ビルケランド電流原因説

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86ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm
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1970年代初頭とはアメリカ政府の中枢で政変が起こっていた事は以前記したとおりです。
その根本原因が宇宙空間から飛来するビルケランド電流にあるとの仮説を私は建て皆さんに紹介しました。

さて、我が日本においても1970年代初頭とは、またその後とは、政変が起こっていたのではないのか、
との論を以下建てました。

結論だけ先に申し上げれば、「すべて原因はビルケランド電流の地球への流入にある」となるのです。
しかし、それではあまりに宗教のようなので順を追ってちゃんと説明したいと思います。

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1970年の大阪万国博覧会は東西冷戦構造を利用して経済発展に特化した国家運営を行なうという
吉田茂元総理が引いた戦後路線(吉田ドクトリン)によりみごと戦後復興を果たした我が日本を象徴する
一大イベントでした。

順風漫歩に見えた日本でしたが翌1971年8月15日にアメリカは突如ドルの金兌換を廃止しドルは
変動相場制に移行すると宣言したのです。(ドルショック・ニクソンショック)

その翌年1972年5月15日沖縄返還が成り、またその翌年1973年約束どおり米軍のベトナム撤退が
成ったのですが、なにやら不穏な雰囲気が漂っていたのも事実です。
87ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2010/11/19(金) 20:59:03 ID:RC8NHDnj
.>>つづき

ニクソン再選の1973年初頭ウォーターゲート事件が発覚してアメリカ政府は徐々にレイムダッグ状態
となりました。
案の定1973年10月第四次中東戦争が勃発しました。
その結果アラブ産油国はイスラエルを支持した西欧諸国に対して原油の輸出を一時ストップしたのです。
この事態を第1次石油ショックと言います。

この事態に新進気鋭の田中角栄総理大臣は積極的に独自外交により全世界に原油の調達に乗り出した
のです。
この日本の戦後初めてのエネルギー独自調達戦略はその後も続き、やがてアメリカ政府の推し進める
ビルケランド電流流入による人類存続環境激変に備えてのグローバル国際戦略と矛盾する事となり、
結局日本政界の構造を大規模に変更させる事態にまで発展していったのです。

即ち、1973年のこの時点でアメリカにしろソ連にしろビルケランド電流流入がやがて人類の生存問題を
引き起こすと共通認識しており、相互確証破壊を前提とする東西冷戦構造を如何に穏便に終焉させたら
よいのかに腐心している最中であり、それに引き換え日本の吉田ドクトリン路線は原爆を落としてしまった
アメリカにとってやむなく許容してきたのであり、ニクソンショックが何故8月15日であったのかを
理解しようとしない日米安保にただ乗りした状態での日本の独自路線を断じて許す事が出来なかったのです。
88ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2010/11/19(金) 21:02:11 ID:RC8NHDnj
.>>つづき

もっともこの1973年の時点でのデタント路線はキューバ危機を教訓に東西陣営が歩み寄っているくらい
の認識しかなく、やがてソビエト連邦が崩壊するなど誰も予想だにしておらず、ましてや2010年時点で
ビルケランド電流流入が原因して地球の熱圏が崩壊して偏西風の蛇行が大規模に生じてロシアの穀物収穫量
が25%も減収するなど神のみぞ知ることであったのです。

しかしそれを前述のアンドリュー・マーシャルと一部の者たちは理解し予測し、それに基づいて世界の状況
を冷徹に分析し長期的国際戦略を練り提言し実行させ続けてきたのだと思われます。

ご存知のように、この後田中角栄金権スキャンダル問題が突如文芸春秋に掲載され田中角栄は総理辞任に
追い込まれるのです。(1974年12月)

その後やみ将軍として田中角栄は君臨し続けるのですが、ロッキード事件が追加勃発して(1976年2月)
田中角栄の政治的生命は衰退し、やがて竹下登が創世会を設立し(1985年)分離し、田中は脳梗塞を
わずらい竹下登が経世会を設立するに至って田中は政界から消えていったのです。

この竹下登が金丸信とともに設立した経世会(1987年)がその後の日本の政治を動かしていったのです。
その時の7奉行とは 竹下系 小渕恵三、梶山静六、橋本龍太郎  金丸系 羽田孜、渡部恒三、奥田敬和、
小沢一郎 であり、鳩山由紀夫、岡田克也も若手として所属していたのです。
89ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2010/11/19(金) 21:04:04 ID:RC8NHDnj
.>>つづき

日本政界が混迷した1988年から2001年の自民党総裁選までの日本国総理大臣とは竹下登、宇野宗佑、
海部俊樹、宮澤喜一、細川護熙、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗であり、
如何に混迷していたかが思い出されます。

そして比較的長期政権の小泉純一郎総理大臣が誕生する前年2000年に政敵と目された経世会の
小渕恵三は5月(享年63才)、梶山静六は6月(享年74才)、そして政界のドン竹下登は同じく6月
(享年76才) 相次いでこの世を去っていたのです。

そしてまた小泉純一郎の後任として安倍晋三が2006年9月自民党総裁に就任するに当たって、
その年の7月には橋本龍太郎が享年69才でこの世をまた去っていたのです。

しかし今に至るも1973年時点での経世会の政治家が日本の政界で君臨しているのも事実なのです。
ですからこれから後、日本政界の動きとは元経世会小沢一郎(68)と岡田克也(57)がひとつの目
となると想像できます。
なぜならば生き残ったこの2人はビルケランド電流のことを知っている可能性があるからです。
90ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2010/11/19(金) 21:05:07 ID:RC8NHDnj
.>>つづき

私は一つの仮説としてビルケランド電流流入がすべての原因であると主張します。
そして同じ事をアメリカ政権中枢と日本政権中枢、中国政権中枢、欧州政権中枢、ロシア政権中枢、
も既に今は知らされているのだと想定します。

今の菅・仙石政権も知らされているのでしょうが政権運営の具体方策について知識経験実力がなく、
突発事件も重なり極めて混乱状態に今はあるのでしょう。

ところで2002年のインドネシアAPECにおいて日本はかつて侵略国家であったと明言した
小泉元総理はたぶんおおよその内容を当時知らされていたから日本は未来において決して
東南アジアに武力援助・武力調停する事は出来ないのだと宣言したのでしょう。

以上、長文失礼しました。

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