中庭からは賑やかな声が響いていた。
うちの高校の文化祭まであと数日。生徒たちは放課後も忙しそうに出し物の準備をしていた。俺はというと、
校史委員会に所属しているので(ほとんど文化祭の時期だけ活動する閑職なので、楽でいいやと思ったのだ)、
その時はクラスを離れて「校史展示コーナー」の準備をしていた。「校史展示コーナー」には毎年、委員が
いくつかのテーマについて学校の歴史をまとめたものを展示している。俺は中庭の池について調べ、まとめた
ものをとりのこ用紙に書いているところだった。
「誰か、第2地学教室から机と椅子を取ってきてくれないかなー?」
ふと声のした方を見てみると、手に画鋲の箱を持った委員長が周りを見ながら言っていた。誰も委員長と目を
合わせようとしない。ヤバい、と思ったときには遅かった。委員長が俺の方を見て、目が合ってしまった。
「あ、じゃぁ高槻くんと川相さん、お願いできるかな?」
隣にいた"川相さん"に目をやると、「え?」という顔で俺―――言い遅れたが、俺の名前は高槻宗一だ―――
と委員長を見比べている。
川相宏枝は、うちのクラスのもう一人の校史委員だ。吹奏楽部に所属しているカワイイ子だ(完全ではないが、
ちょっとだけ若づくり―――要するにロリ―――だろうか。俺は芸能人に疎いので、誰に似ているなどという例え
はできないが)。俺の好みのタイプだったが、あいにく俺は人付き合いが苦手なので、あまり仕事以外の話を
したことはなかった。
「川相さん、高槻くんと一緒に第2地学教室から机と椅子を持ってきてくれないかな?」
委員長が言った。宏枝は笑いながら「はい」と返事した。巻き添えにされて怒ったかな?と思ったが、宏枝の表情
からは、少なくとも怒りの感情は読み取ることができなかった。
「ごめん、余計な仕事増やしちゃって。」
第2地学教室へ向かう途中で、俺は宏枝に謝った。怒ってはいないようだが、一応謝っておいた方
がいいだろう。
「え?」
宏枝は一瞬、何を言っているのか分からないというような顔をしてから、それを笑顔に変えて言った。
「・・・ああ、いいよ、別に。謝ってもらうようなことじゃないよ。」
だいたい予想していた答えだ。俺は返事する代わりに笑ってみせた。
第2地学教室は別館の3階にある部屋である。昔(おそらく10年以上前)はその名のとおり2つめの
地学教室として使われていたのだが、最近は生徒数が減ったので必要なくなり、現在は物置として
利用されている。
並んで歩きながら、俺は改めて宏枝のことを観察した。身長は160cm強、と言ったろころだろうか。
スタイルが良い、というより大分痩せている子だ。が、その割に、そこそこ胸は大きい(といっても、
せいぜいCカップぐらいか)。
いつものことながら、ほんとにカワイイ顔をしている。サラサラの髪が肩ぐらいまで伸びているのを
後ろで束ねていて、そのため首筋が露わになっていた。俺が今まで見てきた中でも"最上級"に分類
されるであろう、長くてなまめかしい首だ。何本か横じわが入っていて、のけぞると気管(?)が少し
浮き上がった。吹奏楽は喉を使うからなぁ、部員の首はみんなこんな感じなのかな・・・と、他の吹奏楽
部員の知り合いを思い浮かべようとしてみたが、首の様子までは正確に思い出せなかった。
そうこうしながら、俺たちは本館から出た。別館と本館とは渡り廊下で繋がっている。もう6時に近い
ので辺りは薄暗くなっており、心なしか生徒たちの声も少なくなっているような気がした。
別館は各理科教室と音楽室が入っている、木造の古い建物だ。音楽室を練習場所にしている合唱部はもう
帰ったようで、別館内はひっそりとしていた。
俺は宏枝より少し先行し、第3理学教室のドアを開けた。この教室は掃除などしないので、かなり埃っぽい。
そして周りよりさらに薄暗かった。
俺たちは中に入ると、良さそうな机と椅子を・・・いや、部屋の中のものを物色し始めた。大きな作り付けの
