>>793 文言に書いてあるからとかいう以前に、市民としての良識があるからだ。
帝国憲法の文言に書いてないから、安心なんて、そんな読み方をするなら、
米英のような憲法の運用など望むべくもない。
文言に書いてあろうが、なかろうが。
実際に運用された状況が大切である。
米英は、法律の文言に書いてなければ、悪事がなかったことになると考えるか?
天皇制や政教分離の運用について、憲法の文言にないから、「なかったのだ」などという人には、おそらく米英の市民と意識が根本から違うだろう。
靖国参拝違憲傍論についても。
裁判官が良心に従って書いたのみ。
この内容が憲法に反するならば、重大な問題になるが。
憲法に沿っている以上、何も問題はあるまい。
法を運用するのは人間であり、裁判官や国会議員、内閣をも含めた良識ある市民だ。