【徹底討論】夫婦別姓

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467猫 ◆u0ZYnEjMF6
まあ、婚姻の本質論、っつーのは難しいわな。ていうか明らかに俺の手に余る。
「ある時代においては」、婚姻の際の当事者の意思は関係ない、少なくとも、それだけでは十分ではないと
考えられていた時代もあるだろうし−勿論、これは現代では建前レベルでは真っ向から否定されている。
婚姻は本人同士の意思のみで十分であるし、それで足りる。れ氏の唱える別姓の家裁の許可制に
俺が反対せざるを得ないのは、この婚姻の自由という観点から−、夫婦及びその子供で新しい(核)家族を
作る、というよりも、寧ろ、女性が男性の家に入ること、と考えられていた時代もあった。
それ故、婚姻の本質論は、−この手の議論にありがちだが−時代によって、また、地域、身分によって
変わると言わざるを得ず、明確な答えは出せない。
ただ、現代の、そして日本の、と限定すれば、暫定的な答えは出せるかもしれない。
つまり、当事者同士が、婚姻の意志を持って、一定の法的効果(同姓にすることを含む)を引き起こそうとする、
「契約」である−ある種の人々は婚姻を契約と見なすことに反対するであろうが、法律学的には、
契約以外に婚姻を適切に説明できる概念は存在しないように思う−。
勿論、これは、婚姻の概念を婚姻の意志を持って説明するという、少なからずタオトロギィッシュな説明ではあるが、
その分、イデオロギー的不純物を出来る限り含まず説明できる、という利点も持つ。
では、婚姻の意思とは何か。これは難しい。端的に言えば、−契約が、(例えば)所有権の交換という法的効果を引き起こす物であるのと同様に−
一々列挙しないが、様々な法的効果を引き起こそうとする物、と理解せざるを得ない。これまた、タオトロギィッシュな説明であるが。