母娘2世代同時調教

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150快楽拷問人
見てもらってるとわかると書く甲斐があります。
娘を教え始めて数ヶ月で女を縛るようになった。毎週のように出てくる
女を毎回縛り、時に奴隷になるつもりじゃなかったのに、といいながら
女は必ず緊縛されて抱かれる。その間、娘も毎週行って教えた。娘とい
るところに女が食事をもってくる。そして世間話する。けれど、そこに
媚態のような感じがでてきた。今まで余り夜遅くなるということがなか
ったのが、毎週のようにある。今まで必ず娘と風呂に入っていたのが、
遅くなった日には、別に入浴する。そして、手首の赤いアザの痕。女は
ハンドバッグの紐のせいだとか、転んだとか言ってていたらしいが、娘
が疑い始めるのは当然だ。ある時、女が独りで風呂にいる時に、突然娘
が入ってきたので、きつく言って止めたが、全身に走る、赤いアザや鞭
のスジ、青黒くなった痕を瞬間見られた様だといっていた。だから、娘
は昼間突然電話をかけてくるようになった。携帯をかけてくるのは娘く
らいだと聞いていたので、そのままにしていると、直ぐ後でまた鳴る。
そこで、後手の女の猿轡をはずして耳に携帯をあててやり、こちらも携
帯に耳を当てると、娘のいつもの細い声で、ママ今どこ、何してるの、
というのが聞こえ、あわてた女が、お友達とお茶してるところで、食事
も誘われてるから、夜は独りで食べなさいと、不自然に甲高い声でいう。
こんなことは、何回もあり、女を抱いている最中のことも、雁字搦めの
無惨な場面を写真に収めている時のこともあった。鎖の音まで聞こえた
ことはないと思うけど、携帯を女に押し当ててからあわてて猿轡を外す
という間合いの悪いこともあったし、何より、女が苦しい形で緊縛され
ていたり抱かれていたりで、不自然な受け答えをするので、少女の直感
でわかっていたと思う。だから、もう少しして、この娘を初めて抱く時
に、イギリス製のごつい手枷にも鎖にも抵抗しなかったのだろう。