃイヤだ!目を覚ましてくれよお!ヤマさあん!」
長沼は泣きながら山田の死体を揺さぶった。
「チクショー!ヤマさんが何したって言うんだあ!お前ら人間じゃねえよ!なんでヤマさんを・・・」
長沼は山田の死体にすがりついて泣いた。
司令官がピストルをしまいながら、冷淡に言った。
「そいつはいつも冷静だった。何かをたくらんでいると思った。生かしておくのは危険だ」
長沼は満面を涙で濡らしながら、
「ヤマさあん!おれをひとりにしないでくれよお!一緒に帰ってラーメン食おうって約束したじゃんかよお!」
と泣き叫び続けた。
他の人質の死には、あまり心を動かされなかった長沼も、山田の死には慟哭した。
「友だちを葬ってやれ」
スコップを渡され、長沼は山田を埋葬するための穴を掘った。
山田の死体を横たえ、土をかぶせる。
土を盛り上げておいて、そこに木で作った十字架を立てた。
手を合わせて、長沼は山田の冥福を祈った。
「ヤマさん、疑ったりしてごめんよ。おれが悪かった」
長沼は土を握りしめた。
「一緒に日本に帰って、温泉に入って、冷たいビール飲みたかったよ・・・」
だが、これも山田が言うように、運命なのかもしれないと思った。
「ヤマさん、一緒にいて楽しかったよ。ヤマさんのことは絶対に忘れないよ」
長沼の脳裏に、山田の笑顔が浮かんだ。
「ヤマさん、来世でまた会おう・・・」
山田が死んでから、長沼は決意を固めた。
「おれは何としても生きて日本に帰るぞ!」
どんな困難が待ち受けていようとも、山田の分まで生きて、日本に帰ろうと誓った。
そして、出来ることならば、殺された山田の仇を討ってやろうと思った。
「おれは死んでやらないぞ!日本に帰るまでは死んでやらないぞ!」
長沼はひたすら耐えた。
いつの日か自由の身になることを信じて、ひたすら待ち続けることにした。
3ヵ月たった。
突然、長沼はゲリラ兵に連れられて、長い旅に出発した。
深いジャングルを歩き続けた。
大きな川をボートで渡った。
「どこへ行くんだろう?」
と思ったが、訊いても答えるわけがないので、黙っていた。
ジャングルを出て、頂に雪をかぶったアンデスへ向かっていることが分かった。
「暑いところから、今度は寒いところかよ・・・」
長沼はげんなりしてしまった。
山に入ると、長沼は「バターラ」というラバに乗せられた。
スペイン語で「戦闘」という意味だと知った。
アンデス山脈北部の標高3千メートルのゲリラ・キャンプまで3日かかった。
標高が高くなるにつれ、酸素も薄くなり、気温もぐんぐん下がった。
震えていると、ゲリラに同行していたインディオの男が、ポンチョのような着物を与えてくれた。
それに帽子をかぶると、地元のインディオと何ら変わらない姿かたちになった。
ほとんど垂直に近いような急な山道である。
地上がどんどん離れていくのを見ると、
「これでまた、解放が一段と遠のいてしまうな・・・」
と思い、心が重くなった。
だが、長沼は知らなかったが、この時、日本政府はひそかに身代金を払っていたのだ。
山田が殺された映像を送りつけられ、動揺したらしい。
ゲリラ側に支払われた身代金は100万ドル。
しかし、長沼は解放されなかった。
ゲリラ側はさらに、600万ドルを要求したからである。
待遇は相変わらずだった。
5ヵ所のキャンプを転々と移動しながら、狭い山小屋に閉じ込められた。
食事は粗末で、そのうえ寒さが加わった。
与えられた汚い毛布にくるまって寝ていると、
「これ、食べて・・・」
ゲリラの少女兵が、そっと、食べものを持ってきてくれた。
少女が持ってきてくれたのは、パンにチーズとソーセージを挟んだものだ。
「グラッシアス(ありがとう)」
長沼は礼を言って、夢中して食べた。
やわらかいパンだった。
チーズも塩気がきいている。
ソーセージの脂気も口の中でとろけた。
こんなにうまいものを食べたのは何年ぶりだろうか。
あっという間に食べ終えると、
「ヤマさんにも食べさせてやりたかった・・・」
と思い、涙があふれた。
「ありがとう。うまかったよ。君、名前は?」
見たところ、少女はまだ14,5歳のようである。
巻き毛を長く垂らし、大きく澄んだ瞳だ。
「あたし、オマイラ」
「オマイラか。いい名前だ」
「あたし、もう行かなきゃ。また持ってきてあげる」
「ありがとう・・・」
オマイラという少女ゲリラは、小走りに去っていった。
「あの娘、かわいかったなあ・・・」
どうやら恋をしてしまったらしい。
相手は自分を拉致・監禁したゲリラなのだ。
「感情移入は禁物だよ・・・」
という山田の忠告を思い出す。
「だが、彼女は違う。おれを助けてくれたんだ」
オマイラのことが頭から離れなくなった。
「彼女、おれに気があるんだよなあ・・・」
そうでなければ、人目を忍んで、こっそりパンを持ってきてくれるわけがない。
「かわいいな、あの娘・・・」
出来ることならば、日本に連れて帰りたいと思った。
次の日も、オマイラはパンを持ってきてくれた。
「ありがとう」
長沼がパンを食べ終えるまで、オマイラはじっと長沼を見つめている。
それに気付いて、
「君はどうしてここにいるんだ?」
と尋ねた。
「あたし、売られたの・・・」
オマイラがつぶやくように言った。
彼女の話では、家庭が貧しく、親がオマイラをゲリラに売ったのだという。
ゲリラは貧しい家庭から少年少女を買い取り、訓練して、兵力にしているのだ。
「つまり、君が望んでゲリラになったわけじゃないんだね?」
「あたし、お家に帰りたい。ママに会いたい・・・」
オマイラはホームシックになっているのだろう。
そのつぶらな瞳から涙があふれた。
「しかし、家に帰っても、君は受け入れてもらえない・・・」
哀れだ、と思った。
なんとかしてやりたい、と思った。
「オマイラ、君はぼくのことが好きか?」
思い切ってきいてみた。
「好きよ」
その返事を長沼は本心と受け取った。
「よし、オマイラ、ぼくと一緒に逃げよう。ここから逃げるんだ。自由になるんだよ」
「ダメよ、そんなこと・・・それに見つかったら、あたしたち、殺されてしまうわ」
オマイラはあまり乗り気ではなかった。
「頼む!君だけが頼りなんだ!君だって自由になりたいだろ?一緒に逃げよう!」
「そんなこと言われても・・・」
「約束する!ここから逃げられたら、君をお母さんのところへ帰してあげよう!」
長沼は逃げたい一心で思わず口走った。
「本当に?本当にママのところへ帰れるの?」
「ああ、約束だ!ふたりで逃げて、日本大使館に保護を求めるんだ!そうすれば、政府だって見殺しにしやしないさ!ぼくは日本に帰れるし、君は家に帰れる」
長沼は必死だった。
なんとかオマイラを説き伏せて、ここから逃げるしかないと思った。
もう拉致されてから3年になる。
ここでチャンスを逃がせば、自分は一生、祖国の土を踏めないだろうと思った。
「なあ、頼むよ!オマイラ!君はぼくが好きだろう?ぼくも君が好きだ!だから、こうして頼んでいるんだよ!お願いだ!ぼくをここから逃がしてくれ!」
長沼はオマイラの小さな手を握りしめた。
「分かった。もう少し待って。考えてみる・・・」
オマイラは煮え切らない様子で去っていった。
次の日も、オマイラはパンを持ってやってきた。
「オマイラ、ぼくの言ったことを考えてくれたかい?」
長沼は待ちきれずに訊いた。
「本当にママと会えるの?」
「約束だ!帰してあげるよ!」
「分かった。じゃあ今夜、ここから逃げましょう。山を下りる道は知ってるから」
「ありがとう、オマイラ!」
「その代わり、命がけよ。あたしたち、見つかったら殺されるわ」
「覚悟は出来ているさ!おれは、何としてもここから逃げるんだ!」
もしも失敗して殺されたとしても、その時は運命だとあきらめればよい。
ただ、何もせずに殺されるよりかは、よっぽどマシだと思った。
「生きよう!生きてここから出るぞ!そして、ヤマさんの仇を討つんだ!」
長沼は夜になるのを待った。
少しでも体を休めておこうと思い、横になったが、とても眠れるものではなかった。
夜になった。
オマイラがやってきて、小屋の扉のかんぬきを外した。
「さあ、逃げましょう。はぐれないよう、あたしについてきて・・・」
オマイラと手をつなぎ、外に出た。
その時であった。
「待て!」
暗がりから大声がして、長沼はギクッとなった。
現われたのは、ゲリラの司令官だった。
通称「カルロス」と呼ばれている男である。
「やっぱり、お前たち出来ていたんだな!どうも怪しいと思って、泳がせておいたのだ!」
万事休す、と思った。
「オマイラ!貴様、逃げてどこへ行くつもりだ?お前の親はお前を売ったんだぞ?たとえ実家に戻っても、お前に居場所などない。育ててやった恩を仇で返すとは、ふてえアマだ!」
「黙れ!オマイラはおれが連れて行く!お前の好きにはさせんぞ!」
長沼が怒りを込めて叫んだ。
「なに?この役立たずのろくでなしどもが!死ね!」
カルロスがピストルを抜いた。
「やめろ!」
次の瞬間、銃声が響いた。撃たれたのはカルロスだった。オマイラがカラシニコフで撃ったのだ。
「逃げましょう!早く!」
長沼とオマイラは必死に逃げた。
銃声を聞いて、ゲリラ兵が追ってきた。
「逃がすなあ!追ええっ!」
真っ暗な山道を転びそうになりながら下る。
銃声がうなる。
銃弾が飛ぶ。
