環境が清潔すぎると、アレルギー疾患が増える
という衛生仮説は非常に話題となっていたが、
近年、ドイツを中心とする医科学チームの研究により乳幼児期における
エンドトキシンの曝露量が、以後の花粉症やぜんそくの発症に
密接に関係していることが明らかにされた。
これは、乳幼児期の環境が清潔すぎるとアレルギー疾患の罹患率が高くなる
という重要な報告である。
また、これらの研究を取り上げたドキュメンタリー番組
「病の起源 (NHKスペシャル) 第6集 アレルギー 〜2億年目の免疫異変〜」
が2008年11月23日(日) 午後9時〜9時49分にNHK総合テレビで放送された。
現在、日本国民の15%以上が花粉症であると言われる。
環境省は1998年の推計として16%という数字を挙げている。
だが、大規模な疫学調査は実際には行われておらず、その実態は推測によるしかない。
1994年の花粉症を含めたアレルギー性鼻炎の調査では、
その患者はおよそ1800〜2300万人と推定された。
信頼性に問題があるため、あくまでも参考値ではあるが、
2005年末から2006年にかけて行われた首都圏8都県市によるアンケートでは、
花粉症と診断されている人が21%、自覚症状からそう思うという人が19%、
すなわち花粉症患者は40%という数値が出されている。
また、ロート製薬によるアンケートでは、16歳未満の3割が花粉症と考えられるという。
その他、病院への受診者の推移などから、1970年代に患者数は3〜4倍に増加した
との報告や、最近10年で患者数が倍増したなど、さまざまなデータがある。
しかし、1990年代以降の患者数の増加は顕著ではなく、
今後もそう急激な増加はないだろうと考えられている。
使われる医療費は、1994年の推計では年間1200〜1500億円とされた。
1998年の調査では、有病率10%とした場合の年間医療費が2860億円 、
労働損失が年間650億円と推定された。
なお、第一生命経済研究所の試算によれば、患者が花粉症対策に用いる費用
(俗に花粉症特需といわれる)は639億円に上るが、
シーズン中の外出などを控えるために、1〜3月の個人消費が7549億円減少するという
(ただし、これはスギ花粉の大飛散があった2005年の場合である)。
最近はスギがない沖縄県や北海道へ、花粉を避けるための
短〜中期の旅行に出かける患者が増えているという(俗に花粉疎開と呼ばれる)。
旅行会社がそうしたツアーを売り出すことも行われており、
観光資源の一つとして誘致に名乗りをあげる地域もある。
患者が移住した例も報道された。医学的にみれば転地療養といえる。
一般に、小児期には男性に多く、成人では女性に多い傾向があると言われる。
自然治癒率についての確立した知見はないが、概ね1〜2割と言われる
(治癒とは、臨床的に3シーズン連続して症状を呈さない状況を言う)。
花粉症を引き起こす植物は60種以上が報告されている。
報告されていないものも含めればさらに多いであろうということは容易に想像できる。
春先に大量に飛散するスギの花粉が原因であるものが多いが、
ヒノキ科、ブタクサ、マツ、イネ科、ヨモギなど他の植物の
花粉によるアレルギーを持つ人も多くいる。
特にスギ花粉症患者の7〜8割程度はヒノキ花粉にも反応する
(よって、スギ・ヒノキ花粉症と呼んだほうがよいとの指摘もある)。
また、「イネ科」と総称されることからもわかるとおり、
その花粉症の患者は個別の植物ではなく
いくつかのイネ科植物の花粉に反応することが知られている
(○○科と総称されるのは光学顕微鏡による肉眼観察では区別がつかないためでもある)。
これらは花粉に含まれているアレルゲンがきわめて類似なため、
交差反応を起こしているからである(個別の花粉アレルゲンに重複感作されている場合も
もちろん考えられる)。
