以費塾と人類初の思想家孔子先生

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1晃氏
浅羽通明プロヂュ-スによる呉智英氏の論語塾「以費塾」が2001年9月14日より開講いたします。8月を除く毎月第2、4金曜日に高田馬場で開講いたします。

「論語」と聞いたとき、古臭い道徳、中華思想なんて思われるかもしれません。しかし、人類初の思想家、孔子先生をそのような偏狭な視点で評価されるべきではありません。費の街で反乱が起きたとき、「子(孔子)、往かんと欲す」。秩序崩壊である革命を含んだ芳醇な思想なのです。

また、人類はなぜ思想を欲したか、欲するのかを呉智英氏の解説によって明らかになってきます。志高い諸氏よ!時代に左右されない教養を今こそ持とうではないか。

受講料は全期でたったの一万円。半期は6千円ずつとなっています。月に一度、講師を囲んでの飲み会があり、様々な論議を展開しております。また、呉先生曰く「飲み代が払えない人は俺が出す」。ぜひ、ご参加ください。


http://ich.jp.vu/
2名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/08(日) 03:45 ID:???
論語を音読するだけじゃないでしょ?
夫子のありがたい説教も拝聴できますよね?
3晃氏:2001/07/08(日) 03:54 ID:fBH1nlBs
もちろんです!
4晃氏:2001/07/08(日) 03:55 ID:fBH1nlBs
応募は、 [email protected] まで。
5名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/08(日) 10:26 ID:???
呉も、「飲み代が払えない人は俺が出す」ってナカナカ太っ腹じゃ
ねえか。
頭は寂しいけどな。
6論語読みすぎの論語知らず:2001/07/09(月) 18:02 ID:p9iRBLXQ
最近「以費塾」ごぶさたしてます。9月にお会いしましょう。
7リアル厨房(15歳):2001/07/09(月) 19:39 ID:???
>>1
どうでもいいけど「孔子先生」はいくらなんでもないでしょう。
「孔先生先生」となってしまうのではないでしょうか?

それはともかく、孔子の思想が革命思想という話は厨房の私も聞いたことがあります。
その上に立ちまして、
西洋では例えば誰の思想と比べるとおもしろいのでしょうか?
例えば、プラトンとは異質ですよね。
プラトンの場合、現在の政治的前衛主義につながりますし。
むしろソフィストなのでしょうか?
いかがですか?
8リアル厨房(15歳):2001/07/10(火) 16:02 ID:???
>>1さん、前述の疑問にお応えくださいな。
9名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/10(火) 17:07 ID:UuSNA7Ec
加地伸行は呉智英のことをどう評価しているんでしょうか?
また、逆に呉は加地をどう評価しているのでしょう?
10晃氏:2001/07/10(火) 19:13 ID:/Xf7UD8E
厨房様

”孔子先生”という言い方は、昔から慣例的に使用されているそうで、呉先生もそれに従われています。(無論、孔子だけでも敬称を含みます)

論語についてですが、思想が人物から未分化の時代のもので、孔子=孔子の思想 という関係になっているのです。つまり、西洋思想の誰々と対比する必要をあまり感じられないと思うのです。

近年、思想の終焉ということを言われています。もう成熟したのだから、共通の夢などいらなくなったということなのかもしれません。しかし、人は考えることを諦めるでしょうか?考えたことはすべてオリジナルなのでしょうか?

論語は、様々な思想的な側面を含んだ辞書なのではないかと思うのです。  書き込みが遅れてすみませんでした
11晃氏:2001/07/10(火) 19:19 ID:/Xf7UD8E
加地伸行氏については、無学の生で存じ上げません。どなたかお教えください。

「論語読みすぎの論語知らず」 様、今週で十機が終わり、7月4週目と8月を休講にされると思います。また、9月14日よりぜひともご参加ください。

呉夫子の最近の写真を見られたでしょうか? ホウム(http://ich.jp.vu/ )の写真はかなり古いです。しかも**が...
12あぼーん:あぼーん
あぼーん
13名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/10(火) 22:27 ID:???
いつの写真掲載してんだー!
頭、フサフサじゃねえか!
詐欺だぞ、おい。
最近の呉は切れが鈍ってつまらんが、糸井重里とのハゲ対談は爆笑もんだった。
14浅羽通明ってどうよ?:2001/07/10(火) 22:39 ID:.S4yPAtA
>>11
儒学研究の大家でしょ。ホンマに儒学を勉強してるんか?

