【自己顕示】BarmyArmyハバネロ: rev.2【裸の王様】

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 この手紙はすでに田宮特高課長に渡しました実物の写しで、貴下にお眼にかけたいためにコピーを取って
置いたものですが、これを初めて読みました時も私は、何の感じも受けずにいる事が出来ました。依然として
呆(あき)れ返ったトボケた顔で、相手の鋭い視線を平気で見返しながら問いかけました。
 「ヘエ。貴方(あなた)がこの手紙の曼陀羅先生で……」
 「そうです」
 相手は初めて口を開きました。シャガレた、底強い声でした。
 「モウ死骸は片付けられましたか」
 「火葬にして遺骨を保管しておりますが……死後三日目ですから」
 「姫草が頼んだ通りの手続きにしてですか」
 「さようです」
 「何で自殺したんですか」
 「モルフィンの皮下注射で死んでおりました。何処(どこ)で手に入れたものか知りませんが……」
 ここで相手は探るように私の顔を見ましたが、私は依然として無表情な強直を続けておりました。
 曼陀羅院長の眼の光が柔らぎました。こころもち歪(ゆが)んだ唇が軽く動き出しました。
 「先月……十一月の二十一日の事です。姫草さんはかなり重い子宮内膜炎で私のところへ入院しましたが、
そのうちに外で感染して来たらしいジフテリをやりましてね。それがヤット治癒(なお)りかけたと思いますと……」
 「耳鼻科医(せんもんい)に診(み)せられたのですか」
 「いや。ジフテリ程度の注射なら耳鼻科医(せんもん)でなくとも院内(うち)で遣(や)っております」
 「成る程……」
 「それがヤット治癒りかけたと思いますと、今月の三日の晩、十二時の最後の検温後に、自分でモヒを注射した
らしいのです。四日の……さよう……一昨々日の朝はシーツの中で冷たくなっているのを看護婦が発見したのですが……」
 「付添人も何もいなかったのですか」
 「本人が要(い)らないと申しましたので……」
 「いかにも……」
 「キチンと綺麗にお化粧をして、頬紅や口紅をさしておりましたので、強直屍体とは思われないくらいでしたが……
生きている時のように微笑を含んでおりましてね。実に無残な気持がしましたよ。この遺書(かきおき)は枕の下に
あったのですが……」
 「検屍はお受けになりましたか」
 「いいえ」
 「どうしてですか。医師法違反(いはん)になりはしませんか」
 相手は静かに私の瞳を凝視した。いかにも悪党らしい冷やかな笑い方をした。
 「検屍を受けたらこのお手紙の内容が表沙汰になる虞(おそれ)がありますからね。同業者の好誼(よしみ)というものが
ありますからね」
 「成る程。ありがとう。してみると貴下(あなた)はユリ子の言葉を信じておられるのですね」
 「あれ程の容色(きりょう)を持った女が無意味に死ぬものとは思われません。余程の事がなくては……」
 「つまりその白鷹という人物と、僕とが、二人がかりで姫草ユリ子を玩具(おもちゃ)にして、アトを無情に突き離して
自殺させたと信じておられるのですね……貴下は……」
 「……ええ……さような事実の有無(うむ)を、お尋ねに来たんですがね。事を荒立てたくないと思いましたので……」
 「貴方は姫草ユリ子の御親戚ですか」
 「いいえ。何(なん)でもないのですが、しかし……」
 「アハハ。そんなら貴下も僕等と同様、被害者の一人です。姫草に欺瞞(だま)されて、医師法違反を敢(あ)えてされたのです」
 相手の顔が突然、悪魔のように険悪になりました。
 「怪(け)しからん……その証拠は……」
 「……証拠ですか。ほかの被害者の一人を呼べば、すぐに判明(わか)る事です」
 「呼んで下さい。怪しからん……罪も報いもない死人の遺志を冒涜(ぼうとく)するものです」
 「呼んでもいいですね」
 「……是非……すぐに願います」
 私は卓上電話器を取り上げて神奈川県庁を呼出し、特高課長室に繋(つな)いで貰った。