第二十四話:FREEKEY芋茎【一】
ここで北野たちのいう芋茎という少年について触れておく
通称FREEKEY芋茎、名前は解らない
ただ大阪で殺人を犯し指名手配中であるということだ
現在は熊本の繁華街新市街で「SARU」というチームを興し
そのボスとして幅を利かせているということだ
ここで彼の過去に遡る
芋茎は大阪で一旗揚げるため故郷熊本を後にやってきた
しかしそこには厳しい現実だけが待っていた
彼は最初に務めていた十三のヘルスで先輩店員と客数名を半殺しの目に合わせ
大阪府警に逮捕された
しかし初犯ということで執行猶予となり釈放されたが、もはや夢は藻屑となった
どこも彼を雇い入れるところはない
彼は西成に移動し日雇い労働者として日銭を稼ぐ労働者となった
しかし、そこでも彼の凶暴な素行は発揮され労働者や
浮浪者と毎日のように揉め事を起こした
それは当然前科を持ちもう夢は叶わないという現実も手伝っていたのだろう
日雇い斡旋業者も彼をブラックリストに加え来ても仕事を紹介しなくなった
しかし食わねば死んでしまう。そして芋茎のような少年を必要とする人間がいた
彼はその地域でシノギ屋と呼ばれる路上強盗のグループリーダーとして
通行人を昼夜関係なく一斗缶で殴り倒し身包みを剥ぐという犯罪者に成り下がった
ある日いつものように夜間強盗をしているときのことだった
プロレスの興行で遊びに来ていたレスラーを仲間の一人が襲ってしまい
全滅の危機に直面した
芋茎は持っていた刺身包丁でそのレスラーを滅多刺しにしていた
血の付いた刃物を持ったまま彼は隣町の遊郭がいっぱいある地域まで走って逃げていた
そして人気のない公園でベンチに座り包丁を見つめていた
その時一人の若い女が隣りに座り芋茎に話しかけた
「私といっしょやな」
つづく
第二十五話:FREEKEY芋茎【二】
その女は自分といっしょ、と言った
芋茎にはなんのことだか解らなかった
「何のことじゃ?」と聞き返した
「あんたいっつも一人ぼっちやん。わたしもそうやから」
「あ…ああ…」芋茎は顔を赤くして下を向いた。その女はとても美しい女だった
芋茎の腹がなった。丸一日何も食べていなかったのだ
「お腹すいとるん?何か食べに行く?」女が聞いた
「いや…じゃっどんオイ、銭を持ってナカ…」悔しそうに言った
「わたしが食べさせたげるわ、いこ!」女は芋茎の手を取って歩き出した
途中、芋のいい匂いがしている屋台があった
「サトイモか…」芋茎は懐かしいものを見るような表情になった
「え?芋が食べたいん?もうちょっとええもんにしようや」
「すまん…あれ食わしてもらっても良かか?」照れくさそうに聞く
二人はさっきの公園に戻りベンチに座って芋の煮物を食べた
「オイは熊本のモンなんじゃ…このサトイモはオイの故郷の名物タイ
じゃげん、食いとうなったんじゃ…」
「へえ、そうなんや」女も美味そうに食べていた
「サトイモの葉っぱは芋茎(ずいき)て呼ばれとってのう、
滅多に花を咲かすことはないんじゃ…」
「なあ、何でこっちにでてきたん?」
「ん?ああ、都会で一旗揚げて金持ちになるためたい、じゃっどんもう無理じゃがな…」
「大丈夫やと思うで!あんたは芋茎みたいに滅多に咲かん花を咲かしたらええやん!」
「え…!そうじゃな、花は咲くかも知れんからな」
「なあ、寝るとこないんやったらウチにおいでや、な、そうしよ!」
「お前、名前はなんて言うんじゃ?」
「わたし?わたしはね、春香(はるか)よろしくな!」
二人は手を繋いで春香の家に向かった
芋茎のなかで少しずつ希望が生まれ始めていた
つづく
第二十六話:FREEKEY芋茎【三】
家に着くと春香は芋茎に一枚のTシャツを取り出して渡した
「これ、あげる」
Tシャツには大きく「SARU」とプリントがしてあった
「何じゃこれは」芋茎は困惑したような表情で聞いた
「わたしな、前に東京に住んどったんや、その時仲の良かった男の子たちが
これ着てたんや、サンタスティックウエアってゆうちゃんとしたブランドなんやで
でな、このTシャツはな、トーキョートライブってゆう漫画の主人公たちが着てた
もんでもあるんやで、おもしろいやろw」と言って笑った
「そうなんか…面白いこつあるなw」芋茎も一緒に笑った
「なあ、しようや」春香が電気を消して芋茎に求めた
芋茎も春香を受け入れ互いに抱きしめあった
翌日、春香は朝早く店に行くと言って少しの金を芋茎に渡して部屋を出た
芋茎も自分も働かなくてはという気持ちになりダメモトで斡旋業者を訪ねてみた