机がならんでおり(普通の机や椅子も運び込まれている)、その上にいろいろと珍しいモノが置いてあって、
興味をそそられるのだ。昔の文化祭で使ったと思われる着ぐるみや錆びた工具類、古いボードゲーム、
どこかの部活の機関紙、エトセトラ、エトセトラ・・・。
俺はボールペンが入ったケース(何かの景品が余ったものだろうか)が大量に入っている箱を漁りながら、
意識は宏枝に向いていた。宏枝は少し離れたところで積み上げられているカセットテープを1つ1つ手に取り、
タイトルを確認している。
いつの間にか、動悸が激しくなってきていた。それに気づくと、「やっと気づいたか」というように心臓はさらに
パワーを上げ、喉から飛び出るのではないかというほど拍を打ち始めた。
静まり返った校舎の一室で、カワイイあの子と2人っきり・・・とびきりのシチュエーションだ。俺は(いつもの
ように)理性を保とうと試みたが、今回はあきらめた。ええい、もうどうにでもなれ・・・俺はドアをそっと閉め、
ゆっくりと彼女に近づいていった。
「あ、いけない。すっかり夢中になっちゃったね。どの机を持っていこうか。」
俺が近づくと、宏枝は本来の仕事を思い出し、こちらを向いて微笑みながら言った。もちろん、俺は本来の
仕事など頭から完全に消し去っている。
「高槻くん・・・?」
宏枝は不審そうな顔になって言った。このときの俺は、ひどく無表情だっただろう。俺の意識は彼女に
―――中でも一番そそる彼女の首筋に―――集中していた。
「なに・・・?」
言いかけた彼女の首に、俺はそっと手をかけた。
「っ・・・!?」
俺が首に手をかけると宏枝はびくっとして、一瞬自分の首に絡みつく手を見た後、怯えた目で俺の目を見た。そして、細い手で
俺の手首をそっと掴んだ。まだ首に触っているだけで、絞めてはいない。ゴクリ・・・と唾を飲み込む感触が手に伝わってきた。
俺はしばらく力をいれずに両手で彼女の首を撫で回し、なめらかな、そして手に吸い付くような感触を堪能した。
「ちょっ・・・高槻くん・・・やめてよ・・・。」
宏枝が小さな震える声で言った。また唾を飲み込む感触。彼女は口を少し開けて「はぁ・・・はぁ・・・」と、まだ息ができることを
確かめるような、注意深い呼吸をしている。
「ねぇ・・・やめてってば・・・。」
相変わらず、震える声で―――それは既に、俺を興奮させる材料のひとつにしかなっていなかったのだが―――彼女は訴えた。
俺は無表情のまま答えない。そして、彼女の喉仏あたりに被さっている両の親指に、ほんの少しだけ力を入れた。
「ん・・・。」
微かな声らしき空気を、彼女は吐き出した。少し息苦しくなったようだ。さらに注意深く、ゆっくりと呼吸をしている。弱々しく俺の
手首を自分の首から引き抜こうとするが、もちろん無駄だ。
どうやら、もう俺にやめて欲しいと訴えるのはあきらめたらしい。目を伏せ、俺の手を見ながら小さな呼吸をしている。まだまだ
「絞めている」とは言い難いが、これだけでも充分興奮できる。
それでも、彼女の呼吸に合わせるように、俺は少しずつ親指の力を増していった。
「・・・ぅ・・・苦し・・・ん・・・・・・!!」
そして俺は、ある程度までいくと、思い切って親指を彼女の首に押し込んだ。
「・・・・ーーー!!!」
俺は精一杯の力で宏枝の首を絞め上げた。俺の親指は、彼女の喉仏の下あたりで気管を圧迫している。
彼女はうつむき気味になり、口を大きく広げ、空気を吸い込もうとしたが、果たせない。俺の手首にかかった
彼女の手にも力が入る。
「・・・ん゛・・・あ゛・・・あ゛・・・・!!」
気管が潰れて内部が触れたのだろうか、彼女は咳をしようとしたが、これもできない。目をぎゅっと瞑り、
口だけを大きく広げて、いかにも苦しそうな表情をしている。2〜3秒、あるいは1秒だったかもしれない。
俺は少し心配になり、すっと指の力を緩めた。
「ごほっ、ごほっ・・・うっ・・・ごほっ!!・・・」