ふたりは死に物狂いで逃げた。
どのくらい逃げただろうか。
次第に夜が明けてきた。
青白い夜明けの中、ふたりは息を切らしながら、走っていた。
「ここまで来れば、もう大丈夫よ」
追っ手は来ない。
ふたりは疲れきって、岩だらけの山腹に腰をおろした。
長沼は解放感に浸っていた。
酸素は薄いが、空気がうまかった。
山の風が、心地よく肌をなぶる。
「うまくいったなあ・・・やっと、自由の身になれたんだあ・・・」
オマイラが心配そうに言った。
「逃げられたけど、あたし、もう戻れない・・・」
司令官を射殺してしまったのだ。
ゲリラに捕まったら処刑されるだろう。
「大丈夫だよ。君のことは大使館が保護してくれる。国が動けば、奴らも手出しできないさ」
「あなたは、この国の本当の恐ろしさを知らないのよ・・・」
たとえ家に戻れても、ゲリラがシカーリオ(殺し屋)を差し向けるだろう、と言った。
「あたし、もう家にも戻れない・・・」
オマイラがシクシク泣き出した。
「泣くなって。君はぼくの命の恩人だ。どんなことがあっても、ぼくは君を守ってみせるさ」
「本当?」
「ああ、本当だ。この国がダメなら、君を日本に連れていってもいい」
「でも、あたし、日本語できない・・・」
「言葉なら、ぼくが教えるよ。日本はいいところだよ。平和で、豊かで、自由がある」
「あたしを日本に連れていってくれるの?」
「ああ、君が望むなら、一緒に日本に行こう」
「うれしい・・・」
オマイラが抱きついた。長沼も抱きしめてやった。
完全に夜が明けた。
「もっと遠くへ逃げよう。グズグズしていると、ゲリラに見つかるかもしれない」
ふたりは、さらに山を下った。
突然、銃声が轟いた。
銃弾が空気を切り裂いて飛んでくる。
「危ない!伏せろ!」
慌てて岩陰に身を隠した。
銃弾が岩肌をえぐり、白煙を上げた。
「ゲリラか?見つかったのか?」
しかし、敵は下から撃ってくる。どうもゲリラではないらしい。
「おい!あそこだ!あそこに隠れてるぞ!」
さらに銃弾を浴びせられた。長沼は声を振り絞って叫んだ。
「やめろおっ!おれたちはゲリラじゃなあい!逃げてきたんだあ!撃つのをやめろおっ!」
兵士が銃を向けながら近付いてきた。軍服を着ているので、政府軍かと思ったが、
「パラよ!あたしたち、パラに見つかったのよ!」
とオマイラが言った。
パラとはゲリラに対抗する右翼の自警団のことだ。数分後、ふたりはパラの捕虜となっていた。
「お前は中国人か?」
パラの司令官が訊ねた。
顔に大きな傷跡のある男だった。
「いや、日本人だ」
と長沼。きっと事情を説明すれば、助けてくれるだろうと思った。
「お前たちはゲリラだな?」
司令官は冷たい視線を向けた。
「違う!おれはゲリラなんかじゃない!人質だ!逃げてきたんだ!」
長沼は懸命に弁解した。
もしもゲリラの仲間だと思われたら、パラに容赦なく殺されてしまうだろう。
「ウソをつけ!じゃあ、この女はなんだ?ゲリラじゃないのか?」
司令官がオマイラの軍服の襟首をつかんで引き寄せた。
「よせ!彼女も一緒に逃げたんだ!今はもうゲリラなんかじゃない!」
「ゲリラじゃない、だと?」
「彼女はゲリラに売られただけだ!親元に帰りたいと言ってるんだ!」
「ふん・・・」
司令官はせせら笑った。
「売られようが、逃げようが、ゲリラはゲリラだ。こいつは殺す」
「やめろ!彼女には手を出すな!おれも彼女も被害者なんだ!」
長沼は、山田とともに拉致されてから、山田が殺され、逃げるまでの出来事を、すべて話した。
司令官は黙って聞いていたが、
「では、お前は友だちの復讐のために逃げたと言うのか?」
と逆に訊いてきた。
長沼は一瞬、返事に困った。
本当は、このまま日本に帰りたいのだが、そんなことを言えば、オマイラが殺されてしまうと思った。
オマイラは自分の命の恩人なのだ。
彼女がいなかったら、自分は逃げることも出来なかっただろう。
オマイラを見捨てるわけにはいかなかった。
それに、山田の復讐のため、と言えば、パラも同情してくれるだろうと思った。
「ああ、そうだ!おれはゲリラが憎いんだ!あいつらに何としても復讐して、殺された友だちの恨みを晴らしたいんだよ!」
長沼は涙ながらに訴えた。
長沼の訴えが功を奏したのか、ふたりとも殺されなかった。
だが、そのままパラのアジトへ連行され、小屋に監禁された。
「私たち、これからどうなるの?」
オマイラが不安げに言う。
「さあね。なるようにしかならないさ」
山田の口癖が移ってしまった、と思い苦笑した。
「あなた、殺された友だちの復讐をしたいって本当?」
「ヤマさんはいい奴だった。何も悪くないのに殺されたんだ。黙っているわけにはいかないよ」
長沼は語気を強めて言った。
「ヒロト、気持ちは分かるけど、やめて。お願い。そんなことをすれば、あなたも殺されてしまうわ」
「構わないさ。人間、いつかは必ず死ぬんだ。おれはヤマさんの仇を討つよ」
山田を殺したゲリラの司令官が、法の裁きを受けるとは思えない。
この国では、紙に書いた法律など何の役にも立たないということを知っていた。
やられたらやり返す、それだけが唯一の掟なのだ。
いつしか、望郷の念よりも、復讐心のほうが強くなっていることに、長沼は気付いていなかった。
翌日、ふたりは小屋から連れ出された。
「いよいよ、殺されるのか?それとも・・・」
不思議と死は怖くなかった。もう何があろうと、すべて運命として受け入れようと決めていた。
パラの司令官のもとへ連れていかれた。そこで待っていた答えは意外なものだった。
「いいか、お前たちを新兵として鍛えなおすことにした。嫌なら殺す。どうだ?」
パラの兵士になれ、というのだ。
「お前はゲリラに友だちを殺されたんじゃないのか?ゲリラが憎いだろう?おれたちと一緒にゲリラと戦うんだ。ゲリラを殺せば、友だちの恨みも晴れるだろう。違うか?」
さらに、オマイラにはこう言った。
「お前は脱走兵だな?親に売られ、ゲリラにも戻れない根無し草だ。家に戻っても、またどこかへ売られるだけだ。ゲリラに戻れば殺される。どうだ、死にたいか?まだ死にたくないだろう?」
司令官は言った。
「お前たちを殺すなど、わけもないことだ。生きるか死ぬか、お前たちが決めろ」
長沼は迷ったが、そうするしかないと思った。
山田の恨みも晴らしたいし、このままオマイラと一緒にいたい。
ふたつの願いをかなえるには、パラに入るのが一番なのだ。
「分かった。おれを仲間に入れてくれ」
長沼とオマイラは、兵士の訓練センターへ送られた。
山の中のキャンプで、厳しい訓練の日々が始まった。
兵士の卵は、みな年端もいかぬ少年少女ばかりだ。
「なんだか、学生時代の合宿みたいだなあ」
と思ったが、訓練は生やさしいものではなかった。
最初に習ったのが、7.62mmと5.56mの小銃の扱い方だった。
長沼は以前、ハワイへ行ったとき、射撃場でピストルを撃ったことがある。
しかし小銃は重く、分解して組み立てたり、すべてのことを自分でやらねばならない。
訓練を施すのは元軍人たちで、いささかも容赦がなかった。
テストに合格しないと殺されるのだ。毎日が命がけだった。
鉄条網の下をかいくぐり、手榴弾を標的に投げ付け、小銃で的を撃ちぬく。
音を立てずに敵に接近し、ナイフで殺す方法も学んだ。格闘技の訓練もあった。
長沼は試練に耐えた。
3年に及ぶ厳しい監禁生活は、彼の体力を少しも損ねてはいなかった。
学生時代にサッカーで鍛えた肉体がものを言ったのであろうか。
オマイラもよく耐えた。
長沼はオマイラがテストに落ちて殺されやしないか、ハラハラしていたものだが、
「オマイラも、なかなかやるなあ・・・」
と思った。
3ヵ月に及んだ訓練が終わった。
「ナガヌマ、よくやった。これで、お前も一人前の兵士だ」
教官が、長沼の肩を叩き、褒めたたえた。
「だが、まだやらなければならないことがある」
「何ですか?」
「こっちに来い・・・」
言われてついていくと、ハッとなった。
オマイラが木に縛りつけられ、さるぐつわを噛まされているのだ。
「彼女に、何をするんですか?放してやってください!」
長沼が抗議すると、教官がマシェーテという大きな蛮刀を引き抜き、
「人を殺さなければ、一人前の兵士とは言えん。これで、あの女を切り刻むんだ」
と命じた。長沼はうろたえた。
「じょ、冗談じゃない!そんなこと、おれには出来ません!」
「やれ!乳房をえぐり取るんだ!やらなきゃ、貴様を殺すぞ!」
教官に押し付けられて、長沼は仕方なくマシェーテを握った。
オマイラは身動きできず、もがきながら、長沼に目で訴えている。
手が震えた。自分の命の恩人を殺すことなど、出来るわけがなかった。
「無理だ!おれには無理です!」
長沼は叫んで、マシェーテを地面に突き立てた。
「もう、いいだろう。そのくらいにしておけ・・・」
司令官が止めに入った。おかげで救われた。長沼は全身の力が抜けるのを感じた。
68 :
名無しさんの主張:2006/03/16(木) 21:12:39
あっ、これは!
タナカカズヒコさん、会話以外の情景描写の補強もよろしく
コピペ
ゴキブリ以下の在日朝鮮人君(笑)
なぜゴキブリ以下かって?
密入国者の分際で、税金もろくに払わないくせに
生活保護を受けてる、まるで寄生虫のような生き物だからさ!