「なんや、お前か…しゃーないのお、ついてこいや」
二言返事で芋茎に仕事を紹介してくれた
全てがうまく回りだしたような気がしていた
頑張ればやり直せるのかもしれない、頑張らねばという決意にも似た感情だった
二人は同棲という形をとっていた
しかしこのことは誰にも言ってはいなかった、いや、いけなかった
春香の働く店は売春屋でこの部屋はそこの店長が用意してくれたものだった
そして寮は男子禁制だった
ある日芋茎がいつものように斡旋屋に向かっているとシノギ屋の仲間たちが近づいてきた
「おい、久しぶりやのう、ワレ今どこにおるんや?」
「おはんらにゃあ関係なか、帰れ、オイはもう盗人はせん」
「お前が殺した奴、佐々木っちゅう奴やがの、プロレスの興行の奴やったんや
そいつの仲間らがお前殺すゆうて探し回りよるぞ、昔の誼ちゅうやつや
俺らもお前みたいな危ないのとは金輪際ごめんや、悪いこと言わん、はよ逃げえ」
つづく
第二十七話:FREEKEY芋茎【四】
「オイに指図すなや!」芋茎は男の襟首を掴み包丁を咽喉元に突き立てた
「ま…待てや!解った…もう何も言わん、その代わり、俺らのことも喋らんといてくれ、
な、頼む…」男は涙を流しながらしがみ付いた
「わかっとる、誰にもしゃべりゃあせん」芋茎も答えた
その後はいつものように仕事をして春香の部屋に帰った
「ただいま」芋茎が部屋のなかに入ると春香が倒れていた
「おい、どうしたんじゃ!」
「あ…お帰り…ちょっと熱っぽくてなあ…でもわたし仕事いかんとあかんから…」
「休ませてもらわんと、酷い熱がありもっそ!」
「ダメやねん…店長厳しい人やから…休ませてもらえんねん…
なあ…あの時の公園で待っててくれる?あそこで逢いたいんや…」
「わかった…無理したらいかんど」
春香は苦しそうに支度をして部屋を出て行った
それが春香を見た最後だった
芋茎があの日逃げてきた公園で春香を待っていると救急車が売春街の方へ向けて
走っていった
芋茎がもしやと思い店の方へと駆け出した
人だかりが出来ていて中から担架に人が乗せられて搬送しているのが見えた
芋茎が裏口から店の中に入り店長を探し回った
手には既に血痕のべったり着いた包丁が握り締められていた
「なんや!ワレ!」ボーイの一人が走ってくる
包丁がその男の咽喉仏を一文字に切り裂いていた
返り血を浴びながら芋茎は腰を抜かしている店長に近づいた
「お…お前か…春香に最近近づいとった糞餓鬼は!!春香は死んでもうたぞ…」
「春香が死んだじゃと…くそ…くそお…お前が殺したんじゃあああああああああ!!!!!」
芋茎は店長を全身滅多刺しにした、顔、身体、腕、足、刺せる所は何箇所刺したか
解らなかった、芋茎は春香の部屋に戻りもらったTシャツを掴むと
外へ飛び出し走っていった、外には雨が降り始めていた
つづく
第二十八話:新市街SARU
熊本一の繁華街新市街、ここに芋茎は潜伏していた
街中に「SARU」と刺繍やプリントのしてある服を着た少年たちが屯している
「明さん、北野さんはまだじゃろうか?」
「もうすぐ来るはずだよ」明と呼ばれる男が答える
その時一台のタクシーが止まった
SARUのメンバーが中から降りてきた二人の男に近寄り調べようとした
明が「その二人はお客さんだよ」と声をかけるとメンバーは下がっていく
人垣から北野と佐川が現れ近づいてくる
「キミが芋茎くんだね?」北野が芋茎に尋ねる
「ああ、オイが芋茎たい」
「もう明くんから聞いてると思うけど、そこら辺で一杯やりながらどうだ?」
「解りました」芋茎は頷いた
「実はな…」北野が言いかけると
「詳しいことは一通り明さんから聞いちょります…北野さん、永遠の命についてなんじゃが
それはどうやって手に入れるんじゃ?」
「ああ、そもことか…それは島にいる雅という男からだ」
「で…死んだ人間は生き返らせたりできんばいか?」
「死んだ人間?何故だ?」
「オイには好きな女がおったんじゃが死んでしまいもした…じゃっどん明さんから
その話を聞いてもしかしたら思うて…」
「それは出来ないな…と言ったら島行きは嫌か?」
「いえ…自分には夢がありもす…」
「夢ってなんだ?」
「この世界で花を咲かせることです、その女と約束したんです」
「なら島に行って優勝してそこでその夢を実現させればいいじゃないか」
「島では駄目なんじゃ、表の世界じゃなけんにゃ」
「そうか、解った。じゃあ優勝してこっちの世界で夢を実現すればいいさ
それとな、明日、神戸に移動してくれ、仲間は数人なら連れて来ても構わないからな」
つづく