【反省】今日もボロ負けした奴集合125【しる】

このエントリーをはてなブックマークに追加
864†別れ†

【―練習室―】〜第3楽章 adagio 〜

その日の夕暮れ。
超狼は調理場で食事の支度をしている。霞は少し離れた場所に位置する練習室にいた。


蛍光灯の明かりが眩しい。決して広いとはいえないこの無機質な練習部屋で、霞は演技練習をしている。
「恋の手引き。唆したのは盲目のキューピッド。知恵を貸してくれたので…」
身振り手振りで感情を表現しながら、役造りに没頭する霞。
(ここは、えっと…こんな感じかな…)
「最果ての海の彼方の岸辺にいても、これほどの…」

865†別れ†:2006/04/16(日) 15:10:49 ID:JxUmO9at

トットットッ…葱を刻む手が不意に、ピタリ…止まる。
ふぅ…超狼は静かに目を閉じ、深い溜息を吐いた。
(あの人は、…今、何をしているのでしょうか…)

彼は、霞の事が気になって仕方がない。…食事を作る手を休め、超狼が霞の様子を見にやってきた。


部屋の中から、廊下の外まで、スラスラと台詞を暗唱する声が微かに聞こえてくる。
室外の窓ガラスから、中の様子をそっ…と確認する超狼の胸がドキリ、とした。

部屋の中央に、台本も持たずに、ロミオの様々な台詞をスラスラと暗唱している女がいた。
(彼女は、台本の台詞をたった数時間で覚えてしまったのか…?)

霞の持って生まれた物凄い素質…記憶力に、すっかり脱帽する超狼。
(まさか、…これだけの台詞を、…やはり彼女の精神力はずば抜けている。)
866†別れ†:2006/04/16(日) 15:12:08 ID:JxUmO9at

脳波や様々な万物の波長を咄嗟に読み取り、それを操る超人的な精神力を有する彼女。

書物の暗記など、いとも容易いのかもしれない。

だが、実は違った。霞が簡単に書物を暗記出来てしまうのは彼女特有の秘密があった。


その事を超狼は知らない。彼は呆然として練習室の中央に立つ女に釘付けになっていた。

美しい銀髪を持った端正な顔立ちを持ったこの男は、彼女の事をまだ殆ど理解できていなかった。

練習室で、黙々と役造りに励む彼女を、窓ガラス越しに静かに見守る超狼。
「あの神聖なる月にかけて誓いましょう。この木々の梢を銀一色に染めている――。」

弱々しく首を振ると、はぁ、と溜息と吐く霞。
(違う…ここは、もっとこう…情熱的に…)
867†別れ†:2006/04/16(日) 15:15:34 ID:JxUmO9at

女が色々と思案していると、バタン…扉が微かな音を立てて閉まり、部屋に銀髪の男がそっと入ってきた。
グレーのベストスーツをピシッと着こなした彼は、真面目な顔でさり気なく彼女の手をとった。

「このシチュエーションは、こう…左手を胸に当てて…二階のジュリエットを見上げる感じで。」
彼女の細い手に超狼の繊細な指が触れる。その美しい銀の髪から奏でられる強い匂いに、はっとする霞。

シトラス系〜フローラル系の混ざり合った匂い。トップより、ややミドルノートな香り。


サラサラした美しい銀の髪に、しばし、ぼーっと見とれていると、彼はさり気なく呟いた。
「レール・デュ・タンです。 カボティーヌかアクア・ディ・ジオにしようか迷いました。」
こくんと無言で頷く彼女の手を優しく取って、振り付けを教えてゆく銀髪の男。
868†別れ†:2006/04/16(日) 15:16:18 ID:JxUmO9at

「この場面は…そう、こんな感じ…。」
「あ、…こう…ね。」
超狼の端正な顔立ちに、ついつい目がいってしまう霞。 彼女の落ち着かない様子を黙って意識する超狼。

「歯切れが良くないですね。発音練習は十分しましたか?」
「え? 発音練習…必要ないよ。 だって…。」
ぽうっと顔を染めて、彼の肩にそっと手を添え、超狼に凭れ掛かる霞。
「か、霞さん!…練習中です。ま、真面目にやってくださいっ!」
超狼の動揺に、くすっと笑い声をあげて彼を見上げる霞。
「歯切れが悪いのも…この胸の響きも… 全部、あなたの…」

その瞬間、超狼が慌てて遮った。
「あっ! それそれ。今の表情、とっても良かったです。今の様な感情表現が大切ですのでっ…」
ははは、…照れ隠しに笑顔で誤魔化す超狼。 ぽーっとその様子を眺める霞の目がふっと優しくなる。