(^-^)
オマケに幼女強姦、麻薬密輸、サラ金、インチキ宗教等など犯罪に走るヤツばかり(笑)本当にろくでも無いヤツだよな(笑)
在日朝鮮人なんて皆殺しにしちゃったほうがいいよ
だって在日朝鮮人がいなくなれば犯罪も減るし税金も吸い取られなくて済むし、まさに良いことだらけ♪
70 :
名無しさんの主張:2006/03/17(金) 00:48:57
在日は帰れないんだよ
半島の裏切り者だから、帰ったら虐待される
―――――――[All:321]- 金玉日
2006/02/11(土) 15:37:31
lHcCAm9I
その夜。
長沼がひとりで武器の手入れをしていると、
「ヒロト、あたしを助けてくれてありがとう」
オマイラがやってきて言った。
「あたし、あなたが殺されるんじゃないかと思って、すごく怖かった・・・」
オマイラは自分の命より、長沼の命を案じていた。
「君はおれの命の恩人だ。おれが君を殺せるわけがないじゃないか」
「分かってる。あなたはそんなことをする人じゃない」
「おれは君を殺すくらいなら、殺されたほうがマシだよ」
長沼は命令を拒否したとき、殺される覚悟だった。
「おれはいつでも死ぬ覚悟は出来ている。君のためなら死んでもいい」
「ダメよ。ヒロト、死んじゃダメ。お願い、生きて。あたしをひとりにしないで」
オマイラが泣きそうになって、長沼に抱きついてきた。
「誰が君をひとりにするものか。死ぬときは一緒だよ」
「うれしい・・・」
ふたりは初めて唇を重ねた。
その後、長沼はパラの戦闘員として、戦場に駆り出された。
戦う相手は自分を拉致・監禁し、無二の友を惨殺した共産ゲリラだ。
長沼は何としても、
「ヤマさんを殺した奴を見つけ出して、この手で殺してやりたい」
と思っていた。
3ヵ月の厳しい訓練に耐え抜き、自信もあった。
長沼とオマイラは「ロハス」という司令官の率いる部隊に加わった。
最初の戦闘はアンデスの山岳地帯で行なわれた。
仲間とともに、ゲリラのキャンプを攻撃したのだ。
「撃てーっ!」
合図とともに、一斉射撃が始まった。
長沼は無我夢中でAK47小銃を撃ちまくった。
「うおおおおっ!死ねええええっ!チクショー!」
ゲリラは完全に不意を突かれた形となり、反撃する余裕もなく、次々に射殺されていった。
長沼は逃げ惑うゲリラ兵にいささかも容赦なく銃弾を浴びせた。
撃たれた仲間を助けようとして、腕をつかんで引きずり起こそうとする健気なゲリラ兵に対しても、
「うりゃああーっ!死ねっ!死ねっ!死ねーっ!」
狂ったように叫びながら、引き金を引き続けた。
「やったぞ!2人倒した!」
長沼は飛び上がって喜んだ。
全身を突き抜ける快感に震え上がった。
そして、銃を空に向けて連射しながら、
「やったぞおーっ!ヤマさーん!仇を討ったぞおーっ!」
と叫んだ。
この戦闘で16人のゲリラ兵が死んだ。
死体の散らばるキャンプにはまだ息のある生存者もいたが、
「ひとり残らず殺せ!」
というのが命令である。
パラ兵たちは、重傷のゲリラ兵を引きずってきて一ヵ所に集め、
「うおおおおっ!」
などと雄叫びを上げつつ、何百発もの銃弾を浴びせて士気を高めた。
長沼も同じようにやった。
人を殺すことへの抵抗感や罪悪感はなかった。
あるのはただ、自分を監禁し、友を殺したゲリラへの怒りと憎しみだけであった。
「ヤマさん、天国から応援してくれ!おれは必ず、ヤマさんの恨みを晴らしてみせるよ!」
長沼は復讐のためなら、どこまでも心を鬼にしてやろうと思った。
長沼はパラに入って、いろいろなことを知った。
ゲリラとパラの戦いは、もはや政治的な理由によるものではない、ということである。
すべては「カネ」のためであり、カネはコカインから生み出される。
ゲリラもパラもお互いに、より多くのコカ畑を手にしたほうが勝ちなのだ。
この土地を巡って、血みどろの死闘が繰り広げられる。
パラは政府軍にバックアップされ、現役の軍人や警官も加わっている。
彼らは「ゲリラが憎い」とか「国を守るため」という大義名分を持っているわけではなく、
「金が欲しくてやっているだけ」
なのである。
長沼のように純粋に、
「ゲリラに殺された者の復讐をする」
という動機で加わっている者はほとんどおらず、
「すべてはカネのために行なわれる戦い、カネのために流される血なのだ」
ということを思い知らされた。
また、政府の支配が及ばない地方では、
「銃を持っている者が尊敬される」
ということも知った。
町の人々はパラ兵に好意的である。
なぜなら、彼らが銃で武装しているからだ。
銃を持っていない者は、誰からも尊敬などされないのである。
「怒らせたら殺されてしまう」
という恐怖感が、人々にそうさせているのだろう。
それも人目につくように、銃は大きければ大きいほどよいのだ。
長沼は山田と南米各地を旅行していたとき、
「チーノ!」
とよくバカにされたものだ。
見るからにひ弱そうな日本人の旅行者と分かるから、罵声も浴びせられたし、タチの悪い奴に絡まれたり、ゲリラに身代金目的で拉致されたりした。
それが今、ベレー帽をかぶり、戦闘服を着て、大型の機関銃を携え、悠然と歩く長沼に、
「チーノ!」
などという侮辱の言葉を投げかける者はひとりもいない。
「悲しいけど、これが現実なんだな・・・」
と思った。
パラの起源は1980年代前半にさかのぼる。
父親をゲリラに殺されたフィデルとカルロスのカスターニョ兄弟が、
「オヤジの仇を討つ!」
と誓って、地元で結成した武装自警団が始まりとされる。
その後、兄のフィデルはゲリラに殺されたのか、行方不明になったが、弟のカルロスが90年代後半にコロンビア全土のパラに結集を呼びかけ、コロンビア統一自衛軍(AUC)を名乗った。
ゲリラのシンパとみなした民間人を無差別に殺すことで恐れられ、ゲリラよりも残酷といわれる。
これに、1964年から共産主義革命を掲げて、武装闘争を続けるコロンビア革命軍(FARC)と、政府軍が絡んできて、この国の内戦は当事者でさえ、
「何がなんだかよく分からない状況」
になってきているのである。
そうした中で、長沼の戦闘員としての日常が続いた。
長沼がいたのは、ベネズエラとの国境に近い町で、コカインを巡るゲリラとの縄張り争いが激しい。
パラはゲリラの支配下にある町や村を制圧しようと躍起になっていた。
長沼も何度かゲリラ支配地の奪回作戦に投入された。
映画のような市街戦が展開され、長沼は戦闘で何人もの敵のゲリラ兵を殺すのが楽しかった。
戦場を支配する銃声や爆発音、敵の悲鳴・・・。これらのものが闘志を激しくかき立てるのである。
いつも先陣を切って突撃するのは長沼だった。
どんなに激しい戦場でも怖くなかった。
銃声を聞けば聞くほどエキサイトした。
ゲリラが支配するサンタフェという町を制圧したときのことだ。
激しい銃撃戦が展開されていた。
長沼の部隊は政府軍ヘリの援護を受けつつ町に突入した。
ゲリラは建物に潜み、窓や物陰から撃ってくる。
建物の壁は蜂の巣のように銃弾の穴だらけだ。
長沼は窓越しに撃ってくるゲリラ兵に銃弾を浴びせた。
そしてゲリラたちが立てこもっている建物に突入した。
内部は薄暗く、長沼は慎重に歩を進めた。
ドアを蹴飛ばし、部屋をひとつずつ捜索する。
いつ、どこから撃ってくるか分からない。
息詰まる緊張感が、五体にみなぎる闘志を制御していた。
ある部屋の前に差し掛かったとき、
「ズダダダダダダッ!・・・」
いきなり室内から撃ってきた。
銃弾で砕け散ったドアの破片が飛び散る。
長沼はとっさに壁に身を寄せ、手榴弾のピンを抜いた。
タイミングを図って室内に投げ込むと、すさまじい爆風が吹き抜けた。
長沼はとどめに銃弾を浴びせ、室内のゲリラを全滅させた。
別の部屋のドアを蹴破ると、
「来るなあっ!近寄ると、こいつを殺すぞおっ!」
追い詰められたゲリラ兵が、一緒に隠れていた住民を人質に取った。
「みんな撃つなっ!おれに任せろ!」
仲間を制しておいて、長沼はゲリラに銃口を向けた。
ゲリラは小さな女の子を抱きかかえ、ピストルを突きつけている。
女の子の母親らしい女が、泣きながら解放を訴える。
「来るなっ!殺すぞっ!」
と怒鳴り散らす。
「落ち着け!銃を捨てろ!」
「うるさい!黙れ!」
長沼はゲリラに呼びかけつつ、タイミングを図っていた。
ゲリラはすがりつく母親、人質の女の子、そして長沼と銃口の向きを変える。
銃口が人質からそれた瞬間を長沼は見逃さなかった。
「今だっ!」
銃声が響き、ゲリラの頭から血煙が上がった。
ピストルは暴発しなかった。
返り血を浴びて泣きわめく女の子を抱きかかえ、
「もう大丈夫だ。ほら、ママのところに帰りなさい・・・」
長沼は母親の手に返してやった。
「よかった・・・人質は助かった・・・」
長沼は額の汗を手で拭い、ホッと一息ついた。
作戦は成功に終わった。
長沼の仲間内での評判は嫌でも高まった。
「ナガヌマ、お前はヒーローだ!」
「日本のサムライだ!」
「ナガヌマ、乾杯しよう!」
仲間たちの長沼に寄せる信頼感は絶大なものとなった。
「ナガヌマ、おれはいい部下を持ったようだな」
司令官のロハスも長沼を大きく買ったようだ。
「お前を副官にしたい。これからも大いに働いてくれ。期待しているぞ・・・」
ゲリラ制圧に奮闘する長沼だったが、無抵抗の人間を殺したことはない。
自分はあくまでも、
「殺されたヤマさんの仇を討つ!」
ことを目的としていたのであり、無関係の市民を殺すことは望んでいなかった。
しかし、パラ兵の暴力は目に余るものがあった。
ある村を襲ったときのことだ。
村は政府軍によって完全に包囲されていた。
「ゲリラに協力している」
という情報を受け、パラ部隊は村に入ると、村の広場に村人たちを集めさせた。
ロハスは村長を呼び出し、ゲリラの協力者を差し出すよう迫ったが、村長は、
「我々はゲリラに協力などしていない。ゲリラは態度が横柄だから嫌いだ」