スギの少ない北海道ではスギ花粉症は少なく、
イネ科やシラカバ(シラカンバ)による花粉症が多いなど、地域差もある。
中国地方、ことに六甲山周辺において、大量に植樹された
オオバヤシャブシによる花粉症が地域の社会問題になったこともある。
北陸の稲作が盛んな地域では、他地域よりもハンノキ花粉症が多い
(シラカバ、ハンノキ、ヤシャブシ、オバヤシャブシなどは
口腔アレルギー症候群をおこしやすい)。
アメリカではブタクサ、ヨーロッパではイネ科の花粉症が多い。
北欧ではシラカバ等カバノキ科の花粉症が多い。
花粉症の原因となる植物は、風に花粉を乗せて飛ばす風媒花が一般的であるが、
職業性の花粉症にみられるように、その花粉を大量かつ長期にわたって吸い込んでいれば、
どんな植物の花粉でも花粉症になり得ると考えられている。
職業性の花粉症は果樹の人工受粉に従事する人など栽培農家によくみられるが、
華道家が発症した例もある。
2〜4月はスギ、さらに少し症状が続くようならヒノキ(およびヒノキ科)も疑ったほうがよい。
初夏から夏(または秋)は各種のイネ科植物(特にカモガヤ、オオアワガエリ、ホソムギ等の帰化植物。
秋は主に在来種の開花時期だがあまり大きな問題とはなっていない)、
秋はブタクサやオオブタクサ(クワモドキ)、ヨモギなどが多いが、
地域や年によって飛散時期や量は異なる。
スギにおいては、夏の間に大量につぼみつけた年は、
晩秋にも症状をひきおこすだけの花粉が飛散することもあるのが確認されている
(それが多い場合は、翌年は大飛散となる)。
早春期、スギに先駆けて花粉を飛ばすハンノキなどもあり、
早期に症状が出る場合、地域によってはこれを疑ってみる必要があるかもしれない。
北海道のシラカバは5月に最盛期となる。
なお、セイタカアワダチソウ(セイタカアキノキリンソウ)の俗名がブタクサということもあり、
ごく一部で混乱が生じている。
実際、過去に花粉症の原因植物と言われたこともあったが、
セイタカアワダチソウは虫媒花のため、原則的には花粉は飛ばさない。
ただし、大群落を作ることが多く、こぼれた花粉が周辺に飛散してしまうことはある。
花粉症の原因にもなり得る。
同じキク科のため、ブタクサやヨモギ等の花粉症の人は注意が必要である。
大群落という点では、果樹園や田畑の周辺に居住する人も要注意であるが、
日本人の主食となっている米をとるイネは、意外にも花粉症の原因になることは少ない。
開花期が早朝でごく短く、水田で栽培されるためである。
これらの原因花粉をつきとめるためにはアレルゲンの検査が必要であるが、
身近にその植物があれば患者自身でもわかりやすい。
花粉の観測を行っている施設は多いが、そのかなりはスギ・ヒノキの飛散期間のみであり、
通年で行っていたとしても、ほとんどはビルの屋上などに装置を設置しているため、
草花花粉についての正しい飛散情報は得ることがむずかしい。
また、飛散範囲が局地的であることも、草花花粉の飛散情報を得るのが難しい原因となっている。
患者レベルにおいては、季節が移って
飛散花粉の種類が異なると症状の出方も異なるということがよくいわれる。
しかし、それぞれの植物によりアレルゲン性の高さが異なるのは事実だが、
症状が強く出る部位が異なるなどのことが本当かどうかは調べられていない。
主な症状は、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、目のかゆみとされ、
一般に花粉症の4大症状と呼ばれる。
(耳鼻科領域においては、目のかゆみを除外したものを3大症状と呼んでいる)。
鼻詰まりによって匂いが分からなくなることがある。
それにより口呼吸をするため喉が障害されることも多い。
後鼻漏と呼ばれる喉に流れる鼻汁により喉がイガイガしたり、
咳や痰が出るなどのこともある。