ところで、浅羽ってどうよ?
15名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/10(火) 22:49 ID:???
新保守系のなかではマシ。頭も切れると思う。ただ、
最近の方向はオレには余り興味なし。「野望としての教養」とかさ。
時事問題に対応できないのが弱み。その点、宮崎哲弥のほうが上だと思う。
16晃氏:2001/07/11(水) 00:16 ID:BtIYdZEU
浅羽氏は、時事問題というより教養オタク的な人物です。宮崎氏と比べて愉快な方です。
17現実:2001/07/11(水) 00:40 ID:EeHa7uPI
宗教学で,ソクラテスと比較する研究はあったけどな.

ソクラテスも孔子も宗教的なバックボーンを有している.
ソクラテスはデルフォイの神が云々と言っているし,
孔子は,母方が「扶呪(漢字がでねぇので代字ね)」の出じゃなかったかな.
18名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/11(水) 15:36 ID:FZo0vBgE
>>9
今度、似費塾の時、誰か聞いておいて。
19高橋里奈@桜蔭高校三年:2001/07/11(水) 16:14 ID:???
セフレ募集してます。
20名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/11(水) 21:02 ID:???
>>16
浅羽の出世作「ニセ学生マニュアル」(3部作)は現代思想をメッタギリにする中から
見事に自己の主張を展開していったじゃない。
こうした方向の発展を期待してたのになー。
21晃氏:2001/07/11(水) 23:51 ID:BtIYdZEU
教養論ノートでは、「思想士」という思想を処方する職業を提唱されています。この考え方は、すでに共通な夢のもてない日本人にとって有効ではないかと思うのです。近著も面白いですよ。
22リアル厨房(15歳):2001/07/12(木) 18:46 ID:???
>>9
そういえば加地伸行氏が呉氏に言及しているのは見たことがありませんな。
というか、呉氏は明らかに加地氏の影響を受けているような気はしますが…。
23:2001/07/12(木) 22:39 ID:OZPRYSVM
>>22
同意。
加地氏を無視して日本での儒学研究は有り得ないでしょう。
互いの関係について、個人的には興味があるね。
24名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/16(月) 02:31 ID:bLmxky8A
呉氏に興味はあるけど孔子にはあまり……という人間も
塾には行って良しか。
25名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/16(月) 03:25 ID:PtZ0NsQI
>24
以費塾生OBですが、論語に興味が無くても可能ならば行くべきでしょう。
呉氏の著作のようなイイ話がたくさん聞けますし、飲み会での話も○だし。
ちなみに、論語は系統だった書物ではないので、とびとびで出席しても理解
の妨げにはなりません。テープ貸し出しもしているし、その後の講義には出
席自由なので、聞けなかった回の分を次期に出席して聞く、ということもで
きます。
26名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/16(月) 20:51 ID:???
浅羽と小林よしのりの共著「知のハルマゲドン」では小林はそれなりに
独創性のある知識人に見えた。
田原総一朗と小林の共著「戦争論論戦」では、小林はまるでサンドバック状態。
痛々しいほどの負けっぷりだった。
小林という虚像は、浅羽という秀でた思想家がバックで必死にフォローしてた
から輝いてみえた、ってことがよく分かった。
27名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/16(月) 22:44 ID:???
呉智英は、加地氏より東北大の浅野裕一の儒教論に興味を示しているね。
「孔子神話」などの著書在り。
28名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 18:52 ID:3FEorPJ6
浅野裕一の「儒教 ルサンチマンの宗教」(平凡社新書)は手軽に読めて面白い。
29リアル厨房:2001/07/17(火) 19:30 ID:???
加地氏は知識人向けに、呉氏は大衆向けに
書いているように思います。
似たようなこと逝っていますがね。
ただし、呉氏は大衆向けに書いているためか、
啓蒙的なところが目につきますね。
それと、厨房相手に下手なギャグをいう教師のような
ちょっとサムイところもありますね。
ところで、浅野氏は読んだことがありませんでした。
さっそく購入しようと思います。
30名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 19:54 ID:???
>>29
お前はカントとかヘーゲルとかを原書で読むんだろ?
浅野なんか読んでる暇があったら、孔子を原書で読めよ
31名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 20:21 ID:19wygZNU
呉夫子は、学者の研究にはかなわないかもしれません。しかし、思想を欲する姿勢には感銘を受けずにはおれません。