という。だが、ロハスは信用せず、村長の幼い孫娘を抱きかかえ、ピストルを突きつけて脅した。
「大人しく協力者を差し出せ。でないと、こいつを殺すぞ」
娘が泣き叫ぶ。母親が出てきて懸命に訴える。ロハスが大声で怒鳴りつける。
「うるさい!下がってろ!ゲリラはどこだ?答えろ!」
長沼はハラハラしてきた。母娘が哀れだった。
「答えんのか?よし、それならこうしてやる」
ロハスが無造作にピストルを娘の母親に向けて引き金を引いた。母親の額に穴が開いた。即死だ。
娘が狂ったように泣き叫び、母親の死体にすがりつく。長沼はムラムラと怒りが込み上げてきた。
「こんなことが許されるんですか?」
ロハスに抗議すると、
「お前は何も分かっちゃいない」
ロハスは言った。
「いいか、こいつらはゲリラの味方だ。ゲリラをかくまい、情報を提供している。だから追い出すのだ」
「なぜです?彼らはただの農民だ。なぜ追い出す必要があるんです?」
「ゲリラどもの補給路を断ち切るためだ。村から人が消えれば、奴らも何かと不便になる」
「それだけ?それだけのために、こんなひどいことをしたんですか?」
「どうせ奴らはまともな人間じゃない。貧乏人はどこへ行っても貧乏人だ。人として扱われることなどない」
「なぜです?彼らも同じ人間じゃないですか!どこが違うと言うんです?」
長沼が憤慨すると、ロハスは吐き捨てるように言った。
「奴らは怠け者だ。情けをかけるに値しない怠け者なのだ。どこへ行こうが路上を不法占拠し、犯罪とエイズを蔓延させるだけだ。ゴミのような存在なのだ」
「ゴミだって?」
「そうだ。我々は国を愛している。社会を浄化したいと思っている。これはゴミ掃除なのだ」
ロハスはこんなことも言った。
「我々の行動は中産階級から支持されている。我々のおかげでゲリラの脅威は薄れ、ホームレスは減り、犯罪も少なくなった。すべては国のためだ」
「国のために、弱い者を殺し、麻薬を売るんですか?狂ってる!」
長沼は吐き気がこみ上げた。
結局、ゲリラもパラも、一緒だと思った。
国のため、人民のため、という「言い訳」で自分たちの犯罪行為を正当化しているに過ぎない。
「おれは下ります!こんな悪事の片棒を担ぐなんてゴメンだ!」
すると、待っていたようにロハスが言った。
「お前、本気で言ってるのか?組織を脱退したら、お前は消される。我々の放った刺客にな」
「・・・・・・」
長沼は何も言えなかった。
パラは村に火を放ち、村人たちを追い払った。
「戻ってきたら、お前たちを殺す」
ロハスはそう宣言し、母親を殺された娘は村長に背負われて、故郷の村を後にした。
彼らは難民となり、行く先々で迫害されながら、当てのない旅を続けるのだ。長沼は思った。
「この世は弱肉強食。弱いものはどこまで行っても、強いものに喰われるしかないのか・・・」
長沼は町の通りをぼんやりと眺めていた。
子どもたちが楽しそうにボールを蹴って遊んでいる。
無邪気な子どもたちの笑い声が聞こえた。
「この子たちもいずれ、戦争に巻き込まれ、殺し、殺されるのだ」
と思うと、やりきれなかった。
彼らの頭の中は真っ白だ。
染められれば何でもやる。
余計な考えがないから、やるときは残酷で、しかも容赦がない。
恐ろしいことだと思う。
これは思想や宗教、民族の対立から生まれるものではないのだ。
金持ちが貧乏人をけしかけ、貧乏人同士が憎み合い、殺し合っている。
金持ちはますます肥え太り、貧乏人はますます飢えていく。
この社会の仕組みを変えない限り、いつまでも犠牲は続くだろう。
「ヒロト、何を考えているの?」
オマイラがやってきてすがりついた。
長沼は一点を凝視したまま、
「オマイラ、この国を変えることは出来ると思う?」
と訊いた。
オマイラの答えはそっけなかった。
「出来ないわ。それは無理よ」
「どうして?」
「どうしてって、あたしに聞かれても分からないわ・・・。ただ、あたしに言えることは、あたしたちには、どうすることも出来ないってこと」
「誰がそう決めたんだ?」
「分からない。生まれたときからそうなってるの」
「この国は、ほんの一握りの金持ちや権力者に牛耳られている。そいつらは人を人とも思わず、自分たちの富や権力を守るために、人と人を争わせ、殺し合わせている・・・」
長沼の言葉には、やり場のない怒りが満ちあふれていた。
「こんなことが許されていいと思うのか?変えなければいけないとは思わないのか?」
オマイラは目を伏せて言った。
「無理よ。変えることなんて出来ないわ」
「なぜだ?なぜあきらめてしまうんだ?」
「あなたは平和で豊かな国に生まれた。だから、理解できないのも無理はないわ」
「おれは何とかしたいと思っているさ。君は思わないのか?」
「つらいかなんて聞かないで。ここはコロンビアなの。仕方のないことなの」
オマイラはすべてを達観したように言った。
生まれたときからそこにある現実は、つらい出来事も他人事のような感覚を植えつけてしまう。
オマイラはたどたどしい口調で言った。
「この国では戦うか、逃げるか、死ぬか・・・。それしかないのよ。貧乏人はどんなに頑張っても絶対にお金持ちにはなれないの。
立派なお家に住んで、学校へ行かせてもらえて、きれいなお洋服を着て、おいしいものを食べて・・・。どんなに望んでも、それは夢だわ。生まれたときからそう決まってるの。あたしには、なぜ貧しいのか、殺しあうのか分からないし、分かってもどうにもならない・・・」
長沼はあわれむように聞いていたが、
「だが、誰かが何とかしなければいけない」
「そう思うのは、あなたが外国人だからよ。毎日たくさん人が殺される。でもそれは生活の一部なの。あたしも友だちや知っている人が
何人も殺されたわ。最初は悲しいと思った。けど、それが繰り返されると何も感じなくなるのよ。ああ、また誰か死んだんだって・・・」
「それは、とても悲しいことだ。君は自分が不幸だとは思わないのか?」
「あたしは、今はとても幸せよ。あなたと、こうして出会えた。あなたと生きているだけで幸せなの」
屈託のない笑顔で言う。
「この国では毎日、誰かが誘拐されたり、殺されたりしている。でも、あたしはあなたと生きている」
「それが幸せなのか?」
「うん・・・」
なるほど、そう考えれば確かに自分たちは幸せなのかもしれない、と思った。
長沼は考えた。
「ここでオマイラと幸せに暮らしていくことは出来ないものか・・・」
パラから逃げ出せば、遅かれ早かれふたりとも殺されてしまう。
ふたりとも殺されずに生きていくにはどうしたらよいのか。
そのことを考え続けた長沼は、ある決心をした。
長沼の出した結論とは、
「シカーリオ(殺し屋)になること」
であった。
長沼たちがゲリラから奪回した町サンタフェは、長年、ゲリラの支配下にあった町だ。
当然、住民の中にはゲリラに協力していた者が多い。
パラの情報をゲリラに売って生活している者もいる。
こうした密告者を「処刑」することがシカーリオの仕事である。
長沼はロハスのもとへ交渉に行った。
「おれをシカーリオにさせてくれ」
ロハスはウイスキーを飲んでいたが、
「お前に無抵抗の人間を殺せるのか?」
と訊いてきた。
長沼は一瞬、返事に困ったが、
「これも、オマイラを幸せにさせてやるためだ」
と自分に言い聞かせた。
「出来ます。相手は裏切り者だ」
「何の恨みも無い相手でも平気か?」
「もちろん。ゲリラは敵だし、奴らに協力する奴も敵です」
「友だちの復讐のためか?」
「それもあります。ただ・・・」
「ただ、なんだ?」
「愛する人を守るためでもあります」
長沼はキッパリと言い切った。
ロハスはしばらく、長沼を見つめていたが、
「愛する人間のために、どんな相手でも殺せるわけか?」
「殺せます」
「子どもが生まれても続けられるか?」
「続けます」
「ふむ・・・」
ロハスも長沼の決意の固さに気付いたらしい。
「まあ、いいだろう。ただし、お前は一生、この町から出られんぞ」
「覚悟は出来ています」
「脱け出そうとすれば、お前も消される」
「分かっています」
「よし、それならさっそく、働いてもらおうじゃないか。その前に乾杯だ」
ロハスはグラスにウイスキーを注いで渡した。
長沼はグラスを受け取った。
「乾杯!」
グラスを合わせて、長沼は一息にウイスキーを飲み干した。
喉がチリチリと焼けた。
その日から、長沼は殺し屋として生きていくことになった。
軍服を脱ぎ、兵士から殺し屋に転身したのだ。
オマイラとともに住むための部屋も借りた。
「彼女だけは、絶対に不幸にさせたくない」
と思っていた。
オマイラも兵士を辞める条件として、長沼は殺し屋になることを選んだのだ。
もし、長沼が仕事に失敗すれば、オマイラも消されてしまうことになる。
オマイラは長沼の身を案じていた。
「あなた、私のためにシカーリオになったって本当?」
「ああ、本当さ」
「どうしてそんなことを」
「君と幸せに暮らすには、これしかないからさ」
「そのために人を殺すの?」
「仕方ないさ。殺さなければ、こっちが殺されてしまう」
「何の罪もない人でも殺すの?」
「罪のある人間だから殺すのさ」
「どういうこと?」
「君も知っているように、おれは親友をゲリラに殺された」
「ゲリラが憎いから殺すの?」
「ゲリラも憎いが、ゲリラに協力している奴も憎い」
「だから殺すの?」
「罪のない人間を殺すんじゃない。敵だから殺すんだ」
いつの間にか、長沼の中で、道徳観念が変化していた。
その根底にあるものは、オマイラとの安住を願う気持ちである。
安住を願う心には、卑屈な精神が宿る。
自分の中で、無理やり、良心をねじ伏せ、納得してしまうしかないのだ。
「お願いだから、人殺しなんてやめて。あなたに出来ることじゃない」
「大丈夫。おれは君と一緒にいられれば、それで十分なんだよ」
長沼はオマイラを抱き寄せて言った。
「約束するよ。いつかは足を洗って、君を幸せにしてみせる・・・」