頻度は低いが喘息に似た症状が出ることもあり、
すでに喘息患者である場合はその発作が起きることもある。
目の異物感や流涙、目やにが出現する。
不適切にコンタクトレンズを使用している場合、巨大乳頭結膜炎などにもなり得る。
耳の奥の痒みが出現する。
小児の場合、痒みなどから鼻をいじることが多く、鼻血の原因になることも少なからずある。
副鼻腔炎などが合併することがあるので注意が必要である。
これは風邪と同様に鼻汁が粘度の高いものになり、
眉間や目の下など、顔の奥の部分に重い痛みなどを感じることが特徴であるが、
そうした症状を感じないこともある。
後鼻漏もおきやすい。
後鼻漏による鼻水が気道に入ると気管支炎の原因ともなり得る。
検査方法も適した薬剤も異なるので、症状が変化した場合には
早めに医療機関に受診することがだいじである。
特に副鼻腔炎は小児に多いといわれる。
頭痛や頭重感、微熱やだるさなどの全身症状を呈する場合もある。
ニセアカシアなどの花粉症では症状が比較的重く、これらの症状を示す場合が多い。
口から入った花粉や花粉を含んだ鼻水を飲み込むことにより、消化器症状が出る場合もある。
目の周りや目の下、首筋などによくみられる炎症などの皮膚症状は、
花粉症皮膚炎と呼ばれることもある。
また、アトピー性皮膚炎の患者が、花粉症シーズンにかゆみが増すことも知られている。
いずれも花粉による症状であれば、花粉の飛散期に一致して症状がおこる。
花粉の種類と量によっては、まれにアナフィラキシーショックを起こすこともある。
睡眠不足、集中力欠如、イライラ感、食欲不振等も生じてくる。
うつなど心理的影響を呈する場合もある。
花粉症は、水のようなサラサラした鼻水と目のかゆみが特徴的であり、
感染症である鼻風邪との鑑別点になる。
鼻風邪であれば、一般的には目のかゆみはなく、
数日のうちに鼻水は粘性の高いものになり、さらに黄色や緑など色のついたものとなる。
また、屋外のほうが花粉が多いため、おのずと症状も強くなるという点も風邪との違いである。
非常に似通った症状ではあるが、屋内のほうが症状が強い場合、
ほこりなどのハウスダスト等によるアレルギー性鼻炎を疑ったほうがよい
(一般に「アレルギー性鼻炎」と言った場合、こうしたハウスダスト等による
通年のアレルギー性鼻炎のことを指すことが多い)。
外部リンク:アレルギー性鼻炎の分類と判断基準も参照のこと。
スギ花粉飛散の前から症状を呈する患者も多くいるが、
実際にごく微量の花粉に反応している場合だけでなく、
季節特有の乾燥や冷気によるものもあると考えられている。
患者は自己診断に頼らず、専門家の診断を受けることが望ましい。
患者により、くしゃみや鼻水がひどいタイプと、鼻詰まりがひどいタイプ、
両方ともひどいタイプなどに分けられる。
症状の程度も個人により異なる。
そうした症状のタイプと重症度により、適した治療(薬剤)なども異なってくる。
目の症状の重症度などによっても治療法は異なる。
これらの重症度などはくしゃみの頻度などを花粉症日記に記録して
スコア化することによって調べることができる。
同じ花粉飛散量であっても症状の程度が異なるほか、
どの程度の花粉で症状が出るかの敏感さも個人によって異なる。
花粉飛散量が2倍になったからといって、症状も2倍ひどくなるわけではない。
簡単には、飛散量が1桁上がると症状は1段階ひどくなると思って大きな間違いではない。
多量の花粉に曝露されると症状も悪化するが、少量であっても連続すると
重症化していくのも特徴である。
また、いったん最重症化すると、少々の花粉量の変化では症状は変化しなくなる傾向があり、
花粉飛散期が終了しても、症状はなかなか改善しない。
目覚めのときに強く症状が出ることもあり、俗にモーニングアタックといわれる。
就寝中に吸い込んだ花粉が目覚めとともに症状を引き起こしたり、