彼女の手の力も緩んだ。彼女は何回も咳をしたが、俺はまだそれが続いている間に、親指を喉仏の
少し上に移動させ、また力を込めた。
「げぐっ・・・あ゛あ゛・・・・・・ん゛・・・ーーー!!!」
彼女はのけぞり、なまめかしい白い首筋をこれでもかというほど俺に見せつけた。俺はそのまま少し指を
下(喉仏の中央)に移動させて、絞め続けた。彼女の顔が赤みを帯びてきた・・・最高だ。
と、突然俺の手首に鋭い痛みが走った。見ると、彼女が爪を立てている。
かわいらい反抗をしてくれるじゃないか。誰かが(おそらく俺自身だろう)俺の頭のなかで呟いた。"制裁"
のため、俺はグッ、グッと2回に分けて親指の力を強めた。
「・・・っ・・・っ・・・ーー!!」
声(息)が聞こえたかどうかは分からない。が、彼女がその2回にきちんと反応したのは分かった。既に
気管は完全に遮断されているようだ。だが、爪を立てている手にはさらに力が入った。
俺はさすがに顔を歪めたが、ふと机の上に"あるモノ"を見つけて、彼女を床に放り出した。木張りの床
の上に体が落ちるドカッという音がして、埃が舞った。
俺が見つけたのは、ガムテープだった。手にとってみると、そう古いものではなく、きちんと使えそうだ。
「がはっ・・・ごほっ、ごほっ、ごほっ・・・う゛ぅ・・・ごほっ・・・」
宏枝は埃だらけの床の上に倒れたまま両手で喉を押さえ、咳をしていた。
俺はガムテープを持って彼女をうつ伏せにしてのしかかり、両腕を掴んで後ろに引っ張った。
「ごほっ、ごほっ・・・ん゛う゛・・・!! げほっ、げほっ・・・」
彼女は何か言って抵抗しようとしたが、言葉にならなかった。俺は力なく抵抗する細い腕を後ろで交差
させて押さえつけ、ガムテープで縛った。
「げほっ、げほっ、はぁっ・・・や・・げほっ、・・・や・・・う゛・・・やめて・・・」
彼女はやっと弱々しく言葉を発した。ガムテープで口も塞ごうかという考えもちらっと浮かんだが、絞め
上げた時の大きく開けた口の様子を考えると、とてもそれを塞ぐ気にはならなかった。第一、こんな時に
鼻だけで呼吸をさせるのは危険だろう。俺の思考は理性の抑制を完全に受け付けなくなっていたが、
彼女の首を絞めることに関しては驚くほど冷静だった。
当然のように俺は彼女の懇願を無視してガムテープをそこら辺の机の上に置いた。そして彼女を仰向け
にして、両手で首を掴んで無理やり立たせると、ちょっと空いていた机に押し付け、そのまま絞めた。制服
も顔も埃まみれだが、そんなことは気にしない。机に押し付けることによって親指の圧力はさらに強まった。
「あ゛・・・・っ・・・・・ーーー!!」
頭を左右に振って抵抗する彼女の目から、涙がこぼれた。
「う゛・・・あ゛・・・ごほっ・・・!!」
相変わらず俺は宏枝の首を強い力で絞め続けた。時々死なない程度に緩めたが、それでも確実に、彼女を
死へ近づけていった。
この後の俺の行動には、いくつかの選択肢があるように思えた。このまま絞め殺してしまうか。それとも謝る
べきか、脅して口止めするべきか。あるいはガムテープで口を塞いで強姦ということもできる。
だが、さすがに殺したりレイプしたりすると後が厄介だ。誰かに偶然見られてしまう可能性もある。というわけ
で、この2つは早々に消えた。また、ここまでやってしまっては、いくら彼女が優しいといっても、謝ったところで
到底許してもらえないだろう。となると、脅して口止めという選択肢しか残らない。
「・・・ぁ゛・・・・・・、・・・・・・・」
宏枝はだんだんぐったりしてきていた。力を緩めても弱々しい咳をするだけで、再び絞めても反応が鈍い。心
なしか、首の感触も柔らかくなってきているようだ。
俺は絞めながら周りを見回して、何か良いモノがないかと探してみた。・・・向こうの方にカッターが見える。
宏枝の首から手を離すと、彼女は机からずり落ちそうになった。彼女の首にはどす黒い痕がついていた。
「げほっ・・・げほっ・・・んん・・・」