長沼の最初の仕事は「ホアン」という男の暗殺だった。
パラが調べた情報をもとに、ホアンがゲリラの密告者であることが判明した。
長沼が呼び出され、ホアン暗殺のためのアドバイスを受けた。
交渉の結果、暗殺の報酬は300ドルと決まった。
パラの兵士の平均月給が400ドルである。
戦闘には行かず、大量虐殺もせず、1回の仕事でこれだけ稼げるのなら、
「文句はない」
と思った。
長沼はピストルをズボンにねじ込み、バイクにまたがった。
地を蹴って、バイクを走らせた。
町の通りに出る。
さわやかな午後の昼下がりである。
通りには露店が立ち並び、行き交う人々でにぎやかだった。
パラの情報では、ホアンはいつもこの辺りをふらついているという。
長沼はバイクをゆっくりと走らせつつ、周りに目を配った。
「いた!あいつだ!」
事前に写真で見た顔を脳裏に焼き付けておいた。
ひょろりと顔の長い男である。
「間違いない。やるぞ」
呼吸を整え、長沼はバイクのハンドルを握りしめた。
ホアンの背後に接近する。
長沼はそっとズボンのピストルをつかんだ。
駆け抜けざまに、ホアンの後頭部めがけ2発撃ち込んだ。
パン、パンと乾いた銃声が響く。
ホアンは何も言わずに倒れた。
長沼はそのまま走り去った。
成功である。
「こんなにうまく行くとは・・・」
長沼は仕事の成功を報告し、約束通り、報酬の300ドルを受け取った。
仕事を終えて帰宅すると、
「オマイラ、帰ったよ」
「どうだった?」
「うまくいったよ」
「そう・・・」
オマイラの表情は沈んでいる。
長沼は元気付けようとして言った。
「即死だよ。苦しまずに死ねたんだ」
それからポケットの300ドルを出して、
「これが今日の稼ぎだ。何かうまいものでも食おう。君の好きなものを買っていいぞ」
オマイラは紙幣を数えながら、
「これは、教会に寄付しましょう」
と言った。
「何言ってるんだ?これは、おれたちの大事な財産だよ」
「人を殺したお金で幸せにはなれないわ」
「幸せにしてみせるさ」
「あなたは変わってしまった。この国がそうさせてしまったのよ。あなたは日本に帰るべきだわ」
「オマイラ、何を言ってるんだ?おれとの約束を忘れたのか?」
「あなたが私のことを思ってくれるのはうれしい。でも、ここはあなたがいるべき場所ではないわ」
「おれはここに残る。ここに残って、君と幸せな家庭を作りたいんだ」
オマイラが何か言おうとするのをさえぎるように、長沼はオマイラを抱いてベッドに倒れ込んだ。
「心配ない。何も心配することなんかない。おれが絶対に守ってみせる・・・」
長沼はうわごとのようにつぶやきつつ、オマイラの肉体を愛撫した。
長沼の仕事は続いた。
サンタフェでは1日に3,4人、多いときで5人から7人が殺される。
殺し屋は長沼の他に何人もいて、仕事の依頼は後を絶たない。
長沼はゲリラの密告者を何人も片付けた。
良心の呵責は感じなくなっていたが、
「11歳の少女を殺してほしい」
と頼まれたときは、さすがにためらった。
その少女は、パラの調べ上げた証拠から、ゲリラの密告者であることは疑いようのない事実だった。
「しかし、11歳の少女がゲリラに密告するのか?」
長沼は半信半疑だったが、
「驚くことじゃない。この町では8歳の子どもまでゲリラの仲間だ」
というロハス。
「みんな生きるためさ。あのガキを見てみろ」
ロハスは通りで物乞いをしている少年を指差した。
「あのガキも大人の関心を引こうと必死だ。金になることなら、ゲリラにも情報を売るし、我々のスパイにもなる。毒にもクスリにもなるってやつだ」
「あんな小さな子どもでも殺すのか?」
「お前がやれなくても、やれる奴はいくらでもいる。誰も気にしない」
「おれには無理だ。11歳の女の子を殺すことなどできない」
「変に情けをかけるのはよせ。お前が殺さなかったところで、少女は確実に殺される運命だ」
ロハスは長沼にウイスキーをすすめ、
「なに、すぐに慣れるさ。あと2,3ヵ月もすれば、お前だって一人前のシカーリオだ・・・」
と言った。
殺し屋のもとへ寄せられる注文も様々だ。
夫の浮気に悩んでいる主婦から、
「夫を殺してほしい」
と頼まれることもあった。
「浮気ぐらいで、自分の旦那を殺してくれなんてイカレてる・・・」
と思ったが、長沼は引き受けることにした。
長沼は、こう考えることにした。
「おれが殺すことで、依頼者は嫉妬の苦しみから解放されるんだ」
そして、自分は報酬をもらえる。
依頼者も救われるのだ。
長沼は思った。
「人間の世界は、何が良い悪いなんて決め付けられるもんじゃない。殺人だってそうだ。殺人が悪いこととされるのは、その社会にとって、必要とされる人間を殺したときだけだ。
人の命は重いだとか、尊いなんてものは、所詮、建前に過ぎない。重要なのは、そいつにとって、相手にどれだけの価値があったか、ということだ・・・」
殺すときはピストルで十分だった。
ナイフだと大変だし、誰かの助けを必要とするからだ。
報酬も多いときで500ドル。
長沼はせっせと稼ぎながら、
「金が貯まったら、ここに店でも開いて、オマイラと幸せに暮らすんだ・・・」
という夢を思い描いていた。
ある日のこと。
長沼のもとに依頼が舞い込んだ。
「今度はこの男を殺してほしい」
と言われ、写真を渡されて、長沼はアッと息をのんだ。
知っている男だったからである。
男の名は「マルコ」という。
バイクの修理をしている男だ。
長沼も何度か会って親しくなっていた。
気さくないい奴である。
「この男、知ってるのか?」
「マルコが何をしたんだ?」
「ゲリラのために働いていたんだ」
「本当か?」
「ああ、奴はゲリラ支配地の通行許可証まで持ってる」
「マルコは何をしていたんだ?」
「ゲリラに頼まれて、発電機のメンテナンスをしているらしい」
「メカに詳しいからな、マルコは」
「やってくれるか?」
長沼は返事に困った。
それが本当だとしたら、マルコは許せない裏切り者である。
絶対に生かしておくことは出来ない。
生かしておけば、いずれ、自分のこともゲリラに密告するかもしれない。
長沼は心を鬼にして決断した。
「よし、分かった。おれにやらせてくれ・・・」
長沼はマルコのもとへ向かった。
「やあ、マルコ」
「やあ、ナガヌマ。バイクの調子はどうだい?」
「ああ、ちょっと見てもらいたいんだ。いいかな?」
「お安い御用だ。どれどれ・・・」
長沼はバイクを押してきた。
マルコが何の疑いもなくバイクの点検を始めると、
「バーヤ・コン・ディオス(神のご加護のあらんことを)」
と言って、長沼はピストルを抜き、マルコのこめかみに撃ち込んだ。
血が奔り、マルコは横に倒れた。
「あばよ」
マルコが死んだことを確かめて、長沼はバイクで走り去った。
翌日。
長沼はマルコの葬儀に出くわした。
家族や親類とともにマルコの棺が運ばれていく。
長沼は足を止めて見やった。
マルコの幼い娘が泣きじゃくっている。
彼女は何故、やさしかった父が目の前から消えてしまったのか、理解できないでいるだろう。
長沼はいたたまれなくなった。
泣いている娘を見て、抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
胸をえぐられるような思いだった。
「おれが殺したんだ。おれが・・・」
長沼は走り出した。
人を殺した後、こんなに辛い気持ちになったのは初めてである。
マルコはゲリラに協力していた。
いつ何時、自分のことをゲリラに売ってもおかしくはない。
長沼にとっては「敵」である。
「敵」である以上、殺さなければならない。
殺さなければ、自分が殺されてしまうのだ。
だが、自分は何の罪もない家族から、ささやかな幸福をも奪い取ってしまった。
仕方のないことだ、といくら自分に言い聞かせてみても、
「納得できない」
のである。
長沼は「トロンコ・モチェ(切り株)」という町の酒場に入った。
アグアルディエンテというアルコールの強いサトウキビの焼酎をあおった。
いくら飲んでも、胸の痛みは消えてくれない。
父を失って悲嘆に暮れる娘の面影が脳裏から離れない。
「ダメだ・・・おれは単なる人殺しだ・・・」
自己嫌悪感にさいなまれつつ、長沼は酔いつぶれるまで飲んだ。
その夜。
長沼はフラフラになって帰宅した。
そのままベッドに倒れ込んだ。
オマイラが心配そうにのぞき込む。
「ヒロト、一体どうしたの?」
「オマイラ、おれを殺してくれ」
「え?」
「おれは罪深い人間だ。殺されて当然だ」
「何かあったのね」
「君は心のきれいな人間だ。この荒みきった世の中にいても、おれとは違う。汚れに染まらないんだ。おれは汚れきってしまった。君の手でおれを殺してくれ・・・」
長沼は泣きながら言った。
「違うわ。あなたは心のやさしい人よ。あなたは私のために殺されることを覚悟した。心の貧しい人には出来ないことよ。
あなたは人を殺した。でも、殺された人の痛みが分かる。あなたの心は汚れてはいないのよ・・・」
オマイラは長沼の額をなでながら言った。
「おれには生きる価値などない。死んで罪を償うべきだ。君が殺してくれ」「ヒロト、私には分かるの。体の汚れは洗えば落ちる。
でも、心の汚れは洗っても落ちない。あなたの汚れは洗えば落ちる汚れよ」
「分かった。洗わせてくれ」「私も洗うわ」
ふたりは裸になって冷たいシャワーを浴びた。
凍えるような冷たい水だった。
ふたりは激しく求め合った。
長沼は全身を突き刺すような水の中で、このまま殺されてもいい、と思っていた。
すごくリアルで小説と言うより経験談みたいだね。
漏れ的にはストーリーを読んでいると
コロンビアのカルタゴに居た頃を思いだす。
シカリオが依頼されたお仕事をバイクに二人乗りで行く…
懐かし光景。
20年前、カルタゴはシカリオが沢山いたけど(メッカ)
今はどうなの?
カルタゴっちゅーのはペレイラの近くにある町かな?
