202 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :
>>all 日本文明とは何か:理系おやじの日本文明論
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<日本文明|般若心経|場の量子論|西田哲学|日本文明>
物理学は今から約100年前、1905年のアインシュタインによる特殊相対性理論発表、それから発展した
一般相対論、そしてそれとは別に誕生発展した量子論により時空概念と物質概念に大きな世界観の変更や
パラダイムシフトを経験しました。
その事とはデカルト・カント・ベーコンに始まる近代西欧の世界観方法論からニュートンが大成した力学体系と
マックスウェルの大成した電磁気学体系、その他もろもろの物理学体系すべてが古典物理学体系であるとする
衝撃的な概念変更を要求する過激なものでありました。(まだ決着はついていないのかもしれませんが・・・)
以下、浅学の身である恥をあえてしのんで、私なりの論を検めて紹介したいと思います。
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唐突ですが、般若心経を知っている日本人は多いと思います。(その内容理解は兎も角)
般若心経が多くの仏教宗派にまたがって読経される所以は、この276文字に仏教教義のエッセンスが籠め
られていると信じているからでしょう。
すなわち、父祖から引き継ぐ日本文明の基本原理の一部なのでしょう。
以下は現代語訳般若心経の一節です。
参照URL⇒
http://enlighten.fc2web.com/hannyashingyo.html 「 舎利子よ、この世に存在する形あるものはすべて、『空』という本質を持ち、
また、『空』の原理に基いてこの世に存在しているのです。
つまり、存在する事と『空』とは異質ではないのです。
この世に存在するとは『空』であるという事であり、
『空』だからこそ存在可能なわけなのです。 」
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上記の内容を心に刻んでから、古典ではない現代物理学とは何かの以下の論を何回でも読んでほしいです。
203 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:07:52 ID:d72nCatm
>>つづき
古典ではない現代物理学とは何か
17世紀にニュートンが大成した力学体系においては、世界を記述するために必要な基本的カテゴリーは、
空間−時間−物質(原子)−力 の4つでありました。
きわめて素朴な言い方をすれば、「空虚な空間の中に物質(原子)が浮かんでおり、互いに力を及ぼしあい
ながら時間と共に運動する」 ということになるのです。
ところで、電気、磁気に関する物理現象は最終的にマクスウェルが示したように、空間x と時間t を引数と
する場の量(電場E(x,t)や磁場B(x,t)、あるいは、こんにちの定式化によれば電磁ポテンシャルA(x,t)など)を
用いて表される物理現象です。
ニュートンの力学とマクスウェルの電磁気学は、19世紀終わり頃には、空間内部には、粒子状の物質
(原子、電子、イオンなど)と連続的な場が存在しており、物質は電磁場から力を受け、電磁場は物質によって
変動するとし、こうした相互作用がどのようなメカニズムを通じて生じるかは明らかではないが、とりあえず、
2種類の存在(物質と場)を仮定することによって理論的な整合性を保つ、という今から視れば古典的世界観
として世界を認識していました。
(補足:21世紀の今もほとんどの人は19世紀と同じ世界観、近代合理主義と証する古典的世界観なのです。
近代合理主義と称する論理体系とは、現代物理学や日本仏教・神道の立場から観るとき、明らかに
古典論理体系なのですが、世間一般の認識では近代科学技術とは最先端であると誤解しており、
その事自体が非常に問題を含んでいると洞察されるのです。
そしてまた、欧米近代論理の現状の問題点として、本来人類の知的創造作業(文明創造)においてその
基調に置くべきは人類文明存続であるにも関わらず、その論理体系はますます要素還元主義的に細分化
されつつあり、即ち、各々の論理が人類文明存続を基調としているとは保証されないのであり、ひょっと
すると破滅論理であるかもしれないのであり、全俯瞰的・倫理的ではないことが非常に問題なのです。)
204 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:08:54 ID:d72nCatm
205 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:09:59 ID:d72nCatm
>>つづき
しかし、理論的な面において、物質粒子の位置を表す座標qと、電磁場の式に現れる空間座標xを他の
理論(特に相対性理論)と整合性を持たせたまま関係づけることの難しさが根本問題として残りました。
即ち、真の意味での粒子性と波動性を矛盾なく統一する概念革命は完了していなかったのです。
こうした難問を見事に解決したのが、1929年にハイゼンベルグとパウリによって提唱された場の量子論です。
(現代素粒子物理学の基礎的概念は場の量子論です)
この理論は、一般相対論と共に、基礎物理学の面における20世紀最高の成果です。
そこに含まれている物質観は、人間の素朴な直観を根底から覆すほど深遠なものなのです。
ハイゼンベルグとパウリが試みたのは、物質粒子を記述する理論の形式を、電磁場と類似した形に
書き直すことだったのです。
すなわち、電磁場がA(x,t)のように空間と時間を引数とする場の量として表されるのと同様に、物質粒子を