自律神経の切り替えがスムーズにいかないのが、
鼻粘膜における高まった過敏性とあいまって症状が出ると考えられている。
緊張すると症状がおさまる、リラックスすると症状が出てくるなどのことも、
自律神経のバランスの具合によって説明されている。
リラックス時や就寝時には副交感神経が優位となるが、その場合に症状が出やすいという。
なお、自律神経の影響を強く受ける、すなわち鼻における自律神経失調症ともいうべき症状は
血管運動性鼻炎といい、一般に気温差などにより鼻水が多く出るのが特徴である。
雨の日なのに症状がひどい場合、花粉症にこれが合併していると考えることもある。
6 - 10時間程度遅れて出てくる症状を遅発相という。
花粉がないはずの室内で、就寝前などに強い鼻詰まりに
悩まされる場合などがこれにあたると考えられている。
空気清浄機等を使用しても症状の改善がない場合は、これであるかもしれない。
喘息様発作については、咳が多く出たり呼吸能の低下がみられ、
重症例では呼吸困難になることもある。
そうなった場合は無理をせずすみやかに救急医療機関を受診するか
救急車を呼ぶべきである。
従来は、花粉の粒子サイズから、それらは鼻で捕らえられるために
下気道の症状である喘息などは起きないとされていたが、
近年の研究でスギ花粉の周りにオービクルまたはユービッシュ体と呼ばれる
鼻を通過するサイズの微粒子が多数付着していることがわかり、
それらを吸引することで喘息が起こり得ることがわかってきた。
二次飛散を繰り返すうちに細かく砕かれる花粉もあるとの推測もある。
花粉のアレルゲン性の高さも異なり、花粉の種類と量によっては、
まれにアナフィラキシーショックを起こすこともある。
重症者や、特に喘息の既往症のある患者は、激しい呼吸によって
多量の花粉を吸引するおそれがあるような運動はなるべく避けるべきである
(スギ花粉のアレルゲン性はそう高くはない)。
果物などを食べると口の中にかゆみやしびれなどを生じる口腔アレルギー症候群(OAS)
を起こす場合もある。
特に北海道に多いシラカバ花粉症でよくみられるほか、
関西で多いヤシャブシ花粉症などでもみられる。
リンゴ、モモ、ナシ、イチゴなど、バラ科の果実に反応することが多い。
患者の多いスギ花粉症ではあまりないが、メロンなどに反応する例が知られている。
トマトにも反応するという。アレルゲンがきわめて類似しているためと考えられている。
外部リンク:口腔アレルギー症候群(OAS)も参照のこと。
花粉症は、患者が空中に飛散している植物の花粉と接触した結果、
後天的に免疫を獲得し、その後再び花粉に接触することで過剰な免疫反応、
すなわちアレルギー反応を起こすものである。
アレルギーの中でも、IgE(免疫グロブリンE)と肥満細胞(マスト細胞)による
メカニズムが大きく関与する、即時型のI型アレルギーの代表的なものである。
同じI型アレルギーが主であるアトピー性皮膚炎では、
IV型のアレルギー反応も部分的に関与するといわれる
(症例によってはIII型も関与するといわれるが確証はない)。
花粉症でも、皮膚症状が出る場合は、IV型(すなわち接触性皮膚炎。いわゆるかぶれである)
が関与している場合もあるだろうと考えられている。
ここでは、即時型のI型アレルギーのみを紹介している。
また、一つの仮説としてTh細胞バランスを紹介する。
花粉症の患者は、症状が現れる以前にそのアレルギーの元(アレルゲン)
になる花粉に接触している。
目や鼻などの粘膜に花粉が付着すると、花粉内およびオービクルから
アレルゲンとなるタンパク質が溶け出し、マクロファージ(貪食細胞)に取り込まれ、
非自己(異物)であると認識される。
この情報は胸腺由来のリンパ球であるヘルパーT細胞のうちのTh2を介し、
骨髄由来のリンパ球であるB細胞に伝えられる。