うんだ。カルタゴ〜ペレイラ〜ベレンのカルタゴでつ。
その頃。
「ナガヌマが生きているのは確かなのか?」
「ああ、間違いない。奴は生きている」
「奴は女と一緒にいるそうだな?」
「カルロスを殺した女だ。奴の逃亡を手助けした」
「奴らは今、サンタフェにいるのだな?」
「ああ、これがその証拠だ」
男は数枚の写真を机の上に並べた。
写真を受け取ったゲリラの司令官は、
「ふむ・・・こいつに間違いない」
うなずいて言った。
この男、「ガルシア」という。
長沼の親友・山田を射殺した男だ。
あの後、長沼がオマイラとともに脱走したことも知っている。
「奴は、おれの命を狙っているに違いない・・・」
ガルシアは長沼が復讐に来るであろうことを予感していた。
あれから血眼になって長沼の行方を追っていたのである。
そして、ついに長沼とオマイラの居場所を突き止めた。
サンタフェのスパイからの情報であった。
「しかし、驚いたな。奴が殺し屋になっていたとは・・・」
「奴はプロだ。射撃の腕は最高だ」
と男が説明する。
「奴は仲間内でティロ・フィーホと呼ばれている」
狙撃の名手である長沼に付けられたあだ名だ。
長沼はその名で呼ばれることを嫌っていた。
「おれを殺すために腕を磨いていたのか」
「心配ないさ。奴は町から出られない」
「おれが友だちの敵であることも知らないわけか」
「ああ」
「だが、おれが敵だと知れば、必ず復讐に来るだろうな」
「ハハハ・・・考えすぎだ。奴1人じゃ無理さ」
男は笑った。
ガルシアはニコリともせず、
「今のうちに手を打っておいたほうがいい」
と言った。
「刺客を送り込んで、奴を消すか?」
「いや・・・」
ガルシアは少し考えた。
「奴は殺さない。生かしたまま、ここに連れてくるんだ」
「奴を誘拐するのか?」
「そうだ。再び人質にして、身代金をふんだくる」
「奴の女はどうする?」
「女も一緒に連れてこい」
「女も?」
「あの女は裏切り者だ。許せない。処刑してやる」
「難しいな」
「金ならいくらでも出してやる。絶対に奴らを生きたまま捕まえてこい・・・」
ガルシアは厳しい口調で命じた。
彼にとって長沼は、
「プライドを傷つけた許しがたい奴」
であった。
「何が何でも奴を捕らえて、金持ち日本人から大金をふんだくってやる・・・」
そうしなければ、ゲリラの面子が立たないのである。
「待ってろよ、ナガヌマ・・・会えるのを楽しみにしているぞ・・・」
それから数日後。
サンタフェの町はにぎわっていた。
毎年恒例のお祭りの日である。
娯楽の少ない農民たちは毎年この日が来るのを楽しみにしていた。
長沼とオマイラも見に行った。
カラフルな化け物のお面を付けた人々が踊り狂っている。
通りは黒山の人だかりだった。
爆竹が投げ込まれる。
ものすごい騒ぎだ。
「オマイラ、はぐれるなよ」
長沼はオマイラの手を引いた。
「この混雑では、誰に撃たれても分からないな・・・」
と思った。
長沼は、
「ゲリラは自分たちを生かしておくはずがない」
と思っていた。
もちろん、警戒は怠らなかった。
自ら暗殺者の道を選んだのも、
「ゲリラの魔の手から身を守るため」
でもある。
だが、こうしてオマイラと暮らしていると、
「もしかしたら、ゲリラは自分たちのことを忘れているのではないか?」
と思うこともあった。
「おれもオマイラも死んだと思っているかもしれない・・・」
という甘い期待もあった。
「このまま、オマイラと暮らせたらいいな・・・」
オマイラとの安住を願えば願うほど、
「生への執着」
も強くなってくる。
そんな甘えを吹き飛ばすように爆竹が鳴り響く。
「いかん!油断は出来ないぞ!」
と自分に言い聞かせる長沼。
「今も誰かに狙われているかもしれない・・・」
そう思うと、お祭り騒ぎに浮かれている場合ではないと思った。
「オマイラ、もう帰ろう」
「え?」
「危ないんだ」
「なぜ?」
「いいから帰ろう」
長沼はオマイラの手を引っ張った。
人ごみを抜け、裏通りに入った。
「ここまで来れば安心だ・・・」
と思った。
その瞬間、後頭部に焼け付くような衝撃を覚えた。
「あっ・・・」
頭を殴りつけられたのだ。
体を動かそうとしても力が入らない。
目の前が真っ白になった。
長沼は意識を失った。
地面に倒れたところを抱えられた。
オマイラも殴られ、数人の男たちに抱きかかえられた。
男たちは手際よく、ふたりを人目につかない場所に運び込んだ。
そこで、ふたりとも大きな袋に詰め込まれた。
男たちはふたつの袋を抱え、川べりに停めてあるボートに積み込んだ。
長沼はボートの爆音で目が覚めた。
「ここは?・・・」
頭が響くように痛む。
袋に入れられていることに気付くまで少し時間がかかった。
「おれは拉致されたのか・・・」
起き上がろうとしたが、近くに人の気配がするのでやめた。
男たちが何かをしゃべっている。
爆音にかき消されてよく聞こえない。
これからどこかへ向かおうとしていることが分かった。
「おれたちを殺すつもりか?・・・」
オマイラはどうしたのだろう。
何とかして、ここから逃げなければならないと思った。
だが、うかつなことは出来ない。
ここはしばらく、様子をうかがうことにした。
どのくらい経っただろうか。
ボートがどこかに停まった。
男たちが袋を開けた。
「おい、起きろ!そこから出ろ!」
長沼はのそのそと這い出した。
オマイラも袋から引きずり出された。
長沼はオマイラの無事を知って少しホッとした。
「歩け!もたもたするな!」
男に背中を押された。
長沼は川岸に上がった。
そこには軍服姿の武装したゲリラが何人もいた。
「やはり、ゲリラか・・・」
長沼は来るべきものが来たと思った。
「おれたちを殺さず、わざわざ拉致してきて、どうするつもりだろう?・・・」
どこかへ連れて行って殺すのだろうか。
「こっちだ!こっちへ来い!」
ゲリラに銃を向けられ、長沼は歩き出した。
オマイラも後からついてきた。
長沼たちは歩き続けた。
山の中へ向かっていることが分かった。
長沼は逃げるチャンスをうかがっていたが、
「なかなかスキを見せない・・・」
のである。
山田とともに拉致されたときのことを思い出した。
あれからすでに4年の歳月が流れている。
あの時は泣き言ばかり言っていた。
不安にさいなまれ、うろたえるばかりだった。
今の自分は冷静に状況を分析しようと努めている。
「おれもさすがに成長したな・・・」
と思った。
続いて、死んだ山田の面影が浮かんだ。
「ヤマさん、本当にごめんよ。ヤマさんと一緒に生きて帰りたかったよ・・・」
山田のことを思うと、胸が張り裂けそうになる。
「ヤマさん、おれもこれからそっちへ行くよ。ただ・・・」
長沼は心の中で念じた。
「ただ、オマイラだけは助けてやってくれ。お願いだ。彼女に罪はない。親に捨てられたかわいそうな娘なんだ。彼女だけは見逃してやってくれ・・・」
自分は殺されても文句は言えない。だが、オマイラだけは助かってほしいと思っていた。
「ヤマさん、恨むならおれを恨んでくれ。オマイラは関係ないんだ・・・」
あの世にいるであろう山田は何と思っているのだろうか。
「おれはどうなってもいい。だが、これだけは聞いてくれ。オマイラは助けてほしい。彼女はおれの命の恩人なんだ。おれからの一生のお願いだよ。頼む・・・」
長沼はそれだけを伝えておきたかった。
果たして、あの世の山田はどう受け取ったのであろうか。
数時間後。
長沼とオマイラはゲリラのキャンプにたどり着いた。
ふたりを待っていたのはガルシアだった。
長沼はガルシアの顔を見て、
「こいつ、どこかで会ったような・・・」
と思った。
すると、ガルシアが言った。
「久しぶりだな、ナガヌマ」
「あっ、お前は!・・・」
「覚えていたか?」
ガルシアはニヤリと笑った。
ヒゲを落としていたが、
「忘れもしない、ヤマさんを殺した奴・・・」
長沼はようやく思い出した。
自分と山田に死を迫り、山田を殺したゲリラの司令官である。
「この野郎!殺してやる!」
長沼は復讐心に燃えた。
飛びかかろうとすると、
「うっ!・・・」
ゲリラ兵に銃で腹を殴られた。
「ヒロト!」
オマイラが叫ぶ。
倒れたところを引きずり起こされた。
「この野郎!なぜヤマさんを殺した!なぜだ!貴様も死ね!殺してやる!」
飛びかかっていこうとするが、ゲリラ兵に押さえつけられ、身動きできない。
ガルシアが葉巻に火をつけた。
ゆうゆうと煙を吐いてから、
「お前は何も分かっていない」
と言った。
「この世は弱肉強食だ。喰うか喰われるかの世界だ。富めるものはますます富み、飢えるものはますます飢える。富めるものは貧しいものから富を奪う。だから、貧しいものは富めるものから富を奪う。当然の権利だ。我々は当然のことをやったまでだ」
「当然?何の罪もない人間を殺すことが当然だと?」
「お前たちの国は身代金を出し渋った。そればかりか、アメリカに協力し、コロンビアの貧しい農民をますます飢えさせている。殺されたのは当然の報いだ」
「ふざけるな!ヤマさんが何をしたって言うんだ!お前たちはテロリストだ!単なる犯罪者だ!」
「テロリスト?犯罪者?我々をそこまで追い込んだのは一体どこの誰だ?お前たちではないか!」
激しい感情の応酬が続いた。
「どのような理由であれ、テロリストはテロリストだ!悪い奴らだ!死んで当然の連中だ!」
「お前はどうだ?パラどもと組んで罪のない人間を殺した!死んで当然の悪人だ!」
「先に手を出したのはお前たちだ!ヤマさんは何の罪もない人間だった!それを殺した!」
「ほう、正義のための復讐ってわけか?」
「何とでもほざけ!おれは絶対に貴様を許さない!」
長沼は燃えるような目でガルシアをにらみつけた。
怒りと憎しみの炎が我が身を焼き滅ぼしてしまいそうだった。
ガルシアがピストルを抜いた。長沼が言った。
「おれを殺すのか?殺すがいい!おれはあの世から貴様を呪い殺してやる!」
ガルシアはピストルを向けていた。
長沼は目を閉じた。
死を覚悟した。
「おれは死んでいい。だが、オマイラは見逃してやれ」
と言った。
「ヒロト!ダメよ!死んじゃダメ!あたしを殺して!」
「オマイラ、君は生きろ!」
「あなたには家庭がある!あなたの死を悲しむ家族がいるのよ!」
その言葉が長沼の胸を貫いた。
「オマイラ!君が死んで、おれが悲しまないとでも思うのか?」
涙があふれた。
「彼を殺すなら、あたしを殺して!」
オマイラが言い張る。
「彼を解放すると約束して!その代わり、あたしが死ぬから!」
ガルシアがピストルを下げた。
「こいつは殺さない。大事な人質だ。まだまだ金を取れる」
「彼は解放して」
「お前、そんなにこの男が好きなのか?」
「好きよ」
「この男の身代わりに死ねるのか?」
「死ぬわ」
「なぜだ?」
「彼は私を殺す代わりに殺されようとした。だから、今度は私の番」
オマイラは毅然と言い放った。
ガルシアはしばらくオマイラを見つめていたが、
「愛は銃より強し、か・・・」
とつぶやいた。
「よかろう。お前たちにチャンスを与えてやる」
そう言って、長沼を捕らえている部下に命じた。
「おい、そいつを放してやれ」
長沼はオマイラと抱き合った。
「オマイラ!愛してるよ!」
「私もよ、ヒロト!あなたは生きて!」
「君を残して、おれだけ日本に帰れるものか!死ぬときは一緒だ!」
長沼はとっさに決意を固めた。
自分はオマイラとともにここで死ぬ。
そして、あの世から憎いガルシアを呪い殺してやるのだ。
抱き合って泣いていると、
「よーし、そこまでだ!」
とガルシアが怒鳴った。
「そいつらを引き離せ!」
「何をするんだ!」
ゲリラたちは長沼とオマイラを強引に引き離した。
ガルシアが言った。
「それだけ愛を確かめれば十分だろう」
「おれたちを殺すのか?」
「いや、お前は殺さない」
「おれを殺せ!」
「死よりも辛い現実を味わわせてやる」
「なんだと?」
「女を連れ出せ!処刑の準備だ!」
「やめろ!オマイラに何をするんだ!」
長沼はもがいたが、多勢に無勢、どうすることもできない。
オマイラは広場に連れ出されていった。
処刑の準備が始まった。
広場には木の杭が打ち立てられた。
オマイラは杭に縄で厳重に縛り付けられた。
これから銃殺刑が執行されるのだ。
「やめろ!オマイラを殺すなら、おれを殺せ!このケダモノがあっ!」
長沼は声を振り絞って叫んだ。
ガルシアが冷淡に言った。
「よく見ておけ。最愛の女の最期を」
「やめろおっ!お前ら人間じゃねえよっ!」
オマイラに目隠しがされた。
3人の兵士が進み出る。
「構えっ!」
ガルシアの号令で3つの銃口が向けられた。
「標的を狙えっ!」
「やめろおっ!」
「撃てっ!」
一斉に銃声が響いた。
「オマイラあっ!」
縛り付けられたオマイラの体が大きく揺れた。
