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右や左の名無し様:
胃痛のときにはじめて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いてゐれば、存在を
意識されるはずのものではなく、まして食卓の話題なんかになるべきものではない。政治家がちやんと政治を
してゐれば、カヂ屋はちやんとカヂ屋の仕事に専念してゐられるのである。
民主主義といふ言葉は、いまや代議制議会制度そのものから共産主義革命までのすべてを包含してゐる。平和とは
時には革命のことであり、自由とは時には反動政治のことである。長崎カステーラの本舗がいくつもあるやうなもので、
これでは民衆の頭は混乱する。政治が今日ほど日本語の混乱を有効に利用したことはない。私はものを書く人間の
現代喫緊の任務は、言葉をそれぞれ本来の古典的歴史的概念へ連れ戻すことだと痛感せずにはゐられなかつた。
本当の現実主義者はみてくれのいい言葉などにとらはれない。たくましい現実主義者、夢想も抱かず絶望もしない
立派な実際家、といふやうな人物に私は投票したい。
三島由紀夫「一つの政治的意見」より