呉夫子の知識人向けの文章は、「孔子 聖としての世俗者」(ハーバート・フィンガレット Herbert Fingarette 著・山本和人訳・平凡社)をどうぞ。
32名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 20:22 ID:19wygZNU
、「孔子 聖としての世俗者」(ハーバート・フィンガレット Herbert Fingarette 著・山本和人訳・平凡社)の解説ね!
33名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/17(火) 20:54 ID:19wygZNU
高田馬場駅って何か良い店あるの?まさか居酒屋なんて言わないでよ。
34名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/18(水) 07:38 ID:???
>>32
えっ、結局それの解説ってゴチエイが書いてるの?
へ〜、カナーリ褒めてたもんな
35名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/19(木) 02:13 ID:2YCappFI
最初に出された本と新書版の題名は違っています。「論語は問い掛ける」というのが最初の題名だったようです。
36松田:2001/07/19(木) 02:24 ID:???
>>33
 個人的には、喫茶「エスペラント」がお気に入り。あと、潰れたけど数年前まで雰囲気のいいアジア料理店があった。
37名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/20(金) 02:40 ID:kuJUvk.Y
エスペラントって、「ジュージューステーキ」という名の
全然ジュージュー言ってない肉料理が
メニューに加えられている所でしたっけ?

あと馬場といえば、白ゆりで決まりです。
38名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/20(金) 10:40 ID:2IkZjxrQ
そういやあ呉クンは呆けん主義兼チャイナ研究家だった
39名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/21(土) 20:01 ID:E6sSeKmQ
エスペランドにチャイナ料理があるってこと?
40名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/26(木) 17:32 ID:jeDmZIbI
都内大学に宣伝ポスターを貼っています。見つけられた方、ご一報を。
41名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/26(木) 21:14 ID:ycgUAWO.
法政で発見。タジマヨウコもびっくりだろう。(タジマは飯田橋ではなかったっけ?)
42名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/27(金) 02:42 ID:CbeE0Rs6
孔子が「人類初の思想家」ってこたあ、ないはずだが・・・
43名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/27(金) 09:27 ID:???
9/14 高田馬場に駆けつけます。久しぶりに浅羽さんともお話ししたいです。
44名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/27(金) 15:44 ID:5dd4vCIU
>42

だれだれの思想と体系をなして判別可能になったのは、孔子が最初であるということです。ソクラテス、仏陀そして孔子という三人の思想家が人類史上、同時期に現れ、年代を特定すると孔子がその中で一番早かったのです。

無論、オリンピック競技ではないので一番早いからという特典はありませんが、人類が思想を生み出した原点を探ることにより、思想自体への理解が深まるとともに、論語にはその後の思想の断片をほとんど見つけることができるというのが呉夫子の見解です。

オウビイ、オウジイの皆様、そしてフレッシュマン諸氏の学業成就をお祈り申し上げます。
45名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/27(金) 20:07 ID:B.od1yWE
そういう意味でならゾロアスターの方がずっと早いだろう。だから一番早かったから云々じゃないはず。
欧米人がラテン語を学ぶのと同類型な意味で、日本人は四書五経で日本語のセンスを鍛えなければいけない、
みたいな話を大昔に呉さんだったか浅羽さんだったかいってたような気がするけど・・・
(ソクラテスでも釈迦でもゾロアスターでもなく孔子を読む理由として)

(ちなみに釈迦の生存年代については中村元の説は実は誤植だったのが広まったみたいね。
実際は釈迦も古い。でも孔子より古くなるのかどうかまではうろ覚え)
46名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/28(土) 00:03 ID:vmqSiSgQ
孔子とはアラビアの”エリア”を中国に居たかのようにでっちあげて創作された人物である。
したがってその根元はユダヤ教であり、Jew教=儒教である。
47名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/28(土) 00:14 ID:vmqSiSgQ
中国のでっち上げ体質はこのとき始まり、それを大いに推進したのが”秦の始皇帝(ディオドトス)”であり”司馬遷”である。
中国の古代史がオリエントの歴史をでっちあげたものだ、と認めない限り、政治も哲学も”冗談”みたいなものだ。
48名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/29(日) 01:09 ID:ztML4mlI
>>46,>>47は電波
49名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/29(日) 03:29 ID:???
> 費の街で反乱が起きたとき、「子(孔子)、往かんと欲す」