「撃てっ!」
さらに銃口が火を噴く。
オマイラを縛っている縄が解けた。
上体が大きく傾く。
「撃てっ!」
とどめの銃弾が浴びせられた。
オマイラの傾いた体から血煙が上がった。
処刑は終わった。
「ああっ・・・オマイラ・・・そ、そんな・・・し、死んだ・・・あっああっあああっ・・・」
長沼は泣き崩れた。
オマイラの死体は杭に縛り付けられたままだ。
まるでボロキレのように捨て置かれている。
あまりにも無残な最期である。
親に捨てられ、天涯孤独の薄幸な少女だった。
長沼を逃がしたばかりに、ゲリラに捕まり、処刑されてしまったのだ。
「チクショウ、チクショウ・・・こんなことがあってもいいのかよお・・・」
人間の死には不感症になっていた長沼も、この時ばかりは号泣した。
ガルシアが勝ち誇ったように言った。
「みんなもよく見ておけ!裏切り者の末路はあれだ!」
そして、長沼に歩み寄った。
「どうだ?愛する者を失った気持ちは?」
「あっ・・・ああっあっ・・・あっあっああ・・・」
「お前は生き地獄を味わうことになるだろう。お前にふさわしい生き方だ」
長沼は何も言えなかった。
ガルシアは満足したように言った。
「そいつを小屋に放り込んでおけ!」
その時である。
突然、どこからともなくヘリコプターの爆音が聞こえてきた。
ガルシアが見上げると、数機の攻撃ヘリが飛んでくるのが見えた。
「政府軍だ!」
ヘリの機銃が火を噴いた。
土煙が上がり、ゲリラたちが次々に撃たれていく。
「うわあーっ!」
「敵襲だぞ!応戦しろっ!」
ガルシアが叫びつつ、ヘリめがけてピストルを連射した。
ヘリから続けざまにミサイルが発射された。
白い尾を引いてミサイルが飛んでいく。
キャンプのあちこちで爆発が起こった。
次々に家屋が吹き飛ばされ、破片が飛び散った。
すさまじい爆発音が響き渡る。
キャンプは猛火に包まれ始めた。
真っ黒な煙が空を覆い始める。
長沼は辺りを見回した。
ゲリラたちが何事かを叫びながら走っていく。
ヘリは上空を旋回しながら攻撃してくる。
ヘリの爆音と銃声が耳をつんざく。
その音で長沼は現実に戻った。
ガルシアの姿を探す。
ガルシアは逃げようとしていた。
「あの野郎・・・」
長沼の復讐心が再び燃え上がった。
立ち上がって武器を探すと、死んだゲリラの胸にナイフがくくりつけてあった。
それを引き抜く。
長沼は走り出した。
上空のヘリが追ってくる。
長沼はヘリに向かって叫んだ。
「待て!こいつはおれが殺す!」
長沼はガルシアめがけナイフを投げ付けた。
ナイフはガルシアの肩に突き刺さった。
「うっ・・・」
ガルシアが転倒した。
「この野郎!殺してやるっ!」
長沼が飛びかかろうとした。
とっさにガルシアがピストルを向けた。
長沼は太ももを撃たれた。
「うあっ!・・・」
激痛にたまりかね、長沼も倒れた。
ガルシアが肩に刺さったナイフを抜いた。
そのナイフを握って長沼に襲いかかる。
「死ねっ!」
かろうじてナイフをかわす。
ガルシアは執拗に攻撃してくる。
長沼はガルシアの腕をつかんだ。
ものすごい腕力である。
刃先が長沼の喉に迫った。
長沼はガルシアの顔に片手を伸ばした。
その指でガルシアの耳をつかむ。
渾身の力を振り絞って耳を引っ張った。
ガルシアの悲鳴が上がった。
長沼は耳をちぎらんばかりに引っ張った。
ガルシアはたまらず長沼から離れた。
すかさず長沼がガルシアに飛びかかる。
「この野郎!この野郎!」
拳でガルシアの顔面を何度も殴りつけた。
ガルシアも殴り返す。
長沼を蹴っ飛ばしておいて逃げにかかった。
「この野郎!」
ひるまず長沼が背中に飛びつく。
ふたりとも死に物狂いの肉弾戦だ。
長沼はガルシアの首に腕を巻きつけた。
そして、首を締め上げた。
ガルシアが弱ってきた。
そこで腕を離した。
仰向けに倒れたガルシアに馬乗りになった。
手には先ほどのナイフが握られている。
「ヤマさんとオマイラの仇だ!死ねっ!・・・」
長沼はナイフを振り上げた。
その時、ふと、こんな思いが脳裏をかすめた。
「人を殺したおれが、復讐なんて許されるのか?・・・」
長沼はためらった。
復讐のまたとないチャンスである。
だが、どうしてもナイフを振り下ろせない。
「何をビビってるんだ?こいつは敵だぞ!殺せ!早く殺せ!・・・」
と自分に言い聞かせたが、
「人殺しのおれに、復讐の権利などない!・・・」
という良心の叫びが混じってくる。
どうすればよいのか。
決心がつかないでいると、腕を撃ち抜かれた。
「うわっ!・・・」
ガルシアの部下に撃たれたのだ。
長沼は激痛に転げまわった。
「早く逃げろ!」
ガルシアは部下とともに逃げていく。
長沼は顔を上げた。
復讐のチャンスは失われた。
と思った瞬間、
「ズダダダダダダッ・・・」
ヘリから機銃掃射が浴びせられた。
「うおっ!・・・」
逃げるガルシアと部下が蜂の巣になった。
血煙を上げて地面に突っ伏す。
「死んだか・・・」
長沼は全身の力が抜けるのを感じた。
戦闘は終わった。
長沼は血と泥にまみれてよろよろと歩いていた。
キャンプには硝煙が立ちこめ、ゲリラの死体が散らばっている。
ヘリが爆音とともに土ぼこりを舞い上げて着陸した。
軍人が2人降りてきた。1人は米軍の将校らしい。
「ナガヌマ、よくやった。作戦は成功だ」
「あんたは・・・」
目の前にいるのはロハスである。
「どうしてここに?・・・」
「説明すれば長くなるが、我々は米軍と共同でゲリラ狩りをやっている。お前のことはみんなが知っている。みんながお前に期待していたのだ」
「どういうことだ?」
「我々は長年ガルシアを追ってきた。こいつはゲリラの最高幹部の1人で、こいつを殺せばゲリラの弱体化は必至だ。だが、なかなか居所を突き止められない。そこで、お前をオトリにして、奴をおびき寄せる作戦だったのだ」
「おれをオトリに?」
「奴はお前を狙っていた。お前と女の居場所を捜していた。お前と女の居場所が分かれば、奴も動き出す。そこで奴の居場所を突き止め、急襲することに成功したのだ」
「つまり、こいつを殺すために、おれとオマイラを利用していたってことか?」
「まあ、そういうことだ。お前の活躍には感謝しているぞ」
とロハスが讃えた。
長沼は悔しかった。悲しかったし、切なかった。
自分が単なる殺人マシーンとして利用されていたのだと思うと、
「オマイラまで巻き込み、死なせてしまった・・・」
という自責の念がふつふつと湧きあがってきた。
サングラスをかけた米軍の将校が言った。
「君の任務は終わった。君が日本へ帰れるよう手配しよう」
ロハスは満足そうに笑っている。
「ふざけんなよ・・・」
長沼は込み上げてくる怒りを抑え切れなかった。
腕は使えないので、ロハスの顔面に頭突きを喰らわせてやった。
「うおっ!・・・」
ロハスは鼻柱を折られてぶっ倒れた。
「な、なにをする!くそっ・・・」
顔中を血に染めながら、
「貴様、狂ったか!早くこいつを連れて行け!」
と怒鳴った。
長沼は兵士たちに連れられていった。
その後。
長沼は米軍機でアメリカへ連れて行かれた。
そこで、日本の大使館員から事情聴取を受けた。
長沼はすべてを打ち明けた。
すると、大使館員から厳しく口止めされた。
「いいですか、ここで起こったことは、帰っても絶対に公言しないでください。いいですか・・・」
大使館員は脅すように言った。
「すべてはあなたのためです。なかったことにしてください。それがあなたの身のためですよ。いいですね?」
日本政府は事件を公にしたくなかったようだ。
米国政府から圧力をかけられたのだろう。
すべては闇に葬られたのである。
2003年の秋。
長沼は4年ぶりに祖国日本の土を踏んだ。
すでに家族は長沼が死んだものと思っていたらしい。
日本国内では自分が拉致されたことも、山田が殺されたことも、一切報道されていなかった。
政府は情報を隠蔽し、家族にも口止めをしていたのだ。
それから1年半後。
2005年の夏。
長沼は銀座の街中を歩いていた。
東京は梅雨入りし、毎日雨が降り続いている。
夜になって雨は止んだが、じっとりと汗ばむような陽気だ。
「あれからもう1年半か・・・早いものだな・・・」
長沼はポケットに手を突っ込んで歩きながら、ぼんやりと考えていた。
帰国後、長沼はフリーターになった。
彼女もできた。
日本での平穏な暮らしに戻ると、
「おれだけ生きて帰ってきて、本当にいいのだろうか?」
と思う。
非業の死を遂げた山田やオマイラの面影が頭から離れない。
日本は平和だ。豊かだし自由もある。
だが、この恵まれた生活に自分が甘んじていてもいいのか、という疑問が常に付きまとうのだ。
長沼は思い切って彼女に打ち明けようとしたこともある。
「なあ、じつはおれ・・・」
「なに?」
「いや、なんでもない」
「なによ?」
「兵士だったんだ」
「え?」
「拉致されて、友だちを殺されて、逃げて、兵士になって、恋人も殺されて、復讐しようとして・・・」
「なに言ってんのよお?」
彼女は冗談だと思ってケラケラ笑っている。
「なんていう映画?」
「映画じゃねーよ」
「夢でも見たの?」
「夢でもねーよ」
「じゃあ何よ?」
「これでも信じねえのかよ?」
長沼は腕の傷跡を見せたが、彼女は笑って言った。
「あんた、これ、昔バイクで事故ったときの傷だって、言ってたじゃん・・・」
「やっぱり、言うのはよそう・・・」
と思った。
言ったところで信用されるわけもないし、山田やオマイラが生き返るわけでもないのだ。
長沼が歩いていると、
「もしもし・・・」
急に呼び止められた。
「あの、もしかして、長沼さんでしょうか?」
目の前にいたのはどこかのオバサンである。
「ええ、そうですが・・・」
長沼は相手を思い出せなかった。
「お久しぶりです。山田の母です」
「ああ、ヤマさんのお母さん・・・」
「お元気ですか?」
「よく分かりましたね・・・」
もう高校のときから会っていないのだ。
見違えるようになった長沼と、ほとんど変わっていない山田の母親が対面した。
ふたりは近くの飲食店に入った。
ビールを飲みつつ自然と昔話になった。
長沼はこれまでの出来事を話した。
山田の母親は興味深く聞いていた。
話が山田の死に至ると、
「政府から知らされたんですよ。うちの子が殺されたって。映像で確認しましてね・・・」
母親は涙を流し、ハンカチで目を押さえた。
「そうでしたか・・・」
長沼も複雑な気持ちである。
自分だけが生きて帰ってきたということへの負い目を感じずにはいられない。
「ヤマさんを死なせたのは、このぼくです。ぼくが殺したようなものです。本当に申し訳ない・・・」
長沼は深々と頭を下げた。
料理が運ばれてきて話は中断した。
長沼はビールをひとくち飲んで言った。
「ぼくはヤマさんやみんなから命をもらったと思うんです。ヤマさんはぼくの身代わりになったと・・・」
山田やオマイラ、その他の犠牲があって、自分は生きているのだと思う。
「ぼくひとりで生きてるんじゃないんだな、と。みんなからもらった命なんだな、と思いましてね・・・」
そのことを知って、今はみんなに感謝しながら生きているのだ、と言った。
ふたりは店を出た。
表に出てから、
「じゃあ、お母さん。いつまでもお達者で・・・」
と言って別れようとすると、
「長沼さん、じつは・・・」
山田の母親が言った。
「じつは私、あなたを憎んでいました。うちのヨースケちゃんを殺した憎い奴だと思ってました。もしもどこかで出会ったら、その時はこの手で殺してやろうと思ってたんです・・・」
「え?」
「だからこうして、ほら、いつもこんなものを持ち歩いていて・・・」
母親はハンドバッグから果物ナイフを取り出した。
「今日、たまたまあなたを見つけて、私、殺してやろうと思ったんです。でも・・・」
「?・・・」
「でも、あなたと会って、気が変わりました。うちのヨースケちゃんはあなたの中で生きてるんです」
長沼は息をのんだ。
「ヨースケちゃんは、あなたの身代わりになった。だから、あなたは生きて帰ってこれた・・・」
母親はナイフをバッグにしまって、
「あなたを殺せば、私はこの手でヨースケちゃんを殺したことになってしまう。だから、殺すのはやめにしたんです」
「・・・・・・」
「あなたは生きてください。私も生きてほしいと思ってます。ヨースケちゃんの分まで生きてやってください。お願いします・・・」
一礼して、母親は雑踏の中に消えていった。
「・・・・・・」
長沼はしばらくたたずんでいた。
「今日も命拾いしたな・・・」
長沼は歩き出した。
「おれはあと何年、生きられるんだろうか・・・」
終わり
>>116 カルタゴは行ったことないなぁ。
カルタゴとカリの間にトゥルアっつー町があって12月にカバルガタがあったかな?