そして、B細胞はその花粉アレルゲンと特異的に反応する抗体を作り出す。
抗体は本来、体内に侵入した病原細菌や毒素などの異物を
排除・無害化するためのものであり、ヒトにはIgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5つのタイプが存在するが、
花粉症の患者で最も重要なのがIgEである。
(こうした抗体が関与する免疫反応を液性免疫という。)
このIgEは、血液や粘膜中に存在する肥満細胞や好塩基球に結合し、
再び花粉アレルゲンが侵入してIgEに結合すると、
様々な化学伝達物質(ケミカルメディエーター)が遊離して症状を引き起こすことになる。
なお、IgEが一定レベルまで肥満細胞に結合した時を感作が成立したと言い、
発症の準備が整ったことになる。
どの程度までIgEが蓄積されると発症するかなどは個人差が大きいと考えられている。
また、IgEのレベル以外に発症を誘引する因子があるのかないのかなどについても
詳しいことは分かっていない。
いずれにしろ、ある年に突然に花粉症が発症したように思えても、
それまで体内では発症のための準備が着々と進んでいたということである。
このことを理解しやすくするため、一般にアレルギーコップという例えがよく用いられる。
すなわち、体内のコップに長期間かけて一定レベルの発症原因がたまり、
それがあふれると突然に発症するというものである。
感作が一旦、成立すると、原則的に花粉症の自然治癒は困難である。
病原菌などに対する免疫と同様、「花粉は異物である」との情報が記憶されるためである。
遊離したケミカルメデイエーターのうちもっとも重要なのは、ヒスタミンとロイコトリエンである。
ヒスタミン:知覚神経(三叉神経)を刺激してかゆみを感じさせたりくしゃみ反射を起こす。
また、分泌中枢を刺激することで腺からの鼻汁の分泌も増える。
ロイコトリエン:血管を広げ、水分などが染み出ることにより粘膜が腫れ上がる。
すなわち鼻詰まりがおこる。
目(眼瞼および眼球結膜)などにおける反応も同様である。
その他、PAF(血小板活性化因子)、トロンボキサンA2、プロスタグランジンD2などの
ケミカルメディエーター、各種のインターロイキンなどのサイトカインも
症状に少なからず関係するといわれるが、花粉症(鼻アレルギー)の実際の症状においては、どれほどの影響があるのかなどくわしいことは明らかになっていない。
こうした症状そのものは、体内に入ってきた異物を体外に出すための反応であり、
また引き続いて体内に入ってこないようにする正常な防衛反応であると解釈できる。
しかし、害のない異物と考えられる花粉アレルゲンに対して過剰に反応し、
それによって患者が苦痛を感じる点が問題となる。
症状を起こした粘膜では、血管から浸潤した炎症細胞(特に好酸球)からの
ロイコトリエン等によってさらなる鼻粘膜の膨張が起こる。
その他のケミカルメディエーターや酵素などにより組織障害も起きる。
抗原曝露後6〜10時間にみられる遅発相反応がこれで、アレルギー性炎症と呼ばれる。
こうした炎症細胞を呼び寄せるのも肥満細胞などから放出されるケミカルメディエーター
(上記のPAFなど)である。
症状が繰り返し起こることによって、粘膜過敏性は増加し、症状は慢性化する。
不可逆的な粘膜の肥厚なども起こり得る。
重症例では、花粉の飛散が減少または終了しても、病変はすぐには改善されない。
一つの仮説として、免疫系を制御しているヘルパーT細胞のバランスが関与する
という考えがある。
抗体産生細胞であるB細胞に抗原の情報を伝達するヘルパーT細胞は、
産生するサイトカインの種類により1型と2型(Th1とTh2)に大別される。
これらのうち、インターロイキン4などを分泌して
アレルギーに関わるIgEを産生するように誘導するのはTh2である。
