【盗作家】田口ランディが万引き犯人や脅迫DQNを擁護

このエントリーをはてなブックマークに追加
2名無しさんの主張
■■■田口ランディのコラムマガジン■■■ 2003.2.04
----------------------------------------------------------------------------
「いてて……」
----------------------------------------------------------------------------

 ある古本店で中学生の男の子が数冊の単行本を万引きしてつかまった。
 店長は名前や住所を聞こうとしたけれど、少年は何も答えない。そこで、警察官が
呼ばれた。ところが少年は警察官から逃げ出し、そして遮断機の降りかけた踏み切り
を突っ切ろうとして電車に跳ねられて死亡してしまった。

 その後、古本店の店長のもとに「人殺し」という脅迫電話や、面と向かって「オマ
エが殺したんだろう」と言うお客さんも現れて、店長は責任を感じてノイローゼのよ
うな状態になってしまった。そして、ついには古本店を閉めてしまった。

 今朝のワイドショーで、この事件の経緯が地域の住民の方々の声も交えて報道され
ていた。
 万引きをした少年を、警察に引き渡すのは行き過ぎた行為なのか。
 そのことが問題の焦点になっていた。
 街頭インタビューを受けたある女性は「中学生くらいの子が万引きをしたりするの
は、誰でもやっていることで、そんなことで警察を呼ぶなんてほんとうにひどい」と
強い口調で語っていた。

 私は万引きをしたことはない。怖いからだと思う。
 二十歳の頃、友達といっしょに吉祥寺の本屋をぶらぶらしていて、それから本屋を
出て近くの喫茶店に入った時に、その友達がおもむろに分厚い本を取りだして「前か
ら欲しかったんで貰ってきちゃった」と言ったのだ。

【つづく】
3名無しさんの主張:03/02/05 00:59
 「え?」と、思った。いつのまにそんなことを……がーん。あのときの複雑な心境を
今でもよく覚えている。いろんな思いが交差した。おいおい、そういうことしちゃい
けないんだ。それは泥棒なんだゾ。だけどいいなあ、ちょっとうらやましいな。私だっ
て欲しい本あったのにな。

 私は、すごく曖昧に笑って「見つかったらどうすんの?」って言った。そんなこと
しちゃいけないよ、とは言えなかった。エラそうなこと言ってバカにされるのはイヤ
だった。だけど、ある不快感というか異物感みたいなものが胸のあたりに突っかかっ
ていてうまく飲み込めない。

「大丈夫、見つかったことないもん」と、その友達はケロリと言った。彼女は当時、
アンダーグラウンドな劇団で女優をしていて、ちょっとぶっとんだ感じで、大学とか
も中退していて、少しキレた感じでかっこよかったのだ。私よりもよっぽど突き抜け
ている。私はそういうアバンギャルドに憧れてはいるのだが、いまひとつハメをはず
せないタイプだった。

 私はその彼女に「万引きは悪いことだ」ってどうにも言えなかったのだった。

 高校の修学旅行のとき、民宿の朝ご飯が本当に不味かった。ご飯もみそ汁も冷めて
いて「愛がないなあ……」という朝ご飯だった。
 
 朝ご飯に生卵がついていた。私は高校生の頃は生卵が好きではなかった。それで、
生卵をそのままにしていた。すると、私の隣に座っていた女の子が「卵、食べないの?」
と言う。「うん」と答えると彼女はやおら私の生卵をつかんで、器に割り落としカシャ
カシャと混ぜた。

「こうして割っておかないと、また使われちゃうでしょ。それってシャクでしょ」と
彼女は言ったのだった。私はそのときも、ちょっとショックだった。その子は、生卵
を民宿の人がまた使えないように、そのために割ったのだ。別のお客さんに使われる
とシャクだから……と。      【つづく】
4名無しさんの主張:03/02/05 01:00
【つづき】
 そういう考え方もあるのだ……と、思った。そのときも、なんだか飲み込めない思
いみたいなのが胸のなかにつっかえてしまった。だけど、私は黙って何も言わなかっ
たし、いまでもそういうときどう言っていいのかよくわからないと思う。

 朝のワイドショーを観ていて、万引きをして電車に跳ねられた男の子のことも、警
察に通報した店長さんのことも、その店長さんに「人殺し」と言った誰かのことも、
それぞれのどちらが悪いとか、腹立たしいとか思わなかった。私が感じたのはもっと
別のもやもやとした感じだった。苦しくて、ちょこっと痛い感じ。

 20歳のとき、万引きをした友達に「万引きなんかしちゃダメだ」って言えなかっ
たのはなぜだろう。もちろん私がええかっこしいだったのもあるけど、でも「万引き
はいけない」って彼女だったわかっていたはずなのだ。そういうことわからないほど
マヌケな奴じゃなかった。

 生卵を割った友達も、生卵を使い回すことを見過ごせない切羽詰まったなんかを抱
えていたんだと思う。そういう切羽詰まってとんがってしまうようなときが、人には
ある。悪いとわかっていてもやってしまうようなときは人にはある。何かに因縁つけ
て、突っかかって怒っていないと、自分がぶっこわれてしまいそうな、そういうしん
どい時が人にはある。

 そういうときが確かに自分にもあったし、そのときの私の切羽詰まった感じは、た
ぶん私の周りの人をちょっとずつ傷つけていたんだろうなあ……と思う。ある時期、
狼少女みたいに周り中に噛みついていたような時があった。きっとみんな、私のガブっ
て噛まれながら、それでも「いてて……」と思いつつ我慢してくれてたんだろう。

 店長さんを「人殺し」と揶揄した人たちにも、やっぱり切羽詰まったものを感じる。
そんなふうに人に腹を立ててしまうとき、自分には棘があって、棘ってのは自己防衛
でもつものだから、自分がしんどいと棘が太くなる。     【つづく】
5名無しさんの主張:03/02/05 01:01
【つづき】

 「子供なら誰でも万引きくらいするものでしょう!」と怒っていた中年の女性にも、
やっぱり切羽詰まった苦しさみたいな感じを受けてしまう。なぜかこの言葉にも小さ
な棘を感じて「いてて……」と思うのだった。言葉にすると「いてて……」って感じ。

 でも、この「いてて……」を表現するまでは、ある異物感として胸に引っ掛かるな
にか……としかとらえようがなかった。だからこういう人を前にすると、途方に暮れ
て曖昧に笑ってるしかなかった。

 いまは「ああ、私が痛いんだ。この人の自己表現で私が痛いんだ」ってちゃんと思
えるようになったから、楽になった。

 昔は、ただの異物感だけだったから、自分が傷つていることにも気がつかなかった
ので、気持のもってき場がわかんなくて、棘にある人が怖くて、とてもしんどかった。

 街頭インタビューを受けた中学生たちの反応が良かった。「この事件についてどう
思いますか?」という質問に、みんなちょっと口ごもって「いてて……」っていう表
情をしていたのだ。腹を立てているふうではなく「せつないなあ」という表情をして
いたのだ。

 ああ、若い子たちはいいなあって、それを見てて思った。大人は感情を分けて表現
する。はっきりさせようとする。だいたい怒る。憎む。悲しむ。でも、感情ってあい
まいなものだ。喜怒哀楽みたいに区分けできるもんじゃないよね。

 「せつない」ってすごくやさしい感じ。そして、誰も責めない感じ。少し祈りと近
いと思う。

【エッセイはここで終わり】