ま、普通カルタゴなんて行く人いないよね。
カルタゴにで住ませてもらって貧乏家族のセガレはシカリオだったよ。
香具師はいつもほとんど家でゴロゴロしてた。無口だった。
ある晩、みんなで夕食してる時に電話が鳴り、
香具師は脚の脛にピストルを隠し出かける準備をしてた。
漏れはびっくりしてどこ行くのか聞いたけど
香具師は答えず、家族の人達がそわそわしながら
「ロマーノはマフィアに頼まれた拳銃をカリまで届に行くだけよ」
と言っていたが…
怪しいもんだったよ。
今から14年前の話しだけどその数年後、
ロマーノは行方不明だと知らされました。
カルタゴは4百何十年という歴史がある古い町ですよね。
カリと同じような気候かな?
私は日本人のシカリオの話を聞いたよ。
>>伊井加玄西郎 ◆FUN.MYCqQs
読んでくれてありがとう!!
気候はカルタゴの方が朝晩の冷え込みが強かったくらいです。
「誰も知らない」は完筆してるの?
もし完結してるならメアド教えるから送ってくれない?
送ってくれって何を?
???
【誰も知らない】をです。
161 :
名無しさんの主張:2006/03/20(月) 19:35:03
おい、まだ160だぞ。
もっともっと、詳細に細部に渡って膨らませろよ。
会話中心のところが、ちょっと読むのが厳しいぞ
ノートを取って、色々資料も集めろな。
これで終わりかよ。
しょうがねーな、まあ初めはこんなものか。んじゃ、第二弾は
うん、そうだね。
昨夜みたプルーフ・オブ・ライフはおもろかったよ。
批評家にはボロクソこき下ろされていたけど。
タナカ、読んだよ。
面白かったぞ。
気弱なナガヌマが変貌していく課程がよく書かれていたと思う。
小平在住者。
>>タナカ君
今気がついたけど、台本ぽさがあるから
そのまま、脚本家になれば?
映画とかドラマの台本を見たり読んだりしたことある?
参考に成るんだったら公開、放送終了してる台本ならあげますよ。
野田高悟と山中貞雄を読んだ方が100倍ためになるよ。
今の脚本家なんてレベルが低すぎる。
[email protected] ↑のメアドにタナカ君の希望する送り先を知らせて下さい。
最近では郵便局留め以外にも
最寄りのコンビニ(セブンイレブン)とかもあるみたいだよ。
田中君に任せます。
>>170 めんご。PCの調子が悪くてメール送信できないみたいっす。
台本の話、どうもです。
実は僕も台本は読んでいたことがあるのです。
小さい頃「劇団ひまわり」(劇団ひとりじゃないよ)に子役で所属経験アリなんで。
「少年隊」全盛期に青山のスタジオに丸2日カンヅメ状態になったことも(結局お蔵に
なりますたが…)。今でも「外郎売」をソラで言えますw
ところで伊井加玄西郎さんは何故Colombiaに行ってたんですか?そこら辺の話に興味
ありますね。
そうなんだ。ひまわりにいたんだぁ。
舞台?映像?
コロンビアはね、むか〜し旅行会社に勤務してる頃に2度行ったんだよ。
ロスからアビアンカでボゴタ→カリ→カルタヘナ→バランキージャ
→サンタマルタを周ってきました。
2度目はカリ→カルタゴ→ペレイラ→ベレンとさらに
その先の山間部の村に行ったけど名前が思い出せません。
>>172 「帝都大戦」御存知でしょか?エキストラでほんの数秒だけ画面に出ますた。ひまわり出て日本児童に
移って毎月大森に通ったなぁ。奈美悦子はんとか志村健はんとかに会いますた。国分寺の半地下のカビ
臭い稽古場が懐かしいっす。
ロスからアビアンカ、懐かしいっすねー。もう廃線ですよね?旅行会社ってことは現地調査とかで?
14年前というとまだエスコバルが生きてた頃ですよよね?
あの頃はエスコバル全盛期だったね。
カリカルテルなんて屁でもなかったと思いますよ。
当時メデジンが安全だったと言うのがおかしかったね。
もう役者の仕事はしないの?
初めてコロンビアに行ったのは確か18年前でした。
アビアンカか廃線!?一昨年メキシコ行った時は
まだ存在してた様な気がするけど…気のせいかな?
コロンビアへ行ったのは勤めていた旅行会社の
社長が若い頃に南米を旅をしていてコロンビアが
一番美女が多いと楽しそうに語ってたから…なんて安易な動機ですw。
漏れの脇役になった経緯は、いい歳過ぎて、
廣済堂って言うプロダクションが募集してた
新人タレント発掘オーディションを
冗談で受けて冗談で受かったのがきっかけなんだ。
そこの養成クラスに一年通ってる内に
冗談でVシネの脇仕事が来てやってみたら
冗談みたいに好評で、1996年から2年間くらい脇役で飛ばしてたら
その内、ある人の目に留まったのか…以来はその人の飛躍と共に
脇役で活躍できる幅も広げて頂いてるんです。
全く冗談の様な話なんだけど今は真面目に受け止め
真面目にやるようにしてるんです。
>>174 14年前、92年というとエスコバルがエンビガドのカテドラルから脱走した頃ですね。
殺されたのが翌年ですから、もうだいぶ落ち目だったと思います。
そもそも自分からカテドラルに入ったのもカリ・カルテルとかロス・ペペスに命を
狙われていて、自分から努めて身を隠していないと危なかったくらいですから。
>もう役者の仕事はしないの?
子役でエキストラの経験しかないもんで、はい。時代劇で悪ガキ役をやって相手の
女優さんの頭を竹竿で思いっきりぶっ叩いて怒られたくらいですw
>>175 ロスアンジェルス〜ボゴタのアビアンカは確か2002年末で廃線になったと思います。
なるほど。哀川翔さん(妹が好きです)と並んで撮った写真はそういうことだったの
ですね。お仕事頑張ってください。
アビアンカ廃線と言う事はアメリカンかデルタあたりが路線買収したのかな?
で、タナカ君は作家や脚本家を目指してるの?
>>178 赤字廃線と聞きましたから、採算が取れなかったんでしょう。
航空会社の質は評判で決まりますね。
アビアンカは乗客の荷物を切り裂いて中身を盗む不届き者がいて、実際被害にあった
人を知っていますが、実に対応が悪くて二度と乗る気がしないと言ってました。
まだ25,6の小僧がいきなりデビューしても駄目でしょう。もっと人生経験を豊富に
するため目下修行中の身です。日々精進。
>>179よっしゃッ!ガンガレ!
一日一日を濃く生きて行こう。
台本はど〜しょうか?
参考になるのなら送りますよ。
仁侠モノのVシネが多いです。
他に2時間テレビドラマなど…
やはりVシネ系がメインですね。
保守
保守
185 :
田中和彦 ◆EsnZiYDJO. :2006/04/21(金) 20:13:27
あげ
186 :
Mr.名無しさん ◆CCF7kR6ZdM :2006/04/22(土) 10:50:39
age。もっとリアルに仕上げろ。
保守
188 :
タナカカズヒコ ◆EsnZiYDJO. :2006/04/30(日) 18:04:01
あげ
189 :
◆INXXbfbsns :2006/04/30(日) 19:40:24
age
190 :
タナカカズヒコ ◆PENIS.25Nc :2006/04/30(日) 19:44:29
age
191 :
タナカカズヒコ ◆EsnZ.G5JyU :2006/04/30(日) 19:45:15
保守
192 :
タナカカズヒコ ◆EsnZiYDJO. :2006/04/30(日) 20:41:15
荒らさないでおくんなさいまし。
193 :
◆INXXbfbsns :2006/04/30(日) 20:42:32
194 :
名無しさんの主張:2006/04/30(日) 20:45:00
このスレはタナカカズヒコのブログか?
195 :
タナカカズヒコ ◆EsnZiYDJO. :2006/04/30(日) 21:01:14
いいえ。
タナカのブログはしげるHPの第一相談室です。
196 :
アシッド ◆yV1kUsqr/. :2006/05/04(木) 16:45:03
アサガオの種は要るかぁ?
197 :
タナカカズヒコ ◆EsnZiYDJO. :2006/05/07(日) 16:18:23
あげ
198 :
菊地幸一 ◆Zk9xOlocOQ :2006/05/14(日) 16:36:27
あげ
保守
保守
このスレッドが1000を超えるのは不可能でございます。
もう書けないので、糞スレッドは立てないでくださいです。。。
202 :
名無しさんの主張:
あげ