俺は力なく咳き込む彼女を抱きかかえて、机の脚のところにもたれるように座らせると、カッターを取ってきた。
そしてその辺りにあった椅子(回転椅子)に座り、彼女を自分の膝の上に抱き、顎のところにカッターを突きつけ
た。ちょっと錆びているが、充分人の肌を切り裂くことはできそうだった。
「けほっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
力なく息をしながら、宏枝は虚ろな目でカッターの刃を見つめていた。俺の顔は彼女の頭のすぐ後ろ
にきている。彼女の髪のいい匂いがする。俺はすうぅぅ・・・っと、鼻から息を吸い込み、ゆっくり吐いた。
そして、
「まだ喋れないか。」
彼女に話しかけると、彼女を抱きかかえている方の手で、制服の上から彼女の胸を揉んでみた。
なるほど、痩せている割には(あくまでも"その割に"は)大きな胸だ。柔らかくて気持ちいい。
「う・・・っ・・・んっ・・・・はっ・・・」
彼女は微かに喘いだ。俺は彼女が回復するのを待っても仕方がないと思い、揉むのをやめて話しか
けた。
「このことは、もちろん他の人には秘密にしてくれるよな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼女の返事はなかった。静かに呼吸をしているだけだ。俺はカッターの刃を彼女の頬に触れさせて、
続けた。
「まぁ、言ったらどうなるかは分かるだろうけどね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
返事はない。返事がどうのこうのよりも、こんなことを自分が喋っているということが信じられなかった。
「そうだ、何か保証になるようなモノがいるね。」
そう言うと、俺はポケットの中から携帯を取り出し、何枚か彼女の写真を撮った。絞められた跡が
くっきりとついた首、涙で虚ろな目を腫らした顔、埃まみれになった制服、そしてスカートの中・・・。
「この様子を見たら、誰でもまずレイプされたと思うだろうね。」
相変わらず返事はなかった。彼女の呼吸は少しずつ元通りになっているようだった。
「荷物は教室だったよね?委員長には『川相さんは用事を思い出して帰った』って言っとくから、帰りな。
委員の方の片付けはしとくから。」
俺は宏枝を後ろ手に縛っていたガムテープをはがしながら言った。はがしてしまうと、丸めてゴミ箱に入れた。
「・・・ごめん。本当にごめん。最初はただの出来心だったんだよ。」
ふと、俺はさも済まなさそうに言った。実際、この時俺は彼女に対して本当に済まない気持ちになっていた。
「でも、ここまで来たら後には引けないから・・・悪く思うな、って言っても無理だろうけど。」
「・・・許さない・・・。」
彼女が初めて口を開いた。
「許さない、絶対に。あんた、最低よ・・・。」
泣いているのではなく、今にも飛びかかってきそうな顔で彼女は言った。
「俺に対してなら、なんとでも言っていいし、思っていいよ。」
俺はそう言うと、机と椅子を担いで第2地学教室を後にした。
その後、宏枝は1週間学校を休んだ。文化祭の日も。担任の先生によると、理由は「突然の高熱」ということ
だったが、俺は彼女が自殺してやしないかとヒヤヒヤした。
1週間後、彼女は元気なさそうに登校してきた。当然、俺とは目を合わそうともしない。女友達と話すときは
元気を装っているようだが、ショックをだいぶ引きずっているのは明らかだった。
結局、彼女は誰にも言わなかったようだし(首についた痕は、うまくごまかしたんだろう)、復讐を受けること
もなかった。しかし、俺は彼女の人生の一部分を汚してしまったという罪悪感で、長い間苦しんだ。高校を
卒業して彼女と離れるまで、彼女に利することなら何でもやった。それでも、最初の"出来心"を悔やむ日々は
続いた。
彼女はどこで何をしているだろう? 今でも気にかけている。