ψ(x,t) 「プサイx、t」 という場の量で記述しました。
ここでψ(プサイ)が従う方程式は、あたかも、空間を細かく分割した個々の部分に小さなバネが存在し、
その振動が互いに影響を及ぼしあうような形式になっていました。
こうして物質粒子も電磁場も共に空間の到る所に存在する「場」という一元的な概念で表されることになりました。
もっとも、これだけでは、電子が粒子として振舞うことの意味が理解できないのです。
場の量子論の驚くべき点は、場の量ψから「粒子」の性質を導き出すことが可能なことです。
理論的に難しい点を省略して結論だけ述べると、「量子条件」と呼ばれる制約を課すことにより、ψは、
ある限られた変動のパターンしか取れなくなるのです。
こうして、連続的な場の量が離散的な粒子の運動を表すという表面上の矛盾が、鮮やかに解消されたのです。
206 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:11:08 ID:d72nCatm
>>つづき
場の量子論は、科学的な物質観に、いくつかの根本的な修正を迫ります。
まず、「空間の中に浮遊する物質」というイメージを、完全に否定するのです。
物質が存在しないと思われていた領域にも、Aやψのような場の量が存在します。
ただ、これらが励起されていない(興奮していない)だけなのです。
実は、何もないと考えられていた真空でも、場の量は僅かに振動しているので、完全な「虚空」は現実には
存在しないのです。
もう1つの重要な修正は、二元論の根本的な否定なのです。
古典的な考えは、電子のような物質に非物質的な電磁場から力が加わるというものでありました。
ところが、場の量子論では、物質粒子も電磁場も同じ形式の場の量で表されているので、
物質と力(相互作用)に分離して考えることはできないのです。
即ち、すべて事象は主体客体に分けて考えることはできないのです。( = 般若心経 = 西田哲学 )
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参照:場の量子論:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%B4%E3%81%AE%E9%87%8F%E5%AD%90%E8%AB%96 参照:主客未分:
http://www.nishida-philosophy.org/syusi.html
207 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:14:28 ID:d72nCatm
>>つづき
<日本文明|山川草木悉皆成仏|GAIA理論|今西自然学|日本文明>
山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)とは日本古来から伝承されるアニミズム古神道の
感性(教義)を仏教教義で理論化した日本文明の神髄です。
「山川草木悉皆成仏」説明:
http://www.biocity.co.jp/04-c_no.40/40nagasawa.html 即ち、「山川草木悉皆成仏」とは、「仏性は人間だけにあるのではなく、すべての生きとし生けるものばかりか、
山や川すら仏になれる(生命がある)とする考え方」です。
これはすべてのものが自然の一員であって魂を持っている。個々には永久的ではないけれども滅したのち
次のものに生まれ変わる生命循環という流れの中で永久的であり(輪廻転生)、根源的には共生し自然の
バランスを保っているという考え方です。
即ちそれは 今西自然学 = 西田哲学 なのです。
今西自然学の説明:
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/4270/imanishi/index.html ---------------------------------------------------------------------------------------------
208 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:16:03 ID:d72nCatm
>>つづき
GAIA理論とは、20世紀に行われた多くの宇宙探査の結果得られた新しい自然観・生命観です。
ガイア理論:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A2%E7%90%86%E8%AB%96 GAIAが生まれた日:
http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/gaia.htm 熱力学の法則に従えば、地球はとっくに平衡状態に達しているはずであり、地球ほど古ければ表面は高温度の
塩水におおわれ、二酸化炭素が大部分を占め、沸騰点に近い温度の世界になっていて当然なのです。
即ち、とっくに生命は絶滅していてもおかしくないのです。
ところで、20世紀に行われた惑星探査によると、
金星:二酸化炭素(98%),窒素(1.9%),酸素(微量),表面温度(477度),気圧(90)
生命無き地球:二酸化炭素(98%),窒素(1.9%),酸素(微量),表面温度(290度),気圧(60)
火星:二酸化炭素(95%),窒素(2.7%),酸素(0.13%),表面温度(-53度),気圧(0.006)
現在の地球:二酸化炭素(0.03%),窒素(79%),酸素(21%),表面温度(13度), 気圧(1)
であることが判りました。
生命なき地球とは惑星物理学により熱平衡に至った場合の地球を想定したものです。
問題は生命誕生の40億年前からこのデーターが保ち続けられているということです。
それは何によって制御されているのか?