こりゃ政治家、思想家として辣腕をふるって見たかっただけ。
例えるなら北海道が独立して、そこに総理大臣として招かれたようなもん。
50名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/30(月) 17:06 ID:???
このスレに対する根本的な疑問あり。
関連スレ↓
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=992222539
51晃氏:2001/07/30(月) 22:21 ID:KxGFKRj6
50様

思想とは、論理的であることだけに価値があるとは限りません。孔子という人物にひかれ、数多くの後進たちが活躍したという事実の裏に、普遍的に共感できるものを感じたからではないでしょうか。思想とは、狂信という側面があり、より多くの熱狂者を集めた思想というものには、共感できる原因というものが有るのです。

46様のように、中国に対して反感をもたれている方もいらっしゃるでしょう。しかし、日本を含め、東アジアに影響を及ぼした儒教の経典である論語を読み解くことは、単に中国人のみに通じるものではないことがわかるはずです。

ちなみに、呉夫子は論語の中から合理性を読み取られています。私はゾロアスター教については詳しくはないですが、シャーマンやアニミズムの影響から脱していく「思想」の力強さを感じるのです。(呉夫子は、孔子が最初の思想家であったとであったとおっしゃっています)
52現実:2001/07/31(火) 01:01 ID:OTg5DeT.
>>44
>だれだれの思想と体系をなして判別可能になったのは、
>孔子が最初であるということです。ソクラテス、仏陀そして孔子という
>三人の思想家が人類史上、同時期に
>現れ、年代を特定すると孔子がその中で一番早かったのです。

孔子にソクラテスに仏陀.ついでにキリストも.
この四人の聖人に共通することは「自ら本を書いていない」ということです.この四人がやったことというのは,まず第一に,病人を治すとかどっかの国の宰相になるとか,,,要するに「行動」「行為」「実践」です.それ以外の言論面で言うと,特定の状況で,特定の人物を相手に自分の考えの断片を述べました.
つまり,厳密には,彼ら聖人自身は,自分の思想を体系として何も提示していないのです.
『論語』は,特定の文脈で特定人相手に孔子が述べたものを,弟子がまとめたものです.
言い換えると,論語に書いてあることが孔子の思想の全てではないかもしれない,,,そういう可能性すらあるのです.
また,『論語』に書いてあっても,その書いてあることは,孔子が,状況に応じて,弟子の子路など,特定の人物に向けて喋ったことなわけです.
普段,我々ですら,喋る相手によっては,場合によっては「嘘」を言います.たとえば小学生に「円周率はいくつですか」と聞かれたら「3.14だよ」と「嘘」を言うでしょう(円周率はさらに続くのに!).
同様に,孔子も,弟子の成長段階によって「嘘」を述べていた可能性がある,という想像もできます.
『論語』は,孔子が弟子に向けて喋った内容をまとめたものですから,もしかしたら,こういう類の,(孔子が本当に言いたかった)真理とは全く関係のない,「嘘」が混じっているかもしれない(だからこそ「テクストの解釈」という問題が生じる).
53現実:2001/07/31(火) 01:05 ID:OTg5DeT.
んなわけで,思想的に行くと,
四人の生年よりも,「論語」とか「聖書」とかいったテクストの成立年代と,
そのテクストの解釈学(ナントカ派神学とか,朱子学とか)
の成立年代を問題とすべきじゃないでしょうか.
54名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/31(火) 02:53 ID:ITbsUVcQ
孔子教団が分裂した後、各学派が伝えていた孔子の言論を編纂したのが論語です。現代の思想のように、「孔子という人物」と「孔子の思想」が分離していないので、「行動、行為、実践」イコール孔子の思想体系なのです。"現実"氏のおっしゃるとおり、弟子によってそれぞれ答えは違います。しかし、孔子という人物に、大勢の後進たちが共通の幻想=思想を抱いたことは事実なのです。