いっぽうのTh1は主に感染症における免疫反応に関わる。
すなわちマクロファージやキラーT細胞などを活性化させ、
細菌そのものやウイルスに感染した細胞を障害する(細胞性免疫という)。
B細胞にIgGを産生させ、いわゆる正常の免疫を作ることにも関与する。
これらのことから、アレルギー患者においてはTh2が優位に働いている
ということがいえるが、なぜTh2が優位になるのかについてはよく判っていない。
幼少時における感染症が減ったために
アレルギーを起こしやすい体質になっているのではないかという説については、
この仕組みが関与していると考えられている。
成長期において細胞性免疫を獲得する機会が減っているため、
おのずとTh1よりTh2が優位になる人が多く、アレルギー人口が増えたというものである。
強く影響を与える感染症としては、過去に国民病ともいわれた結核が疑われている。
鼻症状に限定すれば、やはり過去には多かった副鼻腔炎の減少の関与を考える場合もある。
これらヘルパーT細胞のバランスは出生後数ヶ月のうちに決まるとも、
3歳程度までのうちに決まるともいわれるが、
のちに人為的に変化させることもできるという説もある。
なお、ヒトは胎内にいるときや出生直後はもともとTh2優位の状態であり、
また、Th1とTh2は相互に抑制しあう関係にあるという。
衛生仮説ともいわれるこの説は現在もっとも有力な説となっており、
概ね広く合意を得ている。
実際に結核のワクチンであるBCG接種によって花粉症の治療をしようという試みや、
結核菌と同じグラム陽性菌である乳酸菌の一種を摂取することが
治療に役立たないかどうかの研究も行われている。
菌のDNAの一部であるCpGモチーフを抗原ペプチドとともに投与して
減感作療法の効率をあげる試みもなされている。
環境中の細菌等が産生する微量の毒素が関係すると提唱する研究者もいるほか、
最近では、医療における抗生物質の多用(によるヒトと共生している菌のバランスの崩れ)
が関わっているのではないかという見方も出てきている。
ピロリ菌感染との逆相関が認められることも報告された。
しかし、近年の研究によれば、単にTh1/Th2バランスによってのみ
説明できることばかりではないこともあり、調節性T細胞の関与を考える説も出されている。
衛生仮説を説明したこのTh1/Th2パラダイムは1980年代後半に提唱されたものだが、
広く免疫を考えるときに重要なものであることは現在でも変わりがない。
花粉症の患者では、原因植物の花粉に対するIgE量が多いことは明らかであり、
これがアレルギーを起こす直接の原因である。
しかし、花粉症の原因となる花粉と接触しても全ての人が花粉症になるわけではなく、
IgEが多くても発症しない人がいる。
またIgEの量と重症度とは必ずしも相関しない。
なぜこうしたことがあるかについては、遺伝要因(遺伝的素因)や
環境要因などさまざまな要因の関与が考えられている(すなわち花粉症は多因子疾患である)が、
全貌は明らかになっていない。
遺伝要因については、広く体質(いわゆるアレルギー体質)と呼ばれるものが相当する。
しかし広義の体質は、遺伝による体質と、
出生後に後天的に獲得した体質とが混同されているため、
これらは分離して考える必要がある。
アレルギーになりやすい遺伝的素因、
すなわちIgEを産生しやすい体質は劣性遺伝すると考えられており、
それを規定する候補遺伝子は染色体11qや5qなどに存在するといわれるが確証はない。
こうした遺伝的要因については、IgE産生に関わるもののほか、
各種のケミカルメディエーター遊離のしやすさや
受容体の発現のしやすさの違いなども考えられている。
どんな物質に対してアレルギーを起こすかということも、
遺伝的に規定されているとの説もある。
