羽生結弦 Part148

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34氷上の名無しさん@実況厳禁
>DVDタイトル「覚醒の時」

<チャクラの覚醒>
>各チャクラが目覚めてくると、色々な能力が目覚め始めます。
>しかしそれと同時に、霊界との繋がりも出てくる
>人間の脊髄を貫くクンダリーニは、この霊性を目覚めさせますが、その目覚めた人の霊格に左右される事に成るのです。
>霊的な回路が出来ると言う事は、本人の霊的レベルと同じところとつながる事を意味します。

>’12年のソチのグランプリファイナルでは、茶色の水が出てくるような古いホテルに選手は泊まっていました。
>羽生は霊感が強く、部屋で幽霊を見たそうで、ひとりは怖いからとスタッフと一緒に寝てもらった

チャクラ仙人のブログ↓

【突発性難聴の方がいらしまして、女性なんですがねぇ!神様の声が聞こえたそうなんですよ…
「寺岡の接骨院きくちに相談してみたら良い」とね。それで探しに探して遠路遙々いらしたそうです。
もう何人になるだろうな〜、突発性難聴を診たのは。聴こえるようになり、(^_^)よろこんでお帰りになりましたよv(^o^)】

チャクラシールに念()こめて\5000ペンダントの胡散臭さ

整体師のブログから
いつもおみやげかってるのか?

2010/11/29(月) 午後 1:36
開催地がロシアだけにこの帽子 名前は知らないがキツネの毛皮で出来た昔からテレビ等でよく目にする伝統的な帽子だ寒い冬には大変有難いアイテムだ何しろ私はスキンヘッドなので他人の数倍寒さが凍みる。 友達は自分がスキンヘッドで私は禿げだと言うが、断じて違う。
私はスキンヘッドなのだそんな事はどうでも良いが有難いじゃありませんか! 大会の度にお土産を届けてくれる気配りの出来る選手。
お願い致します、皆さんも羽生君に暖かい声援と皆さんの元気な氣を送って下さいねぇ
35氷上の名無しさん@実況厳禁:2014/03/19(水) 20:54:53.15 ID:Sv2wo9K20
●恩師dis

ななみ先生の指導&プログラムdis

Nnmber817 2012/11/22
>「去年はジュニアの滑りだったけど、今はトップと争えるスケートをしてるっていう実感」
>「俺はね、一流になりたいんです。格を身につけたいっていうのかな。
>『絶対王者になる』なんて言ってた頃は、若かったんですよ。
>無理に背伸びして表彰台に指の先がかかってる、っていうのじゃ嫌なんです」
>「トロントに来なかったら何も変わらなかった。
>4回転サルコウの確立も低くて、プログラムもジュニアのままだった」
>「納得の演技ができれば、って言う傾向があるけど、本当は勝ちたいでしょ」


「今の練習環境を変えたくなかった。多くの日本選手は海外に行っているが、
真の日本代表という感じがしない。本当の日本代表、宮城県出身選手として大会に出たい」
http://i.imgur.com/aUPdz3U.jpg
http://wayback.archive.org/web/20100324115110/http://www.kahoku.co.jp/news/2010/03/20100320t14013.htm
こいつはカナダ行き決まってすぐに
「こんな所(仙台)で終わりたくない」
「家族とカナダに行きたいくらいだ」
「以前から海外に行きたいと思っていた」と言ってたんだ

cutting edge2012より
36氷上の名無しさん@実況厳禁:2014/03/19(水) 20:55:55.04 ID:Sv2wo9K20
羽生インタビュー
「新しいコーチに見てもらえる、その話が出たのは、世界選手権が終わってすぐのこと。
けっこう、バタバタでしたね。
カナダに行くこと、オーサーコーチに習うこと…。
去年習いに行ったモスクワのナタリア先生たちのところへ、って話も実はあったけど、モスクワはソチまではちょっと難しい、と。
他にも『こっちに行ったら?』『あっちへ行ったら?』って声も、いろいろかけていただきました。」

「僕自身も、『いつかは外の世界で学んでみたい』と思ってた。
(中略)
世界選手権で結果を出して、さあこれから改めてソチ、ピョンチャンを目指そうという時。
『ここで新しい環境に変わるのはいいかな、海外に出るにはちょうどいいかな』って気持ちになりました。
それにオーサーコーチのいるクリケットクラブのことは、
前から『ワールドフィギュアスケート』の記事を読んで、知ってたんです。
『こんなリンクで練習してみたいな』って気持ちもすごくありました。
だから行くって決めた後は、ワクワクしてきましたね。
『これからここの先生に見てもらえるんだ!』って未来を、すごく感じたから」


現在
羽生「本当は仙台にいたかった」
http://www.nikkansports.com/m/sochi2014/figureskate/news/p-sochi-tp0-20140216-1258302.html
4歳から通ったアイスリンク仙台。出発直前、あいさつに行った。
「いってきます」の短い言葉。それが限界だった。終えるとそのまま、靴の刃を研磨してくれる隣の店へ。その奥の小さな部屋で泣き崩れた。長く、悲しい時間。
「僕は行きたくないんだ…」。