誰が最初かというよりも、人類が中国、印度、ギリシアというまったく違った場所でほぼ同時に思想というものを編み出したということに、感慨深く感じるのです。(無論、それぞれ関連はない)
55現実:2001/07/31(火) 03:21 ID:OTg5DeT.
>「孔子という人物」と「孔子の思想」が分離
>していないので、「行動、行為、実践」イコール孔子の思想体系なのです

俺は 呉さんの影響で,趣味で多少読んだだけですが,孔子本人の「体系」は結局全貌を見ることはできないのではないでしょうか.
実践を総合してもそれが思想体系の全てではないかもしれないからです.孔子が弟子に見せたパズルのピースを全部合わせても,それでパズルが完成するとは限りません.
また,>>52 で「著作が無い」と書きましたが,もし仮に著作が存在したとしても,それがその人の考えの全てとも限りません.本人と,本人の著作と,本人の行動と,弟子の解釈と,,,これらの間には全てズレがあります.数ある思想家のうち,ソクラテス,孔子,釈迦,キリストといった聖人を原点として「体系」が形成されていったのは,まさに,彼ら聖人が,パズルの全てのピースを提示しなかったことにあります.解釈とは,いわば,失われた欠片を想像で補う行為なわけです.
「孔子の体系」そのものは,孔子が死んだ時点で失われたと見るべきかとおもいます.

>感慨深く感じ るのです。

ですね...
56名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/01(水) 19:36 ID:pctWE6zk
孔子の弟子たちも、孔子の思想を内容別に置き換えようと苦労し、その結果として儒教が発展したはずです。例えば、荻生徂徠は論語解釈より、独特といえる思想を編み出しています。

しかし、万人に当てはまるような簡潔な思想というのは、すでに挫折しております。だからといって、人類は思想が必要でないと感じているわけではないのです。浅羽通明氏がおっしゃるように、これからの思想はひとつの方向性だけのものにはなり得ないのです。

その点、孔子の思想というのは、各弟子に対して適切に指導するという形態なので、近代思想の行き詰まりを打開するヒントになる可能性を強く感じるのです。
57名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/01(水) 22:10 ID:???
あなごよりうなぎがすき。
58現実:2001/08/02(木) 00:33 ID:0HtxYIkE
前半はともかく,
>孔子の思想というのは、各弟子に対して適切に指導するという形態なので、
>近代思想の行き詰まりを打開するヒントになる可能性を強く感じるのです。

これはどうでしょう.
キリスト教神学の原点である「聖書」も,「ただの多様な示唆的な物語の羅列」だったり「イエス言行録」だったりするように,(特にイエスや使徒に関する記述の下りは)「弟子(一般人)に対して適切に指導する」というカタチをとっているでしょう.
・イエス→聖書→各神学学派の成立(→主流派による統一・異端排除→宗教戦争→近代の誕生)
・孔子→論語→各儒教学派の成立
というように,両者で歴史発展の図式はあまり異なる点がないように思います.
59現実:2001/08/02(木) 00:34 ID:0HtxYIkE
よく,西欧近代思想のバックボーンにキリスト教があるといいますが,この図式が大してマチガイでないのならば,儒学は「近代の行き詰まりを打破する」よりはむしろ,「近代以前へ回帰する」ことを帰結するような気がします.
そもそも「近代を超えるために」という理由で,論語を読むというのなら,むしろ,限界を産み出した原因を探るためにも,近代の「起源」たるキリスト教神学そして聖書を読むべき,という結論に至るのが一般的かと思います.
「近代=西欧的なモノを超えるために」という理由で敢えて論語(や,もっというと「『東洋』的なモノ」)を持ち出すのだとしたら,それはどこか西欧(近代)に対するコンプレックスや,そこからうまれるゆがんだ対抗意識のようなものを感じます.
結局「今」「あえて」,我々が孔子を読むべき根拠を考えるとしたら,
>>45
>欧米人がラテン語を学ぶのと同類型な意味で、
>日本人は四書五経で日本語のセンスを鍛えなければいけない
みたいな言い方にならざるを得ないと思う...
6045:2001/08/04(土) 01:59 ID:w/9gdFWo
>欧米人がラテン語を学ぶのと同類型な意味で、日本人は四書五経で日本語のセンスを鍛えなければいけない、
>みたいな話を大昔に呉さんだったか浅羽さんだったかいってたような気がするけど・・・
>(ソクラテスでも釈迦でもゾロアスターでもなく孔子を読む理由として)

