雑魚は雑魚でしかないって奥様ご存知?

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5ナナシズム
虐めに関する、よくある勘違い(錯誤)と正しい見方 ver.0808

その1「虐められる側にも原因がある」
 "原因の追究"を途中で止めた時に陥る典型的な錯誤で、無能な教師が教育責任を放棄する際の逃げ口上としてもしばしば使われる
 虐めの原因は唯一、虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如、即ち「行為者の心(の狭さ)」である
 被害者側に如何に酷い非や落ち度や欠陥があろうと、数ある選択肢の中から虐めることを選択しているのは行為者自身。行為者が虐め以外の対処さえすれば、虐めは起こり得ない
 相手の非を理由に己の行為を正当化する心の弱さ・貧しさが、真の「虐めの原因」である
 被行為者に己の選択の原因を求めるのは行為者の甘え・責任転嫁でしかない。これは虐待、差別、嫌がらせ、痴漢、レイプ、暴行にも言える。思考(解釈、期待、信頼、妄想等)も同様
 以下は、上記を理解できない者に多い勘違い
@「虐めの原因」と「虐め前後に起きた別の事象の原因」とを混同している
A「虐める理由・動機」を「虐められる原因」に摩り替えている。理由(主観)と原因(客観)の区別が付いてない
B加害者の言訳(動機・口実)を鵜呑みにし原因に置き換えている
C不快感の原因がそれを感じる者自身にあることを理解していない
D己の非(愛の欠如)に無自覚

その2「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
 この場合、本当の原因は「どの学校にも、多様な個性を受け入れられず自己表現の拙い未熟者がいる事」である。「多数派は正しい」という安直な誤謬を盲信してはならない

その3「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
 この場合、本当の原因は「虐める側に虐める動機がなくなったこと」である。表面的な事象のみで理解したつもりになるのは、「祈ったら病気が治った。治ったのは祈ったことが原因だ」等と同類の思考停止である
6ナナシズム:2009/02/07(土) 13:50:31 ID:???
続き

その4「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
 人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であり、虐めは却って人間不信・社会憎悪を増しかねず逆効果である。この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない者の短絡さ・浅はかさ」である(躾と称した虐待や体罰も同じ)

その5「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
 論点のすり替えである。方法論・回避策としては必ずしも間違いとは言えないが、これによって「虐めの原因」が無くなる訳ではない
 なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間でさえ相互扶助している例は幾らでもある。また虐めは、己を脅かす存在を排除しようとする行為即ち免疫力・抵抗力の低さの現れであり、「弱者の証明」に他ならない

その6「相手に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
 不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自業自得。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様。>1-3参照)

その7「虐めは本能」
 本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。「誰かを虐めてないと死ぬ」という人はいないので本能ではない。この理屈は脳が未発達な未熟者ほど好んで多用する

その8「虐めは無くならない」
 主張者が「無くし方を知らない」というだけである。確かにいつの時代も成長途中の人間は存在するが、感染症の病原菌等と同じで「理に適った正しい無くし方」を施せば確実に無くなる
 また多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず無くなって(解決して)いる事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない

その9「虐めをしたら厳罰に処すればよい」
 飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。日頃のストレスが背景にある事も多いので、非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである

その10「虐められる側を助けるべき」
 緊急時はさておき、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。被害者のみを救おうとするのは自己満足に過ぎない