朝、リンクでストロークを一蹴り、すっと滑ってしーちゃんが、
「あ」
と幽かな叫び声をお挙げになった。
「髪の毛?」
リンクに何か、イヤなものでも落ちていたのかしら、と思った。
「いいえ」
しーちゃんは、何事も無かったように、またすーっと一蹴り、
リンクを優雅に滑り込み、すましてお顔を横に向け、
リンクサイドのニコライに視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、
またすーっと三蹴りで、リンクの長辺を滑りきった。すーっ、という形容は、
しーちゃんの場合、決して誇張では無い。
世選最終滑走グループなどに出てくる選手のスケーティングなどとも、
てんでまるで、レベルが違っていらっしゃる。
世界王者のジュベールがいつか、クワドを跳びながら、
世界女王の私に向ってこう言った事がある。
「五輪メダルがあるから、名スケーターだというわけにはいかないんだぜ。
五輪メダルが無くても、カート・ブラウニングというような立派なスケーターもいるし、
おれたちのように世界タイトルだけは持っていても、大物どころか、
まだ新人扱いなのもいる。
ランビエールなんてのは(とジュベールのライバルの元世界王者のお名前を挙げて)
あんなのは、まったく、いっこ上の俺よりも、もっと大物扱いされてる感じじゃねえか。
こないだも、プルシェンコ
(と、やはり彼のライバルで、トリノ金メダリストのかたのお名前を挙げて)
はトリノフリーのSSに、あんちきしょう、8.46なんかもらって、
なんだってまた、8.46なんかもらえるんだ、それはまあいいとして、
テーブルスピーチの時に、あの野郎、次ノ五輪モ連覇スル!
という滅茶苦茶な宣言をしたのには、げっとなった。
……おれたちの世代では、ほんもののスケーターは、まあ、荒川さんくらいのものだろう。
あれは、ほんものだよ。かなわねえところがある」