なお、花粉症についての調査ではないが、両親ともアレルギーではない場合に
子どもがアレルギーになる率は26.7%、両親ともアレルギーの場合は57.4%、
母親または父親がアレルギーだと44.8/44.1%との数字がある。
他のいくつかの調査でもほぼ同様である。
大気汚染や生活環境の変化、衛生環境の変化による人体の免疫作用の変化との関連が
指摘されており、下記のような調査が進められている。
ディーゼルエンジンの排気ガス中に含まれる微粒子 (DEP) や、
ガソリンエンジンからも排出される窒素酸化物 (NOx)、オゾン (O3) などに
長期間暴露されることにより花粉アレルギー反応の閾値を下げる、
アレルギー反応を増幅する等の影響が指摘されており、様々な実験・調査がされている。
たとえば、動物実験の結果から、この微粒子が体内に入ると
抗体を産生する効果が増強(アジュバント)され、しかも IgE タイプの抗体が
優位に産生されるという報告がある。
ヒト細胞を使った実験でも、これが支持された。
この仮説は 1970年代ごろから花粉症患者が増えた原因を、
大気汚染の影響から説明するものとして注目されている。
モータリゼーションの進行とともに花粉症患者が増えたこともよく説明する。
ところが、「上記の実験は他の汚染物質等との比較対照実験がなされていないため、
これのみで結論付けることは科学的ではない」、「非現実的な条件を設定した動物実験や
試験管レベルでの実験を医学的根拠と考えるならば、
さまざまな健康食品も医学的根拠があることになる」、
「実際にディーゼル排ガス汚染地域の住民に
特異的に花粉症が多いという疫学調査の結果は存在せず、
花粉症が社会問題化したころから考えれば、広い意味での大気汚染は
改善しているのに患者数が増え続けていることは説明できない」、
「海外における、大気の清浄な地域でもアレルギーが増えていることも説明できない」
などの理由で支持しない向きがある。
大気汚染との関連は、世界的に支持されている説とはいえないとの指摘をする者もある。
最近は、遺伝的に炎症を回復させる抗酸化機能が弱い場合に、
ディーゼル排ガスなどの影響を強く受けて症状がひどくなるという研究が海外でなされた。
すなわち、自動車排ガスなどの大気汚染物質が症状を悪化させる要因
(回復が遅れる要因)のひとつになり得ることが示唆されている。
ことが考えられる)ことや、動物実験について臨床との差異があることを理由に
結果を否定しようとする向きがあること(前述)、
PM2.5 などこれまで充分に測定されていない物質の影響が調査できていない
といった問題もあることから、環境省や大気汚染が進む自治体などでは、
より広範な情報収集・調査を行うための観測地域や対象物質の拡大といった、
観測体制の整備が進められている。
大気汚染物質としては、前述の自動車排ガスのほか、
煙草の煙や換気の悪い室内での暖房時に出るガス状物質、
黄砂や土ぼこりなども、症状を悪化させるという報告がある。
寄生虫感染症との関連にも注目されている。
IgEは本来、ぎょう虫や回虫などの寄生虫が寄生したときに産生され、
これらを排除するために働くものだとされる。
1960年代以降の日本では衛生環境の改善によって寄生虫感染症が激減したが、
このことによって「攻撃する相手」を失った IgE が、
寄生虫の代わりに花粉を攻撃するようになったというものである。
寄生虫に感染していると大量の IgE が産生され、それがびっしりと肥満細胞を覆うため、
のちに花粉に対する IgE が産生されても肥満細胞に結合することができない
という説明もなされる。
寄生虫感染の多い東南アジアでアレルギーが少ないことなどが根拠のひとつとされる。
また、ニホンザルにおける調査で、花粉症有病率が長年にわたり一定であることも
この説を支持するという。