アポロ疑惑スレ (実質14スレ目)

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978名無しSUN
[3441]挙証責任に関する意見 投稿者:ある肯定派の会員より投稿日:2004/01/13(Tue) 10:44:31
はじめまして。私は肯定派の会員です。もちろん副島氏の著作は多数読んでいます。
どうも副島氏は肯定派の意見を好ましく思っていないようなので本名と会員番号の表示は控えます。
まず「挙証責任はアメリカにある」に関してですが否定派の方はものすごく勘違いされているのではないのでしょうか?

重たい気持ちで書く掲示板の3433]「人類月面着陸の捏造」問題について 投稿者:バード(2262)などが良い例です。

貼付け開始
しかし、この場合は、NASAおよびアメリカ政府が、「我々は人間を月面に立たせた」ということを言っているのだから、少なくともこの問題については、副島氏の「アメリカ政府証明責任論」(人類の月面着陸は、アメリカ政府が証明する責任)の方が正しいと、私は思います。
貼付け終了


979名無しSUN:04/01/13 12:31 ID:LG0ZKRiY
私の知る限り”NASAおよびアメリカ政府が、「我々は人間を月面に立たせた」
ということを言っている“と言うのは記憶にありません。

彼らは「アポロ宇宙船が月に行く所をリアルタイムで中継した」だけです。
あえて言うならば「アポロ宇宙船は月に行ったと報告した」というのが正しい解釈でしょう。

次の疑問が「誰に対して挙証するのか?」と言うことです。

否定派である横山氏自身がこう言っています。

「なお,人類の月面着陸が在ったのか無かったのかを「判断」するのは
「PUBLIC=世界」とするのが適切だろう」

「アポロ11号が1969年7月20日に月面に到着した」と言うことはPUBLIC=世界で認められています。
少なくても国連に加盟している国家は全て認め何か特別な事情が無い限り
「教科書にも記載されている」はずです。アポロ計画のような巨大プロジェクトの場合は
あくまでも国家レベルで判断すべき問題ですので、アポロ計画を否定する国が存在していない以上
980名無しSUN:04/01/13 12:32 ID:LG0ZKRiY
挙証する相手など存在しません

次に感じるのが「否定派の反論は全て個々の主観が全てである」と言うことです。「否定派にはアポロ11号が月に行っていない」という客観的な証拠は何も示していません。

バード氏の投稿より張付け開始
(須藤氏[3395])>>それに、「無いことを無いとは証明できない。あくまで証明責任はアメリカ政府のほうにある」という基本となる考え方は、この議論を展開する上での共通の土台です。
貼付け終了

この「無いことを無いとは証明できない。」とは詭弁でしょう。なぜなら「アポロ11号は月以外の所に行った」ことを証明すれば良いのです。

これは「否定派:アポロ11号は月に行っていないと主張する派」と定義したのが間違いで「否定派:アポロ11号は月以外の場所に行ったあるいはミッションそのものが存在していないと主張する派」と定義するのが正しいはずです。

981名無しSUN:04/01/13 12:35 ID:LG0ZKRiY
例えば「アポロ11号が月に到着したと言われている1969年7月20日にアポロ11号は地球の
周回軌道上にいた」あるいは「アポロ11号が発射されたとされる1969年7月16日に
基地の発射台には何も存在してなかった」と証明出来るはずです。
高橋紀夫氏が言われる「アポロ11号はどのようにしてソ連や中国の追跡網から
逃れる事が出来てそしてどこに行ったのかを証明する」にしても「こうすれば出来るはずである」
という可能性ぐらい示すべきでしょう。

私には否定派の取っている態度はこう見えます。

肯定派が示す証拠のうち反論出来るものは反論する
肯定派が示す証拠のうち反論出来ないものは黙殺する

これではまともな議論など出来るはずは無いと思います。

アポロ11号が月に到着してから今年で35年も経過しますがいまだに
「アポロ計画はでっち上げである」などという否定派が存在するのは
「アポロ計画以降月面に行く技術の開発がされなかった」ことが
最大の原因でしょう。飛行機で言えば「ライト兄弟の飛行実験以降飛行機の
開発はされなかった」のと同じ状況です。もし飛行機もこのような状態ならば
100年以上経過した現在でさえ「飛行機なんてものは存在していない。
ライト兄弟などはアメリカの陰謀である」と言われているはずです。
しかし現在では飛行機の存在を否定する人間など存在しません。
それは「希望するもの全てが飛行機に乗れる」ということが可能になったからです。

ですから否定派の方が言う「PUBLIC=世界」とは「月に行きたいと希望する全ての人間が
月に行ける」あるいは「自分自身が月に行く」と言うのが正しいのでしょう。

そしてこのような時代がいつ来るのか私は知りません。