この疑問に対して唯一の可能な解釈は 「 地球は生きている 」 というものです。
当然一個の生物を指すものではなく、地球上の全生命と物理化学的地球そのものが現在の環境を一定に
保つように一丸となったフィードバック・ループを持ったホメオスタシスをなしているマクロ生命体(GAIA)である
という事です。( = 山川草木悉皆成仏 )
我々人類はこの歴史性を持った巨大な生命体のあくまで一部なのであってその事に洞察しなければ
人類文明は存続できないのは当たり前なのです。−−>日本文明社会存続の指針
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209 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:17:11 ID:d72nCatm
210 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:18:24 ID:d72nCatm
>>つづき
私達の日本文明 -日本教
http://www.mokku.com/SHG/bunnmei.html -これからの国際紛争の大きな原因に宗教によって定められた文明の衝突がある。
現在世界には大きく分けて八つの文明がある。
西洋文明、イスラム文明、ラテンアメリカ文明、 日本文明、ヒンズー文明、儒教文明、ロシア正教文明、の八つである。
日本文明は八つのなかで一つの独立した文明と考えられている。
日本文明に属するのは日本ただ一国で、世界から見て大変ロンリーな文明ということになる。
(京都新聞-1999.9.9 梅原 猛/サミュエルPハンチントン)
日本は宗教の博物館と言われている。
いずれもその本来のものとは異なり、その時々に応じて、また自分の都合で異なる宗教を導入します。
全く他の国の人達には理解出来ない国民だそうです。
日本には神道や仏教や儒教の教えがあるのですが、心より深く信じている人は少なく、国には定まった宗教はなく、
多くの宗教が混在しています。
お寺や神社に多くの人々はお参りに行くにもかかわらず無神論者と云います。
外国では信用されないのですが、しかし、私には日本人は口で言い表す事の出来ない何かを信じている。
また感じているように思われるのです。
あえて言えば、それはサムシンググレート-宇宙自然の摂理であり、この働きは原子から宇宙にまで通じている、
何か偉大な力、働き-神と言いたいのですが、神にも色々ありますのでとにかくサムシンググレートと、しておきます。
このサムシンググレートには、教義、経典、は無く体感、体得しているのです。
これを進めたのは古神道をベースに日本なりに消化、解釈した仏教であり儒教であると思います。
本当のシャカ、孔子の教えがここに有ると思われるのです。
シャカが亡くなられてすぐに23宗派にわかれたとか、一つの教えに固執する事は中庸、中道でないのです。
シャカ、孔子の大事な教え中庸でなくなるのです。 日本文明こそは中庸文明であり本来の教えなのです。
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211 :
ビルケランドおやじ ◆Tg7Sw8BdNonm :2011/02/08(火) 23:21:06 ID:d72nCatm
>>つづき
<< 日本マクロ生命体存続こそが我々日本人の基本行動原理です >>
他地域や他民族を征服する事は結局日本マクロ生命体の生態学的形状を破壊する事であり、
そのことは日本マクロ生命体の自殺を意味します。
また、他地域や他民族からの侵略を受け入れる事も当然のこと日本マクロ生命体の生態学的形状が
破壊される訳であり、日本マクロ生命体の他殺となるのです。
我々日本人には、その属する日本マクロ生命体存続の自殺も他殺も忌避する使命があるのです。
それを愛国心と言うのです。
我が父祖の世代が先の大戦で戦ったのは欧米近代という古典文明であったのです。
一旦戦いに敗れた日本文明ですが、先の大戦が欧米近代文明との文明闘争であった事を今こそ
深く理解し、気候変動問題・資源枯渇問題の根本がこのおぞましき欧米近代文明のもつ本質的な
欠陥から生じていることを悟らねば成りません。
そして今こそ日本文明はその本来の役目を自覚して欧米近代から大きく脱皮して飛翔しなければなりません。
西田幾多郎の「善の研究」を必修履修して出陣する学徒兵
http://www.youtube.com/watch?v=iEd1WI-3mSU http://www.youtube.com/watch?v=zegiRxlZDnU&feature=related 死して尚生きる事を信じて・・・
http://www.youtube.com/watch?v=n-PyrgNSGHA ============================================了==================================================