愚行を風化させないためにも
http://www.asahi.com/national/update/0208/016.html スノボ当て逃げ事故から1年、怖かったゲレンデに 山形
蔵王温泉スキー場(山形市)で起きたスノーボーダーによる当て逃げ事故から間もなく1年。頭の骨が折れ、
一時は右腕が上がらなくなる重傷を負った幼稚園児の伊東拓海(たくみ)ちゃん(6)=山形県遊佐町=は、
両親との懸命のリハビリで少しずつ回復している。怖がっていた雪のゲレンデにも先日、事故以来初めて立った。
マヒが残る小さな右手にストックを握り、しっかり、滑った。
「お兄ちゃんのせいなんだよ」
リハビリに飽きて集中力をなくし、父真一さん(42)にしかられると、拓海ちゃんは決まってそうだだをこねる。
真一さんは返す言葉を見つけられないでいる。当て逃げした「お兄ちゃん」は今も見つからない。
拓海ちゃんの右手は、はしを持ったり、じゃんけんでチョキを出したりする動きがまだうまくいかない。
握力も左手の半分くらいしかない。発作を抑える薬は、今も毎日飲んでいる。
事故後、1カ月半も入院した。右腕がまったく上がらなかった状態からすれば「驚異的な回復」と真一さん。
ピンセット型のはしや単三電池を丸穴に入れる器具……。リハビリ用具はみんな家族の手作りだ。それらを使い、
昨年6月ごろから本格的な訓練を始めた。
「もうしたくない」。そう言っていたスキーに心が動いたのは先月中旬のことだ。
兄(11)と姉(9)が地域の親子スキーに参加することになった。留守番を嫌ったのだろう、拓海ちゃんは「ソリだったら行こうかなぁ……でも」。
傷跡が残る頭部に触れて「やっぱりだめ」。心は最後まで揺れた。
「ヘルメットをかぶれば大丈夫?」。 拓海ちゃんが真一さんに尋ねたのはスキー前日のことだった。
拓海ちゃんと両親、お兄ちゃんとお姉ちゃん。翌日、秋田県南部のスキー場に家族5人の姿があった。
昨年、初めて出たゲレンデで事故にあってから、拓海ちゃんはこれまで滑ったことがなかった。
何度も転び、ストックを握り直し、午後、なだらかな斜面を約300メートルも、転ばずに1人で滑り降りた。
「また行こうか」
「うん、行きたい」
帰り際、真一さんの問いかけに、拓海ちゃんがうなずいた。