思い出した。浅羽さんが「阿基米得先生にお伺いを立てる会」と称して、吉祥寺の喫茶店で
阿基さんにいろいろ話をきいた時、漏れも意味もなくついていったんだよ。
その時の話なので呉さんは直接関係なかったなあ。
欧米で東洋思想だのニューサイエンスだのやるやつってのは
ラテン語のできなくて落第した2流3流の奴で、起死回生の逆転ねらいでやるわけ。
思想とは言葉が基礎。言葉が世界を形成する。
で、若い頃から洋モノ流行りモノの横文字思想を追っかけてた日本人学者も、
晩年になってようやく日本語を徹底してやることの重要性に気づく。
ラテン語に相当するものは日本では漢文(=四書五経)なんだけど、
気づいた時には年齢的にもう遅い、と。

この話は呉さんとは直接かかわらないけど、あのへんの人脈はみんな世代的に問題意識が近いから
呉さんも似たようなことを考えてたかも知れないね。

「思想が立ち上がる原初」がうんぬんは、たんなる宣伝コピーだと思う。
前も書いたけど、そういう意味ではゾロアスター教の方が断然いい見本だし、
呉さんがそれ知らないってことはないだろう。
61名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/04(土) 05:02 ID:4TNqUvak
久しぶりに面白いスレだな〜。
俺も論語買ってこようかな
6256:2001/08/04(土) 17:14 ID:BxPNykjw
わたしは、東洋思想が優れているといいたいのではありません。思想というものの"有効範囲"を論じるヒントになるということが言いたかったのです。2流3流の人間がはまるものであるにしろ、人間をひきつける魅力というものを決して無視できないはずです。それを含まない思想は、2流3流を置き去りにした思想といえるでしょう。

無論、思想に成熟と未成熟はあります。しかし、その原点となる世界に対する疑問や処世術は、いつの時代も変わっていないし、それに対する答えに、神秘性を排して合理性を持たしたのが思想だと思うのです。論語を読むと、神秘主義ではないというのがわかると思います。

時代背景によって、論語というものも幾重にも解釈されています。それを厳密に分類するのは、思想学者であって、その行為自体が思想ではありません。しかし、経(人生、歴史という縦の糸)を無視して、近代(横の糸)を絶対的に捉えて、「思想というものは、ひたすら進歩してきたはずだ」というのは無知といわざるを得ないし、実際に思想の粗さがあると思うのです。

隠して、思想としての論語をお勧めするのです。
63名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/04(土) 17:30 ID:BxPNykjw
>>57

浅草の「あらい」と「やつめ」と解く。
64名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/04(土) 20:32 ID:BxPNykjw
61様、論語に興味をもたれた方

以費塾では岩波文庫の論語(金谷治)を使用しています。古典板で賛否両論を巻き起こしていますが、直訳的なところが特徴的です。呉夫子は、古典と現代の背景の違いが大きいので、講談社現代新書「論語(貝塚茂樹著)」といった解説書か、古典体系などの厚めのハードカバー本の説明から入られることを勧められています。
6561:2001/08/04(土) 21:38 ID:ugzqxXlA
>>64
詳しい説明、ありがとう。
書いてませんでしたが、僕も当然呉智英ファンなので、呉夫子の指示に従おうと思います。
以費塾にはもの凄く興味があるんですが(というより、行きたい)、地理的要因により不可能なのが悲しい・・・
66名無しさん@お腹いっぱい。:2001/08/08(水) 16:42 ID:fBH1nlBs
励ましに変えて

唐ていの華、偏として其れ反れり。あになんじを思わざらんや室足れ遠ければなり。
子曰く、未だこれを思わざるなり。其れ何の遠きことかこれ有らん。(「論語」子カン篇)

「にわざくらの花、ひらひらかえる。お前こいしと思わなぬでないが、家がそれ遠すぎて。」
先生が言われた「(こんな歌があるが)思いつめていないのだ。(本当に思いつめさえいれば)何の遠いこともあるものか。
67名無しさん@お腹いっぱい。
開講まで一ヶ月をきりました。ご参加下される方は、 [email protected]
まで。