【もうすぐ】禁スロマラソン38km【春ですね】

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501( ´∀`)ノ7777さん
評論家とは逆に、安保闘争の敗北など、当時の無力感を吹き飛ばすエネルギーに満ち溢れた映画に
観客は熱狂的に迎え入れた。
またそれまでヤクザ映画に見向きもしなかった朝日新聞の映画評で絶賛され、
朝日が誉めたことで影響は各紙誌に及び、映画の大ヒットに繋がったともいわれる。
19歳のとき、大阪の道頓堀東映でこの映画を見た井筒和幸は、オレたちの青春とシンクロしすぎて、
熱いものがガーっときて、プー太郎だった自分がウワーとなって、もっていかれたという。
それまでは洋画一辺倒で日本映画なんて馬鹿らしくて、この映画がなかったら
日本映画なんて観に行かなかったろうと話している。
当時はビデオやDVDがなかったので、再上映を待って朝日ベストテンの1位(1〜3部)受賞での
再上映でまた観に行くと、今度はインテリ風の観客が多くて、こんな映画を見せていいのか
心配になったという。
その後は高い評価で定着したが、近年も人気は持続し関連本・研究本が続々刊行される他、
大友勝利など、メインキャラのフィギュアなども発売されている。
2003年5月3日にはNHKで特集が組まれ、ETVスペシャル"「仁義なき戦い」をつくった男たち"
のタイトルで放送もされた。
ヤクザ映画をNHKが特集するのは画期的な事と思われるが、これも前述されているように、
この映画が単純にヤクザ映画の範疇に収まっていない証明でもある。
深作はもともと客が入らない監督として知られていたため、この映画の大ヒットには戸惑っていたという。
映画が製作された1970年代の始めは広島抗争はまだ燻っていて、いささか危険な状況で、
過去にもこの題材は東映をはじめ各社が映画化に取り掛かっては頓挫する、
折り紙付きの難物であった。
このため当初は広島ヤクザをあまり刺激しないよう当事者に取材はせず、
チャッと撮って正月第二週あたりの添え物で、ノン・スター、1時間10分くらいの白黒映画